2-43:疑念 上
翌日、朝早くにパントエールが訪ねてきた。タイトなスカートスーツに身を包んでいるところを見るに、今日はオフィスへ向かうらしい。用件を聞くと行方不明事件の進展があり、自分たちの力を借りたいとのことで、一緒についてきてほしいと言われたのだ。
それも、アザレアとフィオナも一緒にということ――彼女らを呼ぶということは、近い内に戦いがあるということになるのだろう。
「夜は静かにしてほしいと言ったわよね?」と突っ込まれ、気まずい思いをしながらオフィスに到着すると、今回は会議室でなく、セギュールの執務室に直接通された。執務室は広く――今さらだがこの事務所を取り仕切っているのは彼らしく、相応の部屋を使っているらしい――ここでも重要な会議ができるように大きめの机とソファーとがあり、壁の一面にはびっしりと作戦や計画の書かれた黒板が掛けられている。
「……そういえば、シャルトリューズ女史もフェルノワールのことは貴方が言っていた以上のことは知らないって」
「そうなのか? まぁ、フェルノワールはあまり本部にはいなかったからな。仕方ないかもしれない」
パントエールとそんなやり取りをしているうちにバルトンが合流し、セギュールによる此度の誘拐事件の調査結果が語られることになった。
「……端的に言うと、誰が、という部分は分かりました。ですが一方で、何故、という部分がいまだ不明なのです」
話の詳細は以下になる。誘拐事件を手引きしていたのは、夜を偲ぶ会という名の集団であったらしい。その集団は元々ソルヴェーニャ王国の出身者が身を寄せ合う共同体的な立ち位置であったのだが、ここ数か月の間に急激に勢力を伸ばし、今は第二階層の廃工場を拠点にして活動しているとのこと。
こういうことは、この塩の大地では往々にしてある。元々邪神とは無関係だった地方出身者が集まった共同体が狡猾なイグノートゥスに目を付けられ、ある程度集まった人々が丸々セクトの構成員として挿げ替えられてしまう。
そのセクトは勢力を拡大するため、元々無関係であった人々を拉致し、無理矢理に洗脳していくと――ただ、あまりに拡大すると治安に関わってくるので、帝国に目を付けられて取り締まりという名の殲滅作戦が行われる。
もっとも、こういった傾向があるというだけで、今回の件の背後にイグノートゥスがいるということは、まだ確定ではないのだが――ひとまず、疑問をセギュールにぶつけてみることにする。
「……それで? そいつらはソルヴェーニャ出身者で、お仲間を増やそうとしてるってことか?」
「それが分からないのです。昨日、穏健派の構成員の一人が帰宅中に三人組に襲われたところを見回りの者に救助され、逃げた襲撃者を追跡したことで、やっと尻尾を掴めたのです。
ただ、そのうちの一人は捕らえたのですが、正気でないようで尋問もできず、何も聞き出せないのです。それだけでなく、恐ろしい力で暴れており……限界を超えたような力で、五人がかりでなんとか一人を捕らえたほどですよ」
「まぁ、セクトの構成員の場合、邪神に洗脳されている可能性があるからな……それで? 誘拐された同志たちを救うのに、その廃工場に乗り込もうってのか?」
「そう考えています」
セギュールはそこで執務机の上にある一枚の丸まった厚紙を拾い上げ、黒板の前からこちらへと移動してきて、自分たちの前で広げた。
「これが、廃工場の図面を模写したものです。内部が改造されている可能性もありますが、概ねの構造は変わらないでしょう」
「昨日の今日でこれを用意したのか?」
「言ったでしょう、肝心なのはその速度……情報を手に入れてからどれだけ速く動けるか、と」
セギュールはそう言いながら不敵に笑い、眼鏡を押し上げてから腰掛けている面々を見回す。
「ただ、廃工場に攻め入ろうというのは私の独断です。そこで、今日は皆さんの意見を伺いたく、このように集まっていただいた形です」
セギュールが言葉を切ると、すぐにバルトンが手を挙げる。
「もし攻め入るとして、どれほどの人員を配置する予定なのだ?」
「調査次第で変わる可能性もありますが、今のところは三百人ほど配置する予定です」
「三百!? 多すぎではないか?」
「確かに、ハードロック殿たちに力添えをいただけるなら、セクトの殲滅だけならそう手間も掛からないでしょう。
ただし、懸念点が二点ほど……まず、夜を偲ぶ会の全容が全く見えていないという点。攻め入るまでに偵察を入れて可能な限り情報を集めますが、それでもどんな罠が張り巡らされているかも分かりません。
また、今回に関しては相手が人間だという点も厄介です。モンスター相手なら全力で殲滅すればいいだけですが、人の場合はそうもいかない……操られているというのなら尚更、可能な限り生け捕りにする必要性があります。
もしかすれば、穏健派の同志も操られていて襲ってくる可能性もありますし、そうでなくとも制圧するには人員が必要です。そういった意味では、相応の人員の動員が必要になると考えます」
「しかし、そんなに派手に人員を動かせば、目立つのではないか?」
「そうならないように、複数回に分けてそれぞれの配置に就いてもらうつもりです。それに、全員で廃工場に突撃するわけではありません。連絡要員や救助要員など、手分けをしてそれくらいの人数が必要だと予想しているだけです」
「うぅむ、しかし……」
セギュールは納得しかねているバルトンから視線を外し、こちらに向かい合う。




