2-55:血統の檻 中
斜陽の帝国だから、正当性が欲しいと――パントエールと結婚をするだけで体制を立て直すというのは厳しいように思う。だが、確かに最大の基盤であるソルヴェーニャの民の不満を逸らすためには、幾分か成功しそうな策ではある。
だが、本当にフェルノワールがそんなことを考えるのだろうか。確かに奴には正当な後継者がいない。何人か子供もいるらしいが、その多くが女子であり、帝国を継ぐには――別に女帝が生まれてはならないというルールはないはずだが慣習的に――厳しいようである。
そしてそれらの子供は全て愛人との子供であり、あまり世間的な評判もよろしくない。そんな中でソルヴェーニャ王族との子供ができるとなれば、正当性はかなり高いとは思うが――それは奴が破壊しようとした古い慣習、世襲を望む姿勢に他ならない。
まぁ、歳を取れば考え方も変わるとか、あくまでも統治のための道具という考え方なのかもしれないが――しかし何となくだが、今さらになって正当性のある世継ぎが欲しいなどというのは違和感がある。
バルトンの熱弁により、パントエールは確実に動揺している。とくに「高貴な血を残す」というくだりから、目に見えて勢いを失っている。シュライクの見立て通りなら、ゴルドヴァッサーの術中にはまっていることになる――目の前のローブ姿を早く倒して、パントエールを救い出さなければ。
こちらの剣による攻撃は見切られている。ならば、変調して敢えてペースを崩す。かなりリスクも伴うが、やるしかない。ローブ姿の一刀を刀身で受け、力いっぱいにはじき返すと、男は一旦距離を取る。
「おい、パントエール! そいつの話を聞くな! それは……!」
罠だ。そう言い切る前に、やはり慌てたようにローブ姿が追撃に来た。振りかざされた刃に対し、こちらも剣を掲げ――るふりをして、相手の怪力によって、敢えてノモラスを叩き落とされる動作を取る。
相手はこちらに弾き返されるのを予想していたのだろう。その予想が外れ、前のめりになる。後は左手に仕込んでいたミドガルズオルムの力を、そのまま拳としてローブ姿の腹に叩き込む。
麻痺なんぞにしなかったのは、コイツが後から復活する可能性を確実に排除するためだ――拳を伝わって邪神の力が相手の身体を駆け巡り、ローブの表面ごと徐々に石と化していく。そして固まり切る前に思いっきり回し蹴りをくれてやると、男の身体は粉々に砕け散った。
あとは、二人の話を止めてゴルドヴァッサーを倒せば――そう思いながらノモラスを拾い上げた瞬間、他の教徒たちがこちらへ襲い掛かってきた。残りは雑魚といえど、まだ見える範囲に六体ほどいる。しかも、こいつらは服装から見るに、穏健派のメンバーだ。緊急事態といえど、殺してでも――という選択肢を取るにはどうしても憚られる。
「……まったくお笑いだわ、バルトン……貴方は全てを知っているはずよ」
「えぇ、存じておりますとも。だからこそです……全てを知っているのは私と貴女だけ。真実はセギュールやアルトワーニュ伯すら知らない。そうなれば、全てを本物にすることも可能です」
「貴方にとって、私はガストン様の意志を継ぐ以外に価値はないということなのね」
「いいえ、そんなことはありません! このままいけば、貴女の命を無駄に散らしてしまうことは必定……ならばこそ、これは私としても苦渋の決断ではあったのです!」
「本当に私のことを大切に想っているのなら、私の好きなようにさせてよ!」
「いいえ、貴女には立場と責任がある……残念ながら、好きなようにさせてなど、言える身分ではありませぬ」
「それは……」
「お言葉ですが……貴女に果断な決断は無理なのです。難しい立場ゆえ、様々な葛藤の下にあるのは理解はできますが、貴女はいつだってそれに揺れている。そんな覚悟で戦場に立っていても、そのうち命を散らすだけでしょう」
「……そんなことはない!」
「……本当ですかな?」
教徒共を押し返す中でもう一度パントエールたちの方を盗み見ると、男が一歩、また一歩と前へと足を踏み出しているのに対し、少女は震える手で細剣を構えているのが目に映った。
「近寄らないで、バルトン!」
「もし本当に貴女に果断な決断ができるというのなら、その細剣で裏切り者の私を斬ればいいだけです。王たる者の器を備えているのなら、簡単におできになさるはずだ」
「そんな……そんなこと……」
じりじりと後ずさるパントエールより、バルトンの前進の方が速い。だが、老人は最後まで相手方に無理に詰め寄りはせず――要は駆けだしたりはせず――最後までただ歩み寄っただけだ。そしてそのまま躊躇なく、細剣の先端をその手で握ってみせた。
「……そもそも、貴女にオリフラムを任せたのが間違いでした。こんなものがあるから、貴女は至らない自分を戦場で補おうとする……そんなことは、何も本質的ではないというのに」
男はそう言って後、少女の手から無理矢理に細剣を取り上げ、そのまま後ろへと放り投げた。剣が地面を叩き、コンスタンツはその場に膝をついてしまった。




