2-25:閉じ込められた土の下で 下
「ねぇ、良かったらこの後、会食などいかがかしら?」
「良いですね。お手伝いいただいたお礼と、労いの意味も込めて」
てっきり、契約に関する話でもあるのかと思ったが、ここに来るまで一切その話はなかった。ただまぁ、食事に誘われるということは印象は悪くないのだろうし、何なら会食中に色々と話をするつもりなのかもしれない。
しかし、まだ時刻としては少し早いのではないか。エレベーターから降りた先にある時計を見ても、まだ午後が始まったばかりである。動き回ったので空腹ではあるが、会食といえば夜のイメージはある。
「気持ちはありがたいが、ちょっと時間が早くないか?」
「もちろん、一度解散してからね。その格好のままお店に入るつもり?」
「それもそうだな……」
「貴方、好物とかあるの?」
「別に、食えればなんでも食うが信条だからな……強いていえば、肉が好きだ」
「男ってそんなものよね……でも、良いわ。予約しておく」
「……ご主人様!」
ここ最近で聞き馴染んだ声が聞こえたので、そちらの方へ視線を向ける。外でその呼び方は止めてほしいのだが――ともかく、駅の外の人ごみの中に、二人の姿があった。
「アザレア、フィオナ、どうしたんだ?」
二人のそばに近寄ると、アザレアは「はわはわ」とか言いながらこちらをじっと見ている。もしかしたら、汚れて帰ってきた自分を心配しているのかもしれない。
確かに思ったよりも手こずってしまったし、そういう意味では不要な心配をかけてしまっているともいえる。だが、状況はきちんとシュライクを通じて伝わっているはずだし、そこまで心配することでもないと思う。
実際に、フィオナの方は「やれやれ」といった様子で、自分とアザレアを交互に見て、どこかシニカルな表情で口を開く。
「あのね、アザレアがいてもたってもいられなくて、迎えに行こうって」
「ふ、フィオちゃん!?」
「私は、ハルトなんか放っておけば良いっていったんだけど……でも、ボロボロ。お疲れ様。早く帰って、ハルトもゆっくり休むべき。
お疲れだろうから、今日はアザレアがハンバーグ作ってくれるって」
「それは、フィオちゃんが食べたいって……でも、おばあちゃん頑張って作ってみるわね!」
心配で迎えに来られた立場のはずなのに、何故だか自分が置いてけぼりで二人で盛り上がっている。これで一人だけ会食に行ってくる、などと言ったらフィオナには文句を言われ、アザレアをがっかりさせかねない。
まぁ、二人も会食に連れて行くという手段もあるのだろうが、なんだか気が抜けてそんな気分でなくなってしまった。振り返り見ると、パントエールとセギュールもそんな様子だ。
「悪いが、会食はパスさせてくれ。思い返せば、アンタたちが行くような品の良いお店に着て行ける服がなかった」
「そう……それなら仕方ないわね。こちらも知りたいことはかなり知れたしね。また明日、こちらから声をかけるから。今日はゆっくり休んで頂戴」
気持ちを乗せておくから、フォーマルな服も買っておきなさい。そう言い残して二人は先に駅の方へと去って行った。二人の背を見送ると、「あの……」とアザレアの方から小さく声が上がる。
「すいません、出過ぎた真似を……もしかしたら、お二人とお食事に行かれたかったのではありませんか?」
「いや、気にしないでくれ。今日は疲れているし、休みたかったのも確かだ」
「そう、ですか……あの、腕によりをかけて、美味しいご飯を作りますね!」
「料理の腕自体は疑ってないが、調味料は間違えないでくれよ?」
「あ、あはは……気を付けます……」
苦笑いを浮かべるアザレアの横で、フィオナがその袖を引っ張る。
「アザレア、言うことがあるでしょ?」
「あ、そうだったわね、フィオちゃん」
そこで二人はこちらへ向き直り、各々の笑顔をこちらへ向けてくる。
「ご主人様、おかえりなさいませ!」
「ハルト、おかえり」
突然のおかえりに、なんて答えれば良いか分からなくなってしまう。自分の人生でその言葉を言われたことが何度あっただろうか――何なら挨拶の言葉として知っているだけで、自分に対しては使われたことがなかった言葉かもしれない。
だから、すぐには反応できなかったし、「ただいま」というのはなんだか気恥ずかしくて、それを言葉にすることはできなかった。
「はぁ……おかえりってのは、家に帰ったときに言う言葉なんじゃないのか?」
「あ、ハルト照れてる。やったねアザレア、作戦は成功。ぶい」
「照れてない。さっさと帰ろう」
「それはダメ、材料がないから」
「あー……そうか、それなら買って帰るか」
「うん。本当はお土産に予定していたお菓子もよろしく」
「……金に余裕があったらな」
自分とフィオナのやり取りを、アザレアはニコニコしながら眺めている。それがまた恥ずかしく、ついぶっきらぼうな態度を取りながら――ついでに懐が温まることを期待して――商店で買い物をしてから、間借りしている住居へと帰ったのだった。




