2-58:魂を囚われた姫君 下
「はぁい! ハルト君、元気ぃ!?」
「その口調……お前、ゴルドヴァッサーか!?」
「イエス、イエース……覚えてもらったようで何よりだよ、ハルト君」
こいつ、死んだはずではなかったのか。本番はこれからと言っていたのは、半分は負け惜しみ、半分は今の状況を――術者が倒れても洗脳されたものは暴れ続けるという――指しているのかと思ったが。まさか言葉通りに現れるとは。
しかし、同時に情報を持っているのもこいつだ。何とか聞き出せれば、状況が好転するかもしれない。
「おい、ゴルドヴァッサー! どうすればパントエールを正気に戻せるんだ!?」
「ちっち……と、拘束されていて身体が動かせないね。女の子を縛り上げるなんて、良い趣味しているねぇ、ハルト君」
「この……!」
「まぁ、落ち着いて聞いてくれたまえよ、ハルト君。残念ながら、もうこの娘を正気に戻す方法はないよ……先に言っておくが、仮にアヴァロンを破壊したら、それこそ神器に囚われた魂たちは、永久に還る場所を失ってしまうことになるからね。
君にできる唯一のことは、アヴァロンをこの娘に渡して自由にして、そして降伏することさ……そうすれば、命までは取らないよ。それは約束しよう」
こいつが約束を守る気があるのかは甚だ疑問だが、一応ノモラスを欲しがっているのだから嘘ではないだろう。ただ重大なのは、むしろその前だ。
アヴァロンを破壊すれば、魂は還る場所を失う――それが意味するところは恐らく、襲撃は止むだろうが、洗脳されていた全員が死んでしまうか、もしくは植物状態で生きることになるか、いずれかだろう。
コイツは我が身可愛さに嘘を言っている可能性も否定はできないが、不穏な可能性が出てきてしまっては簡単に神器を破壊するという選択肢が取れなくなる。事実、セギュールも絶望したような顔で――姫の身体を乗っ取られた事実にか、はたまたコンスタンツが戻ってこない可能性を考えたのか――歪んだ笑みを浮かべる娘を見つめている。
「まぁ、すぐには決められないか。せいぜい悩みなよ……さて、僕はそろそろお暇しようかな。この体に居つくのも悪くないかもだけど、それだと僕がフェルノワール様とまぐわわないといけなくなるからね。
フェルノワール様のことは尊敬しているけれどさ。さすがにそういう気は僕にはないからね。遠慮させてもらいたいところだよ」
「……貴様、姫の顔でこれ以上わめくな」
「はは、怖い怖い。眼鏡君、そんな眼鏡を光らせないでよ。言われずともそろそろ引っ込むからさ」
ゴルドヴァッサーはそこで言葉を切って、またニヤニヤとした表情で――パントエールの気品ある顔すら台無しにするのだから、ある意味では凄まじいことだ――こちらを見る。
「僕からのアドバイスはここまで。早く降伏することをおすすめするよ……それじゃあまたね、ハルト君」
そして、また首が下がると、パントエールは再び先ほどと同じように暴れだした。セギュールは目元を抑えながら肩を震わせている――泣いているわけではなく、姫を辱しめられた怒りを抑えるために必死なのだろう。
自分としても、どうにかパントエールを救ってやりたい気持ちが出てきた。正確に言えば、ゴルドヴァッサーの思い通りの展開にしたくないという気持ちが強く、パントエールの件はオマケといったところではあるのだが――ともかく、こうなれば最後の手段を使うしかない。
「……シュライク、手段はないか?」
そう声を掛けると、フィオナが下げているポーチから、木偶人形がひょこっと顔を、もとい、目を出した。こいつの口も大概だが、気品が感じられる分――たまに下品だが――ゴルドヴァッサーよりはマシと思わされる。
「良いのかね? 我輩の存在がバレるのは、良くないと思うのだが」
「どうせ通信できたことで怪しまれはするんだろうから、今さらだ」
こちらの言葉にシュライクは頷き、こちらへ飛んできて自分の肩に乗り、アヴァロンやパントエールの様子を確認しだした。もちろん、これを見せるのは初めてなので、セギュールは驚いた眼で目玉人形を見つめている。
「ハードロック殿、それは……?」
「説明すれば長いが、神器やイグノートゥスにメチャクチャ詳しい人形だと思ってくれればいい」
「成程……シュライク殿と言いましたか、彼女を神器の呪縛から解く方法はありませんか?」
シュライクは「さすがは准将閣下殿、口の利き方が分かっていらっしゃる」と一言挟んでから、もうしばらく神器とパントエールの様子の観察を続ける。




