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2-57:魂を囚われた姫君 上

 アザレアが駆け付けて、セギュールたちと合流した後は、工場の一室に立てこもることになった。未だに洗脳の解けない連中が無数に蠢くこの中に立てこもるなど危険極まりないのだが、そうせざるを得なかった理由が三つある。


 まず、単純に暴徒のひしめく廃工場内を、パンタグリュエルの反動で歩くのすら難しい自分を連れて出るのが難しいということ。ただ、これだけならそこまで問題ではない。アザレアが通路にいる暴徒を蹴散らせば、ゆっくりでも外を目指すことができるはずである。


 出られない二つ目の理由としては、仮に工場を出たとしても教徒たちが暴れているという点にある。自分がシュライクを通じて外に連絡を取ったタイミングで、外にも潜伏していた教徒たちが現れたらしい。自分たちが逃げられないように外に隠していたのだろうが、工場内にいる連中と合わせれば、下手すれば千人規模に囲まれていることになる。


 本来なら帝国領内であるこの場所の治安維持は帝国軍が行うべきだが、帝国所属のゴルドヴァッサーが引き起こしている事態ではそれも期待できない。セギュールたちがここに来るまでに少し時間が掛かったのは作戦に参加していたメンバーを逃がすためであり、その際にはアザレアが、少しでも早くご主人様に合流しなければと獅子奮迅の活躍を見せたようだった。


 そして工場を出られない最後の理由、これがここから出られない最大の原因だ――ゴルドヴァッサーによって洗脳されて、目の前で喚き声を上げながら暴れるパントエールを運ぶことが、脱出するのに重荷になるからである。


 一応、イクストルで麻痺をさせれば暴れることは防げるかもしれないが、それだと動けないメンバーが――情けないが自分も含めて――二名にもなってしまう。そもそも、ここから離脱できたとしても、王党派のメンバー並びにパントエールがこのままの状態では根本的な解決にならない。


 そのため、今はひとまず、パントエールをロープで縛り上げて動けなくし、ここにいながら解決策を模索している形である。


 籠城している部屋は、作業場の近くにあった工場長室、さらにその奥にあった金庫室である。ただ、金庫といっても扉は――金目のものがないか探しに来た連中のせいだろう――破壊されており、せいぜい周りから襲撃を受けないというメリットくらいしかない。


 ここに来るまでもアザレアが手持ちの警棒と体術で――ソラ・フィデの質量だと人間など即死してしまう――暴徒たちを吹っ飛ばしてくれ、ここに至っても金庫の内部に侵入しようとする者たちを気絶させてくれているのが現状だった。


「……ハードロック殿、パントエールを何とか救う方法はないでしょうか?」


 そう声を掛けてきたのはセギュールだ。金庫の隅でロープに縛られているパントエールを見つめながら、どこか憔悴した表情をしている。


「残念だが、俺はゴルドヴァッサーが持っていた神器については何も知らない。てっきり術者を倒せば全員元に戻るかと思っていたんだが……」

「……それでは、その神器を破壊するのは?」

「確かに、こいつのせいで洗脳が解けていないんだろうが……」


 腕の痛みに耐えながら、ゴルドヴァッサーが持っていたランタンのような神器を掲げる。勿論使いこなせるわけではないのだが、これが敵の元に渡るのを防ぐために持ってきた形だ。夢灯アヴァロンとかいうこの神器、確かに直接的な戦闘力は低いが、帝国のような組織が持っているのはかなり厄介な代物である。


 どれくらいの人数をいっぺんに操れるのかは不明だが、それでも現行で千を超える教徒が正気に戻っていないのを見るに、その数は莫大と推測できる。単純な動きしかできなくなるようだが、それでも限界を超えた怪力を持たせることもできるし、恐怖心というものもなくなるので、雑兵を扱うだけでも強力であろう。


 何より敵兵をこれで操えば、無限に兵を補填できると同義である――人としての格には難があるが、これを使えるゴルドヴァッサーが帝国大元帥にまで上り詰めたというのも、あながち嘘でもないのかもしれない。


 それに、彷徨っている教徒たちは恐らくこれを探し回っている。ゴルドヴァッサーがアヴァロンの起動キーの暗号をフェルノワールに共有していれば、これを扱うものが今後も出てくる危険性もある。それは厄介だ。


 それなら、セギュールが言うようにこいつを破壊してしまった方が良いのではないか。神器は相応の強度を持っていることが多いので破壊できるかは不明だが、それでもノモラスの破壊力なら傷をつけて利用できなくするくらいはできるかもしれない。


 それに、状況を打破するならどちらかを選択しなければならない。神器を破壊して術が解けるのに賭けるか、神器を捨ててこの場から逃げるか。


 逃げる場合は残念だが、パントエールは置いて行かなければならない。その上、アザレアを筆頭に、ここにいるメンバー全員にその手を血で染めてもらう必要がある。さすがにこの人数の相手を、生け捕りにしている余裕はないからだ。


 この二者択一なら、まだ神器の破壊を試みた方が良いだろう。そう思ってノモラスの柄に手を掛けると、目の前で暴れていたパントエールが急に大人しくなり――がくっと首をうなだれたかと思うと、すぐに顔をあげて、その眼に狂気を宿しながらも口元を妖しく吊り上げた。

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