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1-10:契約 上

 さて、あの女はどうなっただろうか? 最後に見た時には祭壇側に吹き飛ばされていたはずだが――いずれにしても、祭壇には用がある。そのついでに彼女の安否も見ればいいだろう。


 痛む体に鞭打ちながら、なんとか祭壇の急な階段を上がると、そこには二人の女がいた。片方は、先ほどと同じように、生贄用か何かとして横たわっている少女だ。ただ、先ほどと違う点は、女が首に巻いていたストールが身体に掛けられているという点だ。


 もう一方は、アザレアという女。ストールは外した状態で、石台に背を預け、虚ろな目をしながら何やらぶつぶつと呟いている。


「……わざわざ自分の守護布を娘に与えたというのか?」


 ポケットから肩に移動していたシュライクが独り言のように呟いた。ただ、そういうことなのだろう――ストールを見ると、何やら術式のようなものが刻まれている。原典派が異界の瘴気に対抗するための手段なのだろうが、この女はお人好しなことに、コズミック・タイドから少女を護るため、自らの護身用のストールを与えていた、ということになるのだろう。


 その結果がこれだ。普通の人間は、あれだけの瘴気の中に居たら確実に発狂する。もちろん、先ほどの強力な瘴気の中では、ストールをしていても無意味だったかもしれないが――原典派の隠し玉である覚醒者とやらでも、その毒牙からは逃れることはできなかったというわけだ。


 一旦、視線を哀れな女から台の上に戻す。先ほどはちら、としかその状況が見えなかったが、今ならゆっくり確認することができる。どこかに、目的の物があるはずだ。そう思ってつぶさに台上を確認するが、少女以外に乗っている物は何一つ確認できなかった。


「おい、シュライク。アオートの胚とやらはどこにある?」

「君の眼は節穴かね? 目の前にあるではないか」

「何を言ってるんだ? 儀式の生贄に使われる予定だった女の子が横たわっているだけで……」


 そこで何か違和感を覚え、改めて台の上に視線を落とす。胚という名称から、何か漠然と球状の物体であることを想像していたのだが――この横たわっている少女が、胚が成長した姿であるとするならば、元々の名称と何一つ矛盾は生じないではないか。


「気づいたようだな。アオートの胚というのは、文字通りに成長し、生物の体を為す。生物の遺伝子情報を取り込み、その者のあるべき姿に急速に成長する……言ってみれば、自走する神器のような存在なのだよ」


 ちなみに胚は急速に成長し、一週間の培養で成人にまで達する、と補足が入った。逆に、これほど幼い子として活用するなら、培養の過程で無理やりに起こせばよいとのこと――この姿形を取ったのは、先ほどのイグノートゥスの趣味であったのか、はたまたそれ以前に培養されていて、そいつの趣味だったのかを、自分たちとしてはあずかり知ることはできない。


「……しかし、この女も無駄なことをしたな。胚は瘴気を供給するために存在するのだから、瘴気によって発狂することはない。もし術式で自衛したら、自らを護れていたかもしれないのに」

「あんまりそういうことを言ってやるな……この女はそんなことは知らなかったんだからさ」


 変に擁護したいわけでもないが、この女のやったことはあっぱれだと思う。この女は本気で自衛に走れば――それこそ胚を諦めて撤退すれば――自分だけは生き残ることができるだけの実力はあっただろう。


 それなのにこの女は必死にこちらを護ろうとしていたし、最後には見ず知らずの女の子のために、ストールを少女に託したのだから。


 しかし、困ったことになった。もらっていた情報は「輪廻の宝珠」であったから、てっきり持ち運びできるものだと思ってここまで来たのに。まさか女の子を運ぶわけにもいかない。なんとかならないものだろうか。


「胚の力だけ、この子から切り離すことはできないのか?」

「無理だね。胚を基に細胞分裂を繰り返し、この形を取っているんだ。要するに、この娘の体の全てが、アオートの胚と言って差し支えない。一部を切り取ったとて力は弱まるし、細胞が死ねばその効力を失う。成長してしまったのなら、丸ごと活用するしかない。

 大丈夫だ、いくら幼く見えても、コイツは邪神の力を内包しているんだ。普通の人間よりも何倍も力が強い。むしろ胚のまま持ち歩くより、手が増えて便利だと思うぞ」

「あのなぁ……俺の言うことをちゃんと聞いてくれるかなんて分からないだろうがよ。それに……」

「こんな小さな子を戦わせるなんて気が引ける、か? そっちの女の事といい、妙にセンチメンタルになっているのではないかね? 我輩としては、ギラギラしている君の方が好みなのだが」

「お前の好みなんか知ったことか。そもそもとして、俺みたいな奴がこんな小さい子を連れまわしたとしても、誘拐でもしたのかと思われるのが関の山だろう」

「それなら、娘と言うことにでもすればいいんじゃないか? 君の年齢的にも、そうずれてはいないだろう」

「手段としてはありかもしれないが……そういうくだらないことは二度と言うな」


 もう家族を作るとか、自分はそういったこととはほど遠い場所に居るのだ。もちろん、手段としてそういう装いをすることは有効かもしれないが、本当に最終手段として以外には使いたくないくらいである。


 シュライクの方は相変わらず飄々として「それなら親戚の叔父だとか、いくらでも言い分はあるだろう」などとのたまっている。コイツはこちらの事情を理解しているはずだが――デリカシーだとか配慮だとかいう類のものを期待するだけ無駄なのだろう。

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