2-33:名もなき湿原にて 上
王党派への正式な参加は、パントエールから書面を受け取った三日後のことになった。その日はセギュールやバルトンとも最終的な合意が必要であったため、また自分だけが王党派のオフィスへ向かうことにした。
最終的な契約は、ほとんど先日の打ち合わせ通りになっていたといっていい。ただ、それぞれの反応としては、次のようなイメージになる――大前提として、フェルノワールにこれ以上の力を付けさせないことは重要であるとして、地下迷宮の攻略自体には賛成。ただし、やはりバルトンはパントエールを行かせたくないようである。
「……どうして貴女がこんな奴に付いて行く必要があるのです! 発掘証を持たせて、勝手に行かせればいいでしょう!」
「それだと、彼らにいざというときに協力を頼めないかもしれない。だから、私の執務がないときや他の任務がないときに、一緒に行こうというの……探索で得られるものもあるかもしれないしね」
「セギュール、貴様からもなんとか言ってくれ!」
「まぁ、彼女を危険と分かり切っているところに行かせるのは私もどうかと思いますが、放っておいても彼女は無茶しますからね。
それに、先日彼の腕は見せてもらいましたが、確かですよ。信頼していいと思います」
「ぬぐぐ……パントエールもお考え直しください。もし煉獄に行かなければならないというのなら、私やセギュールと行けばよいではありませんか?」
現状を要約すると、旗手を危険にさらしたくないバルトンと、どうせ言うことを聞かないのだからやらせればいいというセギュールという構図である。
もう少し詳細に言えば、バルトンは「旗手を失うわけにはいかない」というよりも、パントエールのことを本気で心配しているのが半分、自分のようなどこの馬の骨かも分からないやつに任せられないというのが半分、という風に見える。
先日、バルトンには「アレでいて良いところもある」というパントエールの意見は、こういったところからきているのだろう――頑固そうな親父ではあるが、パントエールのことについては本気で守ろうという意識があるのだ。
まぁ、こちらのことを「こんな奴」呼びしてくるわけで、そういう意味ではやはり積極的に関わり合いたくはないのだが、正直パントエールと行くよりも発掘証をもらえた方が良いので、個人的にはバルトンにもう少し頑張ってほしいところである。
セギュールも別に薄情なわけではなく、むしろパントエールの自主性を重んじている形だろう。それに、こちらのことも信頼してくれているので、悪くない感じである。
「……そんなに心配なら、一度彼らの探索に付いて行ってみたらどうですか、バルトン? どのみち、フェルノワールが何をしようとしているのか、煉獄に行って調査が必要なのです。それで、一度同行して、それで貴方が納得できなければ、もう一度協議することにしましょう」
ね、と胡散臭い笑顔を眼鏡の男はこちらへ向けてくる。その挑発にバルトンも鼻息荒く「いいだろう」と乗ってくる。これは、バルトンにとっては有利な条件だ。何があっても「納得のいくものではなかった」とか言えば良いだけなのだから。
自分としても、別にこのオッサンに気に入られなかったとしても、困ることは何もない。そんなこんなで四者が納得する形で、次の探索についてはパントエールとバルトンが参加することとなった。
探索については、自分たちの方が少しだが進んでいた。パントエールたちは六層までだったのに対し、自分たちは七層にまで足を伸ばしているからだ。一応、七層の方が敵が手ごわいことは認識済みだが、先日のパントエールとセギュールの腕前を見る感じではやっていけないことはないはずである。
何より――。
「……何だ、あの女の異常な強さは!?」
そう声をあげたのはバルトンだ。叫びたくなる気持ちも分かる。アザレアがいれば、ほとんど自分たちの出る幕などないのだから。
今はスルトと戦った草原を抜けた先、ところどころに濁った池のある湿原で、巨大なサンショウウオのような怪物の大群の襲撃を受けているのだが、それもアザレアが巨大な武器を振り回して、ほとんど一人で殲滅している。
最初は「女子供を連れて行くなどけしからん」などと言っていたバルトンだが――そんな感じだからとくにフィオナからは苦手意識を持たれているようだ――とくに巨大な怪物をあの細腕で沈めていく様を見せられれば、驚くのも無理はないと思われる。
もちろん、セクトなどが相手あれば、神器の使用や魔術の行使などの搦め手があり得るのでアザレア一人では苦しくなるだろうが、単純なモンスター相手なら単純な力比べであり、岩石をぶん投げるだけの実力のあるアザレアに敵う敵などそうはいない。
「……まぁ、また一つ疑問が解けたわね。なぜ、あれだけの怪我を負って、フェルノワールの元を逃げおおせたのか……あれだけの力があれば、納得というものだわ」
「し、しかし、まだこんな幼い子を連れているなどというのは……あぁ!?」
再び老人が素っ頓狂な声をあげたのは、フィオナもまた想定以上の強さだったからに違いない。少女は炎典レーヴァテインをライフルに変形させて、飛んでいる怪鳥のようなモンスターを的確に撃ち貫いているのだから。
彼女には先日、肩から掛けられるポーチとライフル弾を所望された。ポーチの中に様々な銃の弾倉を詰め込み、それらを変形する神器で使いこなす。
深層の敵の中には銃弾程度では倒せないモンスターも存在するが、流石にライフル弾の速度と威力をもってすればある程度のダメージを与えることはできる。それを急所に当てることができれば一撃だって狙える――ある意味では一番すごいのは、彼女のその狙いの正確さかもしれない。
しかし、動きやすそうなパンツルックに、見た目が可愛いポーチをぶら下げて移動するさまなどは、まさしく湿原にピクニックにでも来た少女といった雰囲気だ。それがいかついライフルで化け物を倒している様はアンビバレントな感じだが――ともかくフィオナは排莢しながら、驚いているバルトンに対して得意げな笑みを向ける。
「おじさん、何か言った?」
「ぬ、ぬぐぐ……武器が強いだけだ!」
幼い子供に対してすら謎の負けん気を見せるバルトンに対し、それを諫めるようにパントエールが言葉を挟んでくる。
「……仮にそうだとしても、狙っているのはあの子よ。飛んでいる鳥をあれだけ正確に落とせる者は、我々の中にいないわ」
「そ、それはそうかもしれませんが……!」
姫の的確な指摘に、バルトンはしどろもどろだ。そして辺りをきょろきょろと見まわし、こちらと目が合った瞬間に鬼の首を取ったかのような勢いで指さしてくる。




