2-35:名もなき湿原にて 下
「あの子は、それを実現することを、亡き父との唯一の絆であると考えている……それ故に、焦っておられるのだ。
確かに、ガストン様はフェルノワールの所業にはお怒りであり、同時にソルヴェーニャの土地を臣民に返すことを考えられていた。だが、それを取り返すことを、あの子に期待していたかまでは……もう誰にもわからんのだよ」
「それじゃあ何か、パントエールの奴、勝手に生き急いでやがるって言いたいのか?」
「無論、我々のような大人たちの視線や存在が、あの子の重荷となっているのも間違いない。だが、あの子は王国時代のソルヴェーニャを知らない……思い出もない故国のために、我々のような亡国の老人たちの希望になど応える必要もないだろう。
ただ、あの子にあるのは……」
「父親との絆……遺言だけってことか」
こちらの言葉に、バルトンは重く、ゆっくりと頷く。
「フェルノワールによって作り変えられたソルヴェーニャに帰ることも、王党派に合流することを決めたのも、全てあの子の意思だ。それが、亡き父の無念を晴らすことに繋がると考えているから。
だが……私がガストン様から賜った最後の言葉は、ただコンスタンツ様を頼む、という一言だけだ。私とて、故国をフェルノワールに蹂躙されていることに納得しているわけではないが、それよりも……私はただ、あの子が生きていてくれさえすればいいと思っている」
「それが、ガストンからお前への遺言だからか?」
「いいや、あの方こそ、私が最後に仕えるのにふさわしい方だと信じているからだ」
なるほど、この男もなかなか悪くないと思わされる。彼は盲目的に亡き主君に従っているわけではなく、しっかり目の前の少女に視線を向けているのだから。
ただまぁ、あまりに過保護なのはどうかとも思うが――そして彼のその過保護さが、まったくパントエール自身に響いていないのは、全く皮肉といったところだろう。
「それじゃ、あんなはねっ返りに育っちまって苦労しているわけだ」
「何を言うか! あの方は立派に責務を全うしようとしているのだ!」
バルトンが突然大きな声をあげたので、自分よりもむしろ女性陣の方が驚いているようだ。しかし、この男は「自分で言うのは良いが、他人に言われるのは気に食わない」というタイプか――少しは見直したが、やはり扱いは面倒くさそう、もとい慎重に取り扱わなければならないタイプだ。
そんな風に思っていると、バルトンはバツが悪そうに女性陣に手を振り、その後はため息を一つ、白髪の目立つ額を抑えながら話を続ける。
「セギュールのやつは鼻持ちならん奴だが、あの子の先生としては信頼のおける奴だ。適当でいい加減に見えて用意周到で抜け目ないし、それでいてあの子の成長を見守ろうとしてくれている」
「教育方針には違いがあるみたいだけどな」
「はぁ……そうだな。いや、私が過剰だというのは分かっている。貴様の言う通り、あの子も既に自立できる年齢ではある。だが、私はあの子が生まれたときから知っているからな……どうしても子ども扱いが抜けないというか……」
「……何の話をしているのかしら?」
横から聞こえてきた声に、バルトンは肩をびくっと震わせる。先ほどの老人の大声のせいで気になったのだろう、パントエールが一人、こちらへ歩いて来ていたのだ。
バルトンは気まずそうに身体を縮こまらせ――身体はデカいので見た目はシュールだ――顔に脂汗を垂らしている。普段はなかなか言えない話を、部外者の自分にだからこそ話していたのだろうが、つい興が乗って話し過ぎてしまったという自覚が今になって出てきたのだろう。そしてそれをパントエールに聞かれるのはまずいと――それが全力で態度に出ているわけだ。
ふと、気まずそうにしていた老人の顔が引き締まり、横に置いていた大楯に手を掛けて立ち上がった。
「コンスタンツ様!」
「えっ……?」
バルトンが盾を持って突撃した先、パントエールの背後の地面が隆起しており、そこから巨大なモグラのような化け物が姿を現した。だが、老兵は力強いシールドチャージで爪の一撃を弾き、そのまま背にあるショットガンを抜き出して、盾の脇から引き金を絞り、至近距離から顔面に強烈な散弾を浴びせた。
小型のモンスターなら今の一撃で十分だっただろうが、大型故に致命の一撃にはならなかったようだ。しかし、それも一瞬の延命に過ぎない――風を切る音が聞こえたと同時に大型の魔物は真っ二つにされ、その先には大鎌を振り切ったアザレアの姿があった。
「すいません、ご主人様! 地中から来ていたせいか、気配に気づくのが遅れてしまいまして……!」
「いや、誰の怪我もなかったからな。気にしないでくれ」
気にするなといっても、相変わらずアザレアはぺこぺこと頭を下げている。その横で、バルトンも主を危険にさらしてしまったことに関して謝罪をしていた。
こんな風に言ったら双方に失礼ではあるが、バルトンは少しアザレアに似ているかもしれない。過保護で気持ちが全部態度に出るタイプ。まぁ、女性なら可愛げもあるが、男の場合は少々きついかもしれない。
しかし、戦い方はなかなか豪快だ。中世風の重装備にショットガンというのはなかなか面白い組み合わせである。火力はセギュールやパントエールにあるし、前衛を務める堅牢さと瞬発力という点ではなかなか合理的かもしれない――そんな風に思いながら老人の方を見ていると、向こうからは訝しむような視線が返ってくる。
「ご主人様とは……貴様、アザレア殿とはどういう関係なのだ?」
「さぁ……むしろ俺が聞きたいよ」
アザレアがご主人様と呼ぶたびに奇異の目線を向けられるので、やはり呼び方を矯正した方が良いかもしれない。これまでにも何度かチャレンジしたのだが、毎度変にエキサイトするので半ば諦めてしまっていたが、このままでは特殊な性癖を持っている奴だと勘違いされかねない――そう決意を新たにしたのだった。




