2-64:血の絆より強いもの 下
そんな風に疑問を浮かべながら男の方を見ていると、ガストンはこちらに対しても穏やかな笑みを浮かべ、そして音を取り戻した窓の外へと視線を向けた。
「今際の際、お前に重いものを課してしまったな……すまなかった、コンスタンツ」
「いえ、私は……私も、ガストン様の遺志を継ぎたいという気持ちに偽りはなかったのです。ですが……」
「疲れてしまったのなら、立ち止まるときも必要だ。状況がそれを許してくれないのなら、頼れる者を作り、甘えるのもいいだろう。すべてを一人で背負い込む必要はないのだ」
「でも、私には、甘えられる相手は、もう……」
「……こんな場所までお前を救いに来てくれた者がいるのだ。それに気づかずにいるなどというのは、失礼なのではないか?」
男は言葉を切り、こちらに対して視線を向けてくる。それに合わせて、頬を濡らしている少女もこちらへ振り返り、何かを期待しているような視線を向けてくる。
「……ここに来る前、フィオナとセギュールに泣きつかれてきたんだ……パントエールを救ってくれってさ。アンタのことを大切に想ってくれている奴、甘えられる奴はいるんだ」
「貴方は、どうなの?」
俺もお前を心配していた、と言えば彼女のやる気も戻るのだろうか。もちろん、全く心配していないと言えば嘘になるが、同時にフィオナやセギュールほどの熱量があったかと言えば疑問は残る。
どちらかと言えば自分がここに来たのは、状況を打破し、ゴルドヴァッサーに対する私怨を晴らすためなのだから。
しかし、少女からあまりにも真剣な眼差しを受けているので、適当なことも言いにくい――そう思いながら答えに窮していると、安楽椅子に掛けているガストンの方から声があがる。
「あんな本気で叱ってくれたのだ。彼もお前に戻ってきてほしいと思っているさ」
「そう、でしょうか……いえ、そうかもしれませんね。彼、基本的にはひねくれているんですが、根は悪くないようにも思うので」
そこでようやっと、パントエールは微笑みを見せた。こんな風に自然に笑っているのを見るのは初めてな気がする――今にして思えば、彼女は一人でいつも張りつめていたからこそ、いつも不機嫌そうな顔をしていたのだろう。
ともかく、少女はすっくと立ちあがり、いつもの凛々しさを取り戻した表情でこちらを見る。
「情けないところを見せてしまったわね……もう大丈夫よ。行きましょう、ハードロック」
そして少女は振り返り、安楽椅子の上で満足げに笑っている養父の方へと深々と頭を下げた。
「ガストン様にも謝罪を……醜態を晒してしまい、申し訳ございませんでした」
「いいや、良いんだ。誰にだって辛いときはあるものだ。それに、お前に良い仲間がいることが分かっただけでも、私も嬉しいというものだよ」
「彼が良い仲間かはわかりませんが……そうですね、そこそこ頼りになります」
少女の返答に対して、養父は目じりに皴を寄せて笑っている。恐らく、少女の方も養父に対して笑みを返しているのだろうが――ふと、ガストンは真面目な表情を作った。
「忘れないでほしいことは、お前はお前のやりたいようにやればいいのだということだ。私が持っていた国の展望など、所詮はその時分に合わせたものに過ぎない……それから何年も経っているのだ。私の遺志がソルヴェーニャの人々を幸せにするなどという確証はないのだからな。
それにもう一つ。あれもこれもと考えると、思考にがんじがらめになって動けなくなってしまう……大切な一つを追い続けると良い。そちらの彼もそう言っていただろう?」
「そう、ですね……肝に銘じておきます」
パントエールはもう一度深々と頷いてから振り返り、扉の近くに立っている自分の隣に並んだ。自分が扉を開けて先に外へと出ると、背後から次のような会話が聞こえてくる。
「それでは、行ってまいります、ガストン様」
「あぁ、行ってらっしゃい……愛してるよ、コンスタンツ。私の魂は、いつもお前の側にある……それを忘れないでくれ」
その声が聞こえた瞬間、パントエールは一瞬だけ驚いたような表情を見せて立ち止まった。しかし、振り返ることはしないで、毅然と前を向いてまた歩き始めた。
果たして、先ほど見ていたガストン・ド・ラトゥールは何者だったのだろうか? 単純にコンスタンツの思い出が顕在したものなのか、はたまた守護霊か何かが夢の中で顕在したものだったのだろうか?
どちらにしても、ガストンという男が、生前は尊敬に足る人物であったということ――そして恐らく、コンスタンツという娘を本気で愛していたのであろうということ、それだけは確かだろうと、そう思った。




