2-51:裏切り 下
来た道の廊下の角を二度曲がると、その先で剣戟の音が聞こえ始める。軍服の女剣士の周りには彼女によって倒された者たちが何人も転がっているが、今は苦戦をしているようだ。恐らく、彼女が救おうとしていたメンバーが牙を剥いているせいで、本気を出し切れていないのだろう。
代わりに自分が切り伏せても良いのだが、下手に傷つけると後で文句でも言われかねない。それならば――銃口を戦っている彼女の方へと向けて、こちらに気付いたタイミングに合わせて「伏せろ!」と叫ぶ。パントエールの反応に合わせて銃弾を天井に撃ち込むと、銃弾が当たった箇所から漆黒の糸が一気に下に伸び始め、洗脳されている者たちの身体に絡まりつく。
あとはそのまま一気に間合いを詰めて、手から直接アトラク・ナクアの糸を出し、連中の外側を円を描くように一周すると、ちょうど集まっていた四人ほどが糸によって簀巻きにされて動けなくなった。
ただ、息をつく暇もない。自分が無視してきた連中や、その他の連中もどんどんとこちらへ向かってきている。迎撃のために剣を握ると、こちらの身体に淡い光の粒子が纏わる――パントエールが細剣の加護をくれたのだ。
「助かったわ! でも、バルトンはどうしたの!?」
「聞いて驚くなよ! アイツが裏切ったんだ!」
「……なんですって?」
女の口からは疑問の言葉が出るだけで――きちんと敵は迎撃しながらだが――二の句はない。ただ、他に言いようもない。もはや老人の裏切りはほぼ確定した事実なのであり、状況を知らない彼女がバルトンにかどわかされないように騙されないようにしておく必要がある。
「だから、驚くなと言った! 気持ちを切り替えろ、次にアイツを見たときには敵だと思え!」
「何故、彼が裏切る必要があるというの!?」
「動機は分からんが、目的はお前だ!」
「私であるなら余計に分からないわよ! だって、同じ組織にいて……」
「お喋りはここまでだ! ともかく離脱するぞ!」
互いに相手をしていた雑兵を吹き飛ばし、元来た道を引き返し始める。もはや離脱が目的なので、道すがら邪魔な相手だけを倒して突き進んでいく。パントエールはまだ困惑している様子ではあるが、それでも剣筋はしっかりしている。切り替えが上手い娘ではないが、だからといって膝をつくタイプでもないのは彼女の良いところだろう。
しかし、本当に出てくる敵には際限がない。途中で無視していた小部屋や通路の方からうじゃうじゃと敵が湧いてくるのだ。むしろ、自分たちを――正確に言えばパントエールをだろうが――こうやって封じ込めるためにわざと奥に行かせて、そのための布陣を敷いていた、というのがしっくりくる。
また、途中でショックだったのは、今回の作戦に参加していた穏健派のメンバーもこちらへ襲い掛かってきたことだ。
これが指し示すところは――。
「……相手の首魁はこの廃工場のどこかにいる。さっき俺たちと一緒に突入したメンバーが操られているということは、その神器を使っている奴がこの場にいるってことだ。しかも、そう遠くないところにいるはずだ」
一応、この可能性はずっと念頭にはあった。そもそも、ここにいる連中が操られているということは、本来なら術者も近くにいる方が自然な状態と言える。ただ、一度洗脳さえしてしまえば、眷属のように遠隔でも――それこそ単純な命令なら――操作できる可能性があるので、確実というわけではなかった。
だが、流石に新たに洗脳されている者が増えているとなれば、神器の使い手はこの場にいる可能性の方が高くなる。
「……それじゃあ、そいつを倒せばみんなを解放できる?」
先ほどと同様に、パントエールが足止めをしている間に王党派メンバーをアトラク・ナクアの糸で簀巻きにし、代償による頭痛に耐えながら女の質問に答える。
「恐らくはな。だが、二人でこの人数を相手にするのは無茶だ。まずはセギュールたちと合流するべきだろう」
「……そうね、貴方の言う通りだわ」
「はは、そう簡単にやられるつもりはないけれどねぇ」
最後の言葉は、次の曲がり角の向こうから聞こえた。そちらは、工場を脱出する経路であるので、どのみち通らなければならない。迂回路などあるかもしれないが、さすがに自分はそこまで地図を正確に頭に叩き込んでいるわけでもない。
しかし、ここにきて術者が出てきたということは、向こう側に確かな勝算があるということか。もしくは、絶対にここでパントエールを逃さないために親玉が出てきたか――ただ、いずれにしても罠の可能性が高い。
そもそも、どうやったら洗脳されてしまうのか、敵の神器の情報が一切ないのだ。もし目を合わせただけで洗脳される、といった可能性を考えれば、ここで飛び出すのは危険だ――自分はそう思っていたのだが、猪突猛進な少女の方は違ったらしい。
術者を倒せばみんなが解放されるだろうという言葉に飛びついてしまったのだろう、パントエールが先に駆けだし、角を曲がって行ってしまったのだ。
「……ちぃ!」
肝心なところで先走りやがって――いや、それは先日自分がフェルノワールに突撃したのも変わらないか。ともかく彼女を追って角を曲がると、そこにはパントエールと激しく刃を交えている二人のローブ姿と、爬虫類を思わせるような無機質な顔をしている男の姿があった。




