2-36:ヴィンセント・フェルノワール 上
湿原での休憩を終えて、今日はもう少し探索を続けようということで――やはりジョウント装置までは辿り着きたい――七層をさらに進んでいく。
行く道に関しては、それとなく自分が指示を出すことで誘導している。パントエールらがいる関係で表に出せないが、シュライクが概ねの地理は把握しているので、こうすることで変な寄り道をせずに装置へとたどり着くことができる。
休憩後に進んでいる辺りはモンスターも少ないらしく、比較的落ち着いた調子で進めている。そのせいか、色々と雑談交じりに歩いている形だ。女が三人集まればなんとやらというが、各々口うるさいタイプでもないので、きゃいきゃいしてない点は自分としてはありがたい。
しかし意外だったのは、割とアザレアとパントエールが打ち解けてくれた点か。どちらかと言えばパントエールが声を掛けている形だが、アザレアもそこそこ自然な感じで――語彙力が違いすぎるのでところどころしどろもどろになっているが――受け答えをしている。
恐らくだが、パントエールがフィオナのことについて真剣に考えてくれたおかげで、アザレアも彼女を受け入れられるようになったといったところか。
そんな中、パントエールがふとこちらを向き、「そういえば」と切り出す。
「貴方、鎖の魔術師なのよね?」
「元だ……それが何か?」
「フェルノワールのこと、知ってるんじゃないかと思って」
「多分、お前さんの知っている以上のことはほとんど知らないぞ。鎖時代に接点はなかった……アイツはソルヴェーニャに出向していたし、たまに戻ってきたとしても、俺は落ちこぼれだったからな」
何より、アイツのことをあまり話したいわけじゃない。倒すべき相手なので当然色々と研究も分析もしたし、パントエールの言うように同じ組織にいたときもあるので、恐らく帝国外部の人間としてはかなり詳しい自信もある。
ただ、口にするだけでも怒りが湧いてくる相手なので、とくに誰かといるときには無理に話したくはない。シュライクくらいにこちらの感情に無関心だったら構わないのだが、フィオナがいる前だと怖がらせてしまう可能性もある。
「それでも、聞かせてほしいわ。意外なヒントに繋がるかもしれないし……アザレアやフィオナも知りたいんじゃないかしら?」
「それは……」
名前の挙がった二人の方を見ると、確かに興味を引かれているようだ。確かに、自分はフィオナには諸々の説明をしていない。もちろん先日、アイツに斬ってかかったところを見れば、何かしら思うこともあるのだろうが――子供にわざわざ話す話でもないとは思う。
『あぁ、君の動機についてだがな。小娘が知りたがっていたから我輩から説明しておいてやったぞ』
『……そいつはどうも、説明する手間が省けたよ』
まぁ、別にいうなと言っていたわけでもないし、知られてしまったのなら仕方がない。これから戦う相手のことでもあるわけだし、特にフィオナは頭も切れるから、何かのヒントにもなるかもしれない。
「……それじゃあ、俺の知っている範囲のことを話そう」
パントエールらに――とくに状況を把握していないフィオナ向けに――ひとつひとつ状況を話し始める。
虚空の鎖は基本的に俗世に対しては不干渉の立場だが、一つの例外がある。それは、大陸の均衡を大きく崩しかねない勢力が動き出した場合。二十年前のソルヴェーニャ革命こそがそれに該当した。そのために派遣されたのが、フェルノワールだった。
だが、奴自身には別の意図もあったのかもしれない。
ヴィンセント・フェルノワール。本名はヴィンチェンツォ・ドメーヌ・マヴェラ。フェルノワールというのは、ソルヴェーニャの皇帝に就任するときに改名したものである。大本はソルヴェーニャ衛星都市の出身で、王国時代に本国に渡っているうちに、カルマの鏡に見出されて魔術師となった男だ。
フェルノワールは若いとき、故郷を離れてソルヴェーニャの軍事学校に通いはじめた。その目的はソルヴェーニャに征服された過去を持つ祖国の解放であったらしい。軍事学校に通うよりも魔術師となる方がその目的に早く到達できると踏んで、虚空の鎖に合流したのだ。
虚空の鎖へ合流したフェルノワールは、すぐにその頭角を現した。明晰な頭脳を持ち、人心掌握術にも優れ、すぐに神器ティンダロスを解放し、同時にカウフマン派と並ぶ自身の派閥を作成するに至った。
その間にソルヴェーニャで革命が起き、奴は革命鎮圧のために大陸に派遣されたのだが――あろうことかフェルノワールは革命勢力に合流し、そのまま王族の断絶と革命の波及に努めたのである。
その後の大まかな流れは次のようになる。革命勢力に加担したフェルノワールはすぐさまそこで新たに自身の組織を作り、革命を倒そうとしていた各地の戦争を平定。国内で絶大な支持を得るなかで塩の大地を復活させ――復活させたのが奴だというのは自分の予想に過ぎないが――新たな根拠地とし、皇帝に就任して大規模な侵略戦争を始めて今日に至る、と。




