2-29:条件交渉 上
パントエールが新たに持ってきた書類の一つには小切手があった。これは昨日の鉱山の救助に関する支払いで、額面は五千帝国リーブル。ダンジョン内で発生した懸賞金の全額に、さらに王党派の気持ちが入っているらしい金額だ。ひとまず、これで当面の生活の心配はなくなった、というのは嬉しい話である。
ただ、問題は他の部分だ。固定給の上昇は見られたが、その他の部分についての変更はなかった。要するに、拘束時間などに関する言及はなかったわけだが――この辺りは昨日も話さなかったし、向こうが気にしなかったのも仕方がない部分である。
「……不満かしら?」
「いや、かなり好待遇にしてくれてるのは十分に理解している。どっちかっていうと金銭面より、条件面の問題だな」
「週六拘束はきついってところかしらね? ただ、そこに関しては……」
「いつでも特殊任務に就けるようにって話だろう? それは納得する。だが、こっちにもこっちの目的があるからな。そこに関しては妥協はできない」
そこからは、言える範囲でのことは伝えた。煉獄の最下層には大いなる力が眠っており、自分とフェルノワールはそれを狙っているということ。フェルノワールがその力を手に入れて何をするつもりなのかは知らないが、自分はフェルノワールを倒すために――最下層に封印されているものの一つがシュライクの本体だというのは伏せて――奴より早く最下層に到達したい旨を伝える。
「……一応確認を取りたいのだけれど、その最下層に眠る力とやらがないとフェルノワールを倒せないの?」
「先日打ち合った感じだと、それがなくても倒せる可能性はある。自分でいうのも何だが、確かにデュランダルを押し込むことはできたからな。
ただ、打ち合っている間にもう一つの神器で撃たれた。もう一度戦っても同じ結果になるだけだ……そうでなくとも、アイツ一人しかいないタイミングで殺すことができなかったんだ。大元帥と並んだアイツを倒すなら、圧倒的に上回る力がなければ難しいだろう」
「もう一つ、最下層に眠る力というのは何なのかしら?」
「一万年前の神魔大戦で封印された邪神だ。俺が邪神の力を使えるのは、昨日見せたとおりだ」
「それには協力してもらえるの?」
「さぁ?」
「さぁって……」
「奴らがどう出るか分からんが、従わせて見せるつもりではある」
嘘は言っていない。実際のところ、シュライクだって本体を取り返したら、協力してくれるという確約はないわけだ――コイツはフェルノワール打倒に協力する姿勢を見せて自分を使っているだけで、最下層の封印さえ解ければ突然の裏切りを見せる可能性だってゼロではない。他に封印されている邪神などはもっと難しいだろう。
ただ、少なくとも、フェルノワールを殺すまではどうにか従わせてみせるつもりだ。それは下手をすればフェルノワールを倒すよりも難しいかもしれない。それでも、無理やりにでも従わせに行くしかない。
こちらの言葉に対し、パントエールは驚いたように目を見開いて後、コーヒーカップに――全員分をアザレアが出してくれた、フィオナの分はミルクたっぷりのコーヒー牛乳である――口を付け、真顔のまま嘆息を一つ吐き出す。
「成程……分かったわ」
「分かってくれたか。それじゃ悪いんだが、発掘許可証を……」
「その必要はないわ。私が一緒に行けばいいんだもの」
「……はぁ?」
「発掘証は一つあれば、他の全員を通すことができるのは知っているでしょう?」
「そういうことじゃない。アンタ、忙しいんだろう?」
何せ、王党派の大物なのだ。色々と仕事もあるんじゃないだろうか。まぁ、こんな風に遠回しに断っている大前提は、無駄に人員が増えるのが好ましくないからなのだが。
確かに迷宮探索の基本として、パーティは四人以上が推奨される。これは単純に化け物どもと戦うのにマンパワーが必要だからなのだが、自分は大人数での動きは好まないし、何よりパントエールと組むとなったら自由なタイミングでの攻略が不可能になる。それは避けたい。
そういった意味では、やはり発掘証をもらえるのがこちらとしては一番なのだが――そう思っていると、パントエールは何故だか自嘲気味な笑みを浮かべて視線を落とした。
「執務に関しては、バルトンとセギュールがいれば、私なんかお飾りよ」
「そうか? 好かれてると思ったけどな」
「好かれていることと、役目があることは違うわ」
「まぁ、そうかもしれないが……」
アンタの場合はそれが仕事じゃないか、と言いかけて、それを引っ込める。彼女が王族だというのは、一応アザレアたちには知られない方が良いだろう。それに、今のところはパントエールの立場をアザレアたちに伝える必要も必然性もない。
ともかく、こちらが言葉に詰まっていると、今度は不敵な笑みを浮かべてから、パントエールが口を開く。
「単純に、貴方に発掘証を与えてしまったら、色々と理由を付けられて協力を仰ぐことが難しくなるだろうから。私の方で手綱を握りたいというのが本音よ。指名手配されていることを、上手く使わせてもらうわ」
「アンタからしたらそうだろうな」
「ただ、可能な限り貴方たちに協力することは約束する。不安なら、契約書に書き足しても構わない……私たちの目的はフェルノワールを打倒すること。煉獄を攻略することがその最短の近道であり、同時に奴に強力な力を与えないために必要なことであるというのなら、それは私たちとしても実利があるもの」
「アンタ以外にも人を連れて行くことはあるか?」
「六層以下に行けるとなれば、自然と人員は限られる。執務がないときにバルトンかセギュールが付いてくるくらいでしょう」
「……あのオッサンは苦手だ」
「でしょうね。でも、アレでいて良いところもあるのよ」
そう言いながら、パントエールは微笑を浮かべた。バルトンに対する信頼の証なのだろう――まぁ、忠誠心に厚い騎士という雰囲気であったし、お姫様から見たら良いところもあるのかもしれないが、逆にこちらの立場からしたら「姫を変なことに巻き込んで」と文句を言ってきそうで嫌なのだが。
ともかく、パントエールはすぐに真顔に戻って、再びカップを口に運んで一息を入れる。




