2-26:アザレア文字解読初級編 上
パントエールたちと別れてからアパートに帰り、受け取っていた書類に目を通すことにした。この内容で全面的に契約が決まった訳ではないし、ここから交渉する余地もある。さらにいえば、昨日の件でもう少し条件を良くしてもらえる可能性もあるという前提ではあるが――待遇は結構良いものと考えていいだろう。
王党派に正式に参加する場合は、まずは仮で使わせてもらっているこの住居の正式利用。それに加えて月額び固定給が支給され――住居の費用が掛からないので三人で生きていくにはこれだけで余裕を持って暮らせる額だ――さらに任務別の特別手当が入る。
その上、身分証明書も――もちろん偽造だが――発行してくれるらしい。発掘証についての記載がないので、ここは別個に依頼する必要があるだろう。
その他、居住の安全の確保。この辺りは王党派の根拠地なので定期的な見回りがあるらしく、その恩恵に預かれるとのこと。ただ、自分たちを所属させるリスクは他のメンバーよりも高いと思われるので、その辺りは事前に説明しておくべきだ。
対価として要求されているのは週六日間の労働。その労働というのは、基本的にはオフィスに出社して書類整理などの軽作業。
むしろ、この後に記載されている内容こそ、自分に期待されているところだろう。帝国に対する特殊工作や戦闘行動。戦闘行動の後は数日、負傷の場合は治るまでの休養を取れる。オフィスへの出社というのは、要するにいつでも出撃できるように時間的な拘束をしようという訳だ。
要するに、普段はサラリーマンをする傍らで特殊工作員になれと。特別手当がどの程度になるかは分からないが、基本的にはそれが上乗せされると考えれば、金銭的な条件についてはなかなか良いはずである。もっとも、普通の仕事をしたことがないので、これが金銭的に割が良いのかは分からないのだが。
補足として、アザレアやフィオナについての出社や戦闘行動については言及がなかった。パントエールたちにはアザレアの戦闘力や、アオートの胚という情報は伝えていないのだから、当然と言えば当然か。
王党派に協力するということ自体については、自分としては可もなく不可もなく、といったところである。パントエールに関しては、良いところもあれば悪いところもある、といった評価。下らない保身や名誉欲のために動いている感じではない点や、親玉の癖にガンガン前に出る性格は好みだが、それ故の焦りや危うさが気にはなる。
ただ、どんな下っ端でも救いに行くというその覚悟と、メンバーに見せた柔らかな態度については、王族という割に――いや、王族とは本来あのようにあるべきなのかもしれないが――信頼できるとは思う。
組織も思ったよりは堅苦しい感じでもなさそうだし、セギュールもいい意味で底が知れない。そういう意味では差し引き「やはり消極的にではあるが協力してもいい」という評価になる。
そうなると交渉するべきは、拘束時間と発掘証についてか。自分としては、煉獄の攻略を優先したい――そのため、週六も拘束されるのは条件に合わない。王党派としては煉獄に籠るのは本筋ではないはずなので、この条件を全面的に呑むと先には進めなくなってしまう。
ただ、この辺りは交渉の余地がある部分だし、その他にも「フェルノワールも最奥を改めて目指している」ということを伝えれば協力してもらえるのではないか、というのがシュライクの意見だ。
それでもダメな場合は、待遇を落としても良いので、所属ではなく協力という形にとどめてもらうか、最悪の場合は、適度に金を稼いだら抜けるしかない。身分証については、おいおい考えればいい。
なお、今日はまったく交渉が進まなかったことと、待遇は悪くなさそうなので、交渉内容次第では王党派に参加するつもりであることを、夕食時に二人へ伝えた。態度は朝と変わらず、フィオナは賛成、アザレアも賛成だが、態度は妙に煮え切らない、という調子だった。
その後は久々に夜分まで読書を進めた。ここしばらくは自分の部屋がなかったのでのんびりできなかったのだが、ここでは自分の部屋があるので、読書に集中することができる。確かに疲れもあったが、セギュールと解読の話で盛り上がったせいで気持ちが再燃したのか、あまり読み込めていない部分に没頭してしまい、眠りに落ちたのはかなり遅い時間になっていた。
「……ハルト、大変なの!」
名前を呼ぶ声と、扉をドンドンと叩く音で目が覚める。意識が落ちてからはほとんど記憶もない。壁の時計を見ると朝九時半。一応六時間ほどは寝られたが、昨日の疲れが残っているせいか――というかまだ傷も癒え切っていないせいもあるだろう――身体が重いが、何とか起きだして扉を開けると、そこには必死な形相のフィオナの顔があった。




