2-62:甘く優しい記憶の中で 下
とはいえ、また一つ違和感が生じてくる。彼女は神器オリフラムを使いこなしている。もしかしたら自分が把握していなかっただけで起動キーの解読方法が伝わっており、王家の血筋でなくとも使えているだけかもしれない。
いずれにせよ、ガストンの最も近くにいたコンスタンツは、先王の兄についての情報を多く持っているのであり、実の子だと信じさせるだけの説得力を持たせることは、できなくはない。それを王党派たちが利用したと、そんなところだろうか。
恐らく以前にコンスタンツが「誰かを大切に思うのは家族でなくたってできる」と言っていたのも、こういうことだったのだろう。彼女とガストンには血の絆はなかったかもしれないが、精神的には間違いなく親子であったと――敬愛していたのだと、彼女は言いたかったのだ。
また同時に、バルトンが「全てを本物にすることも可能だ」と言っていた理由にも頷ける。彼女をガストンの正式な娘だと公表してフェルノワールと婚姻させれば、世間に向けて彼女の血統を本物だと主張することができる。
王党派を裏切ったのはバルトンの過ちであろうが、少なくとも実子でないからといってコンスタンツのことを軽んじていたわけではないということは間違いなかったのだろう。
色々と理解するのと同時に、疑念と懸念が一つずつ湧いてくる。一つは、この夢見の世界から彼女を解放するというのが、果たして正しいことなのだろうかということ。
義父を敬愛しているというのは本心なのだろうが、それ故にコンスタンツは身の丈に合わない使命を背負い、苦しんでいた――フィオナやセギュールには彼女を救ってくれと頼まれたわけだが、それはあくまでも二人の意思であって、このまま放っておいてあげるのがコンスタンツのためにはなるといえるのかもしれない。
まぁ、だからといってゴルドヴァッサーを放置するわけにもいかないので、コンスタンツには強制的に目を覚ましてもらうしかないのではあるが。
懸念点としては、彼女に正当なる血筋がないということがゴルドヴァッサーに知れたらまずいということ。コンスタンツの利用価値は、その血筋が評価されてこそだ。もし彼女に王家の血筋が流れていないとバレてしまえば、恐らく碌なことにはならない。
そうなれば、やはり彼女にはしっかりと目を覚ましてもらうべきだ。まだバレていないのだろうから――もしバレていたら、今頃ゴルドヴァッサーも何かしらの行動に移していると予想される――今のうちに彼女に声を掛け、少なくとも幼いコンスタンツから不機嫌なパントエールに戻ってもらうくらいはしないと、あの男に付け入られてしまう。
そう決断し、パントエールを説得するべく、屋内へと足を入れる。突然の来訪者に少女は驚いて絶句しているようであり、対するガストンの方は無反応であった。恐らく、あのガストンはパントエールが作り出した幻影だから、予測できない事態に対して個別の行動を取れないのだ。
「……あの? グスタフ様のお客様ですか?」
自分がいつまでも扉の前で黙っていたせいか、パントエールの方から声を掛けられた。グスタフというのは、ガストンの亡命地での仮名だろう。もちろん、自分が用があるのはグスタフでもガストンでもない。
「俺はお前に用があってきたんだ、パントエール」
「私は、パントエールだなんて名前ではありません。私は、コン……」
「パントエール!」
こちらが大きな声を出して名前を呼ぶと、少女は怯えたように肩を揺らした。しかし、パントエールという名にまったく覚えがないというわけではないのだろう、意味が分からないことに怯えているというより、幸福な空間を壊されることに怯えている、そんな雰囲気だ。
「お前は王党派レジスタンスのパントエールだ。思い出せ」
「いや! 私、そんなの知らない!」
「幸せだった過去に逃げるのは簡単かもしれないが……お前は亡きガストン・ド・ラトゥールの遺志を継いで、祖国を取り戻すんだろう? それだったら、こんなところで油を売っている時間はないはずだ!」
こちらが語尾を荒げると――なるべく淡々と説き伏せようと思っていたのだが、つい熱が入ってしまった――少女は再び怯えたようにその場にうずくまってしまう。
だが、やはり己自身を欺いていることを一番分かっているのは彼女自身ということだろうか、少女の身体が淡く光ったかと思うと、自分もよく知るパントエールの姿に戻っていた。




