2-54:血統の檻 上
「バルトン!?」
「……コンスタンツ様、私は正気です。貴女から見たら、乱心しているように見えるかもしれませんが」
「状況を説明しなさい! 貴方、どういうつもりなの!?」
「コンスタンツ様、お聞きください。我々の力で帝国を打倒するのは不可能です」
「そんなことはないわ! 帝国は今、長く続いた戦争で傾きかけている……フェルノワールさえ倒せれば、すぐにみんな戦争を止めて、平和な時代が来る!」
「しかし、フェルノワール打倒こそが難しい。確かに帝国の統治は揺らいでいますが、フェルノワールや強力な元帥たちは健在……その牙城を突き崩すことこそが困難です。それに対して我々など、所詮は枝葉のパルチザンに過ぎないのですから。
何より、フェルノワールは帝国の統治を回復する手段を持っている……そのために、貴女が必要なのです、コンスタンツ様」
「だからと言って、帝国に降れと言うの!? まさか、貴方が本当に裏切るだなんて……」
二人の会話を背景にしながら、自分はローブ姿の相手をしなければならない。しかし、ローブ男は何か時間を稼ぐかのように消極的で、つかず離れずの間合いを保っている。まるで、こちらを倒すのが目的ではないという雰囲気である。
ただ、それはこちらにとってはマズい。時間が経つほど敵の援軍が来る可能性が上がるが、同時にこちらもパンタグリュエルの制限時間が迫ってくる。敵の前で強大な隙を晒せば、そこで狩られてしまう可能性が高い――そんな焦りの中、脳裏にシュライクの声が聞こえ始める。
『……君、少々急がないとまずいかもしれないぞ?』
『パンタグリュエルの制限時間が……というだけじゃなさそうだな?』
『あぁ。あのスキンヘッドの持っている神器には、発動するのに条件があるはずだ。さもなければ、今頃君と娘は二人とも奴の操り人形と化しているはずだからな。
そして奴は、君たちを無力化するために動いているはずだ……あの老人を出してきたのは、奴にとっての切り札に違いない』
『御託はいい! さっさとお前の予測を言え!』
『精神が不安定になるのが条件ではないかと考える。つまり、ご老体は娘に向けた一種の精神攻撃だ。もしかすると、君に対してあれこれ言っていたのも、精神を動揺させるためだったのかもしれないな』
なるほど、それならゴルドヴァッサーの行動に諸々と納得がいく。現在、残ったローブ姿を除いては大人しくしているのも、そういう理由からだろう。
しかしそれなら、バルトンに会話をさせなければ良いだけだ。一瞬だけ様子を盗み見ると、やや迷いがあるのか、バルトンは顔に脂汗をかきながら神妙な表情で押し黙っている――パントエールに事態を伝えるチャンスといえるだろう。
「おい、パントエール……くっ!」
こちらが敵の意図を伝えようとすると、ローブ男が急に踏み込んできて怒涛の連続攻撃を仕掛けてくる。払いのけるために力強く剣を薙ぐと、一旦は後退させることに成功したものの、またすぐにこちらへ間合いを詰めてくる。
同時に、バルトンも決意を固めたようで、一歩ずつパントエールの方へ近寄り始める。
「……セギュールには、私が穏健派を裏切ったことを感づかれていたようでしたが。しかし、重大なのはそこではありません。私がソルヴェーニャを愛する気持ちには偽りはありませんし、ガストン様と、貴女を敬愛する気持ちにも嘘はありません」
「それならば! 剣を取って抗わなければならないでしょう!? 目を覚ましなさい、バルトン!」
「剣を取るだけが、国を守る手段ではありません。帝国は武力で領土を広げていますが、占領地の支配に関しては寛容です……先王フィリップは国内の革命勢力によって処刑されましたが、もし帝国が先にソルヴェーニャを占領していれば、その統治は王に任せたことでしょう」
「そんなのは詭弁よ。実際に他国の王族の多くは、帝国によって駆逐されたわ。フェルノワールはその時々で統治の方法を変えているだけよ」
「それは、その地域の王族が最後まで抵抗の意を示したからです。他の地域に関しては、抵抗さえしなければ帝国はかなりの自治を任せてくれます」
「話にならないわね。それは、地政学的に重要でない地域の話よ。仮に私たちが降ったところで、帝国がソルヴェーニャを手放すとは思えないわ」
「それはそうでしょう……ですが、高貴な血をソルヴェーニャの地に遺すことはできます」
「……なんですって?」
「皇帝フェルノワールは、自身に相応しい身分の相手を求めています。この先に帝国が百年、二百年と続くための正当な基盤を……自らの子孫にそれを求めているのです。
貴女はお世継ぎ様と共にソルヴェーニャへ渡り、帝国の統治の中で再び王族へと返り咲くのです。それは、フェルノワールを打倒して築く体制よりも確実です。
今でこそ民衆は戦争に疲れていますが、同時に革命の味を覚えています。仮にフェルノワールを倒したとて、帝国の崩壊を喜ぶのもつかの間、また民衆は王族殺しを決行するに違いありません。
貴女を帝国に差し出すことで、私は仲間たちから売国奴と罵られようとも構いませぬ。大切なのは、正当なる血筋がソルヴェーニャの地に残り、そしてその血統が国を統べていくこと……そう信じておりますから」




