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1-9:断章ノモラス 下

「サッバタイオス・ロコウ・フルカ・ラソナ・ハヤナ・ハルナ……」


 詠唱を綴ると、右手の刃が振動を始める。そしてすぐにギザギザの刃がゆっくりと回転を始め、その動きは次第に速くなっていく――これこそが、我が復讐のための刃、十年の歳月をかけて練り上げた必殺の一撃。


「起動せよ、異界を繋ぐ早贄の一刺し……断章ノモラス!」


 高速に回転し始めた剣、もとい断章ノモラスを肩の高さに構え、一気に正面へと駆ける。一瞬、亡者どもがこの身を逃がすまいと重くのしかかってくるが、これは幻覚だ。本当は、自分には何も、のしかかってなどいない――そう自分に言い聞かせ、力を振り絞って前進を続ける。


 次第に視界の一点に、どす黒く渦巻く塊が現れる。同時に、確かな殺気を感じる。これは幻覚ではない。そう直感して身をわずかによじりながら、回転する刃の先端を渦巻の中に突き立てた。


 そして今度こそ、確かな手応えが返ってくる。教祖の体を依り代にしていた邪神を、確かに捉えたという感覚――次いで、渦とは逆向きに回る切っ先が、異界から流れる奔流を弱めていく。


 結果として、辺りを覆っていた瘴気が晴れ始め、それに合わせて幻覚もすっかりと去った。最後に、側頭部に鈍い痛みが走る。先ほど感じた殺気の正体、それはコズミック・タイドを物ともせずに接近してくるこちらに対し、デミゴッドが迎撃のために放った触手だったのだが、それが側頭部を掠めていた形である。


「キサマ、何故発狂しなイ……? そレに、その額の刺青……虚空の鎖……帝国ノ犬か!?」


 深々と突き刺さった刃は、確かにデミゴッドの胸に現れた口の部分を刺し貫いているはずだが――この世ならざる者であるのだから、口を塞がれているくらいで喋れなくなるという訳ではないのだろう。


「訂正してもらおう。確かに俺は元、鎖の魔術師だが……断じて、帝国の犬などではない!」


 回転を止めた刃を引き抜くと、その先端にはまた黒い液体のような塊が付着していた。それをそのまま乱暴に石床にたたきつける。蠢く液体は切っ先から逃れようとじたばたしているが、あと一手で終わりだ。


「深淵の縁より目覚めよ……盟約の一柱! 百貌ひゃくぼうの王、シュライク!」

「やっと出番かね……それでは、張り切らせてもらうとしようか!」


 いつの間にかそこへ移動していたらしく、ポケットからギョロ目の木偶人形が顔を出す。そしてすぐさま、人形から影のような黒いシルエットが一気に伸び、流れるような流体となって、すさまじい速度で刃の先端で蠢く塊に食らいついた。


 改めて見れば、巨大化したそれは――魔術書に封印する際にシュライクと名付けられたそれは――人のようなシルエットを取り、その細く長い指で塊をガシ、と掴んで、どこか楽しげに笑った。


「クックックッ……震えているな、恐怖しているな? 自らの領域が侵されるはずがないと慢心していたようだが……居るのだよ、他のイグノートゥスの領域に干渉する能力を持つ一柱が、ここにな!」


 そこで言葉を切り、シュライクの背後に木のようなシルエットが浮かび始める。複数に伸びる枝の先端には、先客である二柱が――蜘蛛の形と巨人のようなシルエットだ――鋭い枝で標本のように磔にされている。


 そしてシュライクが刃の切っ先で蠢く()()を握り、思い切って引き吊り上げ、空いている枝の先端に勢いよく押し付けた。()()は細長い形状となってしばらく痙攣し、そして次第に動かなくなり――シュライクがぱちんと指を鳴らすと、現れた樹ごと、磔にされている邪神共が、自分の胸元にある魔術書へと吸い込まれていく。


「……これで良いかね、我が主?」


 人形に意識を移したのだろう、再びポケットからシュライクの声が聞こえ始める。こいつの能力は、他の邪神に干渉するというもの――そしてその力を人間が使えるようにするのが断章ノモラスだ。


 そして胸のネックレス型の魔術書は、エヌの写本。本来は契約した邪神の力を引き出すためにあるのだが――基本的に人間に友好的な邪神などいないので、そいつらをシュライクの力を使って無理矢理に使役する、というのが自分の戦い方である。


「あぁ、上出来だ。ちょいと気に入らないやつだったが、せいぜいこき使ってやることにしよう……ぐっ……!」


 ちょうど激闘が終わったタイミングで、タイムリミットが来た。体全体に恐ろしい痛みが走り――これは幻覚などでない、本物の痛みだ――思わずその場に膝をついてしまう。これがパンタグリュエルの反動。言ってみれば至極単純で、滅茶苦茶な筋肉痛だ。本来は出せないような力で動き回っているのだから、その負荷と反動とが一気に来るのである。


 身体強化の制限時間は数分、かなり無茶をして五分といったところで、一度使えば三日は体の激しい痛みで動き回れなくなる。少なくとも、戦闘行動は絶対にできない。それくらいの反動である。


「おいおい、大丈夫かね? 帰るまでが遠足だぞ?」

「悪いが、お前の偵察に任せることになるな……アトラク・ナクアの時と同じく、モンスターには見つからないようにやり過ごしていくしかない」

「はぁ……せっかくひと仕事をしたばかりだというのに。まったく、人使いの荒い主様だ」


 シュライクの皮肉が脳裏に響いた後は、場に残るのは静寂だけ。改めて室内を見渡すと、そこは本当に死屍累々(ししるいるい)、という言葉がふさわしい状態だった。女に葬られた眷属ども、教祖にやられた原典派、そして――先ほどまで邪神の力で猛威を振るっていた教祖だったものも徐々に炭化し、ぼろぼろとその場に崩れ落ちたのだった。

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