1-11:契約 中
「あ、アァ……暗い、寒イ……」
肩に乗っている皮肉屋にどう言い返してやろうと思っていると、背後から声が聞こえた。振り返ると、祭壇の下で男が一人――アイツは、自分に何かといちゃもんを付けてきた若い原典派の教徒だ――こちらに向かって這いずってきているのが見える。
「身体、ボロボロになってイく……イやだ、助けテ……」
彼の言い分通り、皮膚はぼろぼろに爛れ、崩れ落ちて行っている。その下から覗くのは、腐ったような気味の悪い筋肉だ。あのダメージで死んでいなかったのは見上げたものだが、それこそが不幸とも言えるだろう。
この男は先ほどの瘴気によって、蚯蚓のイグノートゥスの眷属になりかけていたのだ。だが、主を失ってしまった状態では、寄る辺の無い化け物と化していく――完全に変態した後なら本能に従うモンスターと化すのだが、瘴気に当てられて変態するものは死肉を漁る屍食鬼になる。
流石にこういったところに派遣されてきたのだから異界の瘴気にはある程度の耐性がある者が選ばれているのだろうが、コズミック・タイドの中では耐え切れなかったということだろう。
「化け物になりたくないか?」
「あぁ、アぁ……イヤだ、いヤダ……」
「多分、お前が思うような助けではないだろうが……俺からやれるのはこれだけだ」
腰から自動拳銃を取り出して撃鉄を起こし、変態していく男の額に向けて狙いを定める。先ほどの術の反動のせいで腕が少々震えているので、ゆっくりと狙いをつけ、そして引き金を引いた。
変態していく最中ならまだ人の範疇であるので、自動拳銃の小口径弾でもとどめを刺してやることはできる――血だまりに顔を埋めて動かなくなったのを確認して銃を戻し、もう一度祭壇側に振り返って、相変わらずぶつぶつと言っている女の方を見る。
「……約束……私の夢……あと少しで……」
静かになった空間の中で、消え入るような女の独り言が聞こえてくる。今言った二、三の単語を繰り返し呟いているだけで、やはり正気に戻る雰囲気は無かった。
「シュライク、この女を助ける手段はないか?」
先ほど変態していく男にとどめを刺した理由は二つ。一つは完全に変態されてしまってから自分が襲われても厄介と言うこと。もう一つは、仮に自分が去った後に、今度はこの女が狙われるであろうことを想定してだ。
だが、屍食鬼の芽を一つ摘んだところで、この地下空間に残されている時点で状況は変わらない。早かれ遅かれ、化け物の餌になるだけだ。それに一応、コイツにはイグノートゥスと戦う時に援護をしてもらったという恩もある。このまま捨て置くのも忍びない。
「今、君が鉛玉を撃ち込んだのが答えだろう。こうなってしまっては、救う術はない」
「だが、この女の体自体は屍食鬼に変質しているわけじゃない。ただ、正気を失っただけだ……それなら、まだ何とかできるんじゃないか?」
「ふむ……まぁ、そういうことなら。君が思うような助け方ではないと思うが、手段は無くはない」
「やるかどうかは聞いてから判断する。教えてくれ」
「簡単なことさ。この女を君の眷属にすればいい」
「……はぁ? 何を言ってるんだ、俺はイグノートゥスじゃないんだぞ?」
「部分的には力を貸すさ。我輩も邪神なのだからな。ただ、今は力の大部分を奪われ、君に封印されてしまった、風に吹けば折れてしまうほどか弱い一柱……自らの完全な眷属として人を操ることはできない。
だから、眷属を作るというメカニズムを用い、我が主を通じて、その女を君の従属者とする。失った正気を取り戻すことはできないが、それなら徹底的に狂わせてしまえ、という理論だな。
我輩レベルになると、言われた命令を繰り返すだけの眷属などつまらないものだが……まぁ、君の眷属にするのなら、我輩のポリシーにも反さないしな」
シュライクの口調は相変わらず飄々としたもので、どこか楽しんでいるような節すらある。他人が悩むのを見て、悦に浸る性格のねじ曲がった奴――だが、手段としてはそれくらいしかなさそうなのも確かである。ひとまず眷属にさえしてしまえば、こんな風に呆然自失で座し、死を待つことはないだろう。
それに――先ほどシュライクが言っていたことが事実なら、この女は原典派の実験台にされ、そのままこうやってセクトを潰すために過酷な戦場に送り込まれていたに違いない。それで誰かを守るために命を張って、最後には化け物に食われて終わり、というのも流石に少々不憫に思う。
だが、自分は眷属など持つ気はさらさらない。ただでさえ胚の少女の扱いをどうするかで頭が痛いのに、もう一人連れて行くなど考えたくもない。それならどうするか――少し考えて妙案が浮かび、肩に乗っているギョロ目に対して頷き返す。




