2-45:疑念 下
「……皆行く気になっているところで申し訳ないが、私は反対だ」
和気あいあいとし始めたムードを、バルトンの声が打ち壊してしまう。それに対し、セギュールが眼鏡を押し上げる。
「ほう、貴方にしては意外ですねバルトン。いつもの猪突猛進な貴方なら、真っ先に賛成してくれるものと思っていたのですが」
「正確には、あまりに大人数を動員するのは反対だ、と言うべきか。我々の同志が狙われているのだ、そのセクトを制圧すること自体にはもちろん賛成だ。
だが、あまりに大人数を動員したことがバレれば帝国に目を付けられかねんし、また貴様の言うように敵の内情があまりに不透明なのだ……無理な突貫をすれば、今動ける同志たちを不用意に危険に晒すかもしれん」
「とはいえ、これ以上相手のことを嗅ぎまわっては、対策を取られる時間を与えかねません。情報が必要だというのは私も同意なのですがね。
どうしても貴方が反対というのなら、私の配下のみで作戦は行います」
「うぅむ……」
二人のやり取りが行われている間に、脳裏にシュライクの声が響きだす。
『……きな臭いな』
『そうか?』
『あぁ。眼鏡の方は少しことを急いているように見えるし、老人の方は普段の様子から考えられないくらいに慎重だ』
『言われてみればそうだな』
『逆に、少しおかしいと思わんかね? いくら同じソルヴェーニャの出身といえども、どうして穏健派の連中ばかり狙われるのか……少なくとも、穏健派を狙い撃てば、こうやって行動を起こさざるを得ないのは間違いない』
『……セギュールかバルトンのどちらかが手引きをしていて、これが罠の可能性が高いってのか?』
『さぁてね。私はあくまでも状況を見てそう思っただけだ。彼らのことを信じたいというのなら、別に我輩もとやかくは言わんよ。
ただ、いずれにせよ罠の可能性は高い……仮に眼鏡も老人も各々の意見を言っているだけであって、裏切りがないとしてもだ。今攻め入れば手痛い反撃を受けるやもしれんし、かといって攻め入らねばそれはそれで何か大事が起きるかもしれん。それは覚えておいて損はないと思うね』
しかし、言われてみれば違和感はある。罠というのが確実でなくとも、今日の穏健派の三人は少々いつもと違った空気のように思う。正確には、セギュールとバルトンがいつも通りでないから、パントエールもいつも以上にピリピリしているというのが正しいか。
個人的には、どちらかといえばセギュールが怪しいと思う。迅速なことは確かにプラスではあるものの、敵のリーダーが何者かくらいはわかっていなければ、攻め込むにも少々慌てすぎな印象だ。そう考えれば、バルトンの方にまた幾分か理があるだろう。
いずれにしても、仮にシュライクの言っていることが事実だとするならば、そもそもこの作戦には参加しない方が良いことになる。セギュールとバルトン、どちらかが裏切っているというのなら作戦参加自体にリスクがあるし、万が一この事件の手引きをしているのが帝国であるならば、敵に利することに加担してしまう可能性がある。
最悪のケースは、フィオナが連れて行かれてしまうことか。ディケムを通じて彼女が穏健派に所属していることはバレているのであり、上手く誘い出されているという可能性は否定できない。まぁ、アザレアが側にいれば簡単にはさらわれはしないだろうが――それでも、想像以上に危険な作戦になるということは留意しておくべきだ。
一応、シュライクの杞憂という可能性もある。いずれにしても、もう少し情報が欲しいか。そう思いながら室内を見回している間に、セギュールが図面から離れて自らの執務机に戻り、雰囲気を一変させて柔和な笑顔を浮かべる。
「繰り返しですが、明日までに私の方でもう少し情報を集めます。その上で最終的な作戦を伝えたうえで、参加するかどうか決めていただいても大丈夫です」
「じゃあ、いったん解散か?」
「えぇ。ただ、ハードロック殿は少し残ってもらえると幸いです。先日の魔導書の件について、少しお話がしたくて」
「緊急事態なんだろう? 悠長なんじゃないか?」
「いえいえ、新たな情報が入ってくるまではとくにやることもありませんし。リラックスすることも大切ですから……」
そこで一息入れ、セギュールはパントエールの方へと向き直る。
「パントエール、アザレア殿とフィオナさんが退屈しないよう、少し社内を案内してあげてくれませんか?」
「上長命令ですものね、了解よ」
パントエールの皮肉たっぷりの言葉に対し、セギュールは苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。ただ、情報が欲しい自分としては、この状況は願ったりといったところだろう。アザレアとフィオナにはパントエールに案内してもらうように言いつけて、自分はセギュールの申し出を受け入れて、今回の事件についてもう少し詳細なことを聞くことにした。




