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神の怒りを買った国〜マイルズ視点〜

 こんなはずではなかった。



「魔物、だと?馬鹿な事を言うな」



 クオレティーナとの婚約破棄が成り立ち、俺は意気揚々と聖女と婚約を果たした。いつもは慎重に事を進める父上が、今回はあっさりと俺たちの仲を認め、全国に知らしめたのだ。教会が猛烈に反抗してきたが、すでに同衾も済ませた事を知って司教が泡を吹いた。


『この国はもう終わりだ!神の怒りを買ったのだ!』


 そう言って、呪いを吐いていたが、馬鹿馬鹿しい。


 レイアはイセカイという所から現れたらしい。国からも家族からも引き離され、与えられたのが聖女という名の強制労働。確かに神聖力というものは、天から与えられた聖なる力なのだろうが、神の怒りを買うのだとしたら、それは教会の方だろう。神の愛し子に労働を強いていたのだからな。


 そう伝えたら、司教は半狂乱になって出ていき、高位神官どもは青ざめていた。ザマアミロだ。これまでの所業を振り返って恐れをなすがいい。


 その後、父上が言った。


「マイルズには、スタンスヴァルト公爵領の領主を任命する。領地の名前を考えておくが良い。代官にはレッドウッド辺境伯の第三子、ロイド・レッドウッドを任命した。領地運営は奴に任せておけば良い。お前は一刻も早く領地に向かい場を整えるが良い。早急にミスリルを確保し、こちらに送れ。それから、葉巻とワインも頼んだ」


「は。ありがたく拝命いたします」


 議員たちも盛大な拍手で迎えてくれた。レイアも横で嬉しそうだった。


 当然の成り行きだ。既に婚姻を済ませて聖女を妻とし、あの公爵領を治める。まさに俺に与えられた栄誉だと思った。俺の天下は近い。


 ――その後の一言を聞くまでは。


「そして、第二王子ルーカスを王太子に任命する。叙任式は半年後だ」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。


「ち、父上。王太子というのは、次期王の名称ではありませんでしたか」


「よく知っているな。その通りだ」


「それは俺の役目では」


「お前の役目は公爵領の領主だと先に述べただろう」


「なっ……!ば、ばかな!次の王は俺が……!」


「お前は今、国王に向かって馬鹿と言ったのか?」


 ぎろりと父上に睨まれて、俺は狼狽えた。


「そ、そういう訳では!い、今のはこ、言葉の、アヤです!とにかく、次期王は、俺の」


「お前は任を受けただろう。このことはすでに決定された。すぐにも公爵領へ向かうが良い」


 公爵領は、俺への慰謝料だ。7年間も俺の時間を無駄にした、クオレティーナからの迷惑料。父上のものではない。だから受け取った、それだけ。


 次期王の座は、長男として生まれた俺が受け取る、当然の権利のはずだろう。なのに、なぜ出来の悪い弟のものになどと言う話になるのだ!しかも、ルーカスはまだ十歳にも満たないではないか!


「ルーカス!お前には無理だ。辞退しろ」


「散々虐げられては来ましたが、私も王族です、兄上。これまでもこれからも勉学に励んで、立派に国を治めてみせます。あなたは聖女を得て、王位継承権を捨てた。署名もここにあります」


「そんなサインはしていない!無効だ!」


 冷めた目で見下してくるルーカスにティーカップを投げつけるが、さっと避けられてしまった。


 どこまでも、腹立たしい!


 そんなルーカスが見せつけてきた書類は、聖女との婚姻誓約書だった。その中に、聖女を妻として認めると同時に、王位継承権を放棄することを条件に、旧スタンスヴァルト公爵領を統治する旨が書かれていた。


 こんな、騙すように条件を刷り込むなんて!


「どんなものでも、契約書は隅から隅までしっかり読み、理解してからサインをする。これは常識ですよ、兄上」


 鼻で笑うルーカスに殴りかかろうとしたが、護衛に止められ俺は城を追い出された。


 ――クソが!こんな国、俺の方から捨ててやる。


「ふん……。幸い公爵領は俺のものだ。見ていろよ、ルーカス。お前には何一つ公爵領のものはやらん。勝手に困ればいい」


 公爵領さえ手に入れば、ミスリル鉱山も肥沃な大地から取れる作物も、父上の大好きなワインも、葉巻一本すら、全て俺が管理をして王都には何一つ渡さない。向こうからすみませんでした、と頭を下げてくるまではな!


「レイア、お前も来い」


「え?いいの?アタシ、結界とか、聖女のオシゴトしなくても、いいの?」


「お前は俺の妻だ。王都の仕事などほっておけ。あいつらは勝手にやる。だからお前は俺のそばにいて、微笑んでいればそれでいい」


「やった。マイルズ様、大好きぃ!」



 そうやって代官のロイド・レッドウッドを引き連れて、公爵領に入ったまではよかった。


「マイルズ様ぁ……なんかここぉ、ちょっと怖くないですかぁ?」


 隣に座っていたレイアが袖を掴む。その声に、わずかな苛立ちが混じる。


「何を言っている。ここはこれから俺たちの国だ。怖いことなどあるもんか」


 そうだ。


 ここは、俺のものだ。


 クランスヴァルト公爵領――ここを俺の、俺だけの国にしてやろう。ミスリルが欲しければ、頭を下げて来ればいい。帝国と交渉をするのも俺。名声を得るのも俺。ルーカスも父上も、俺にはもう必要ない。


「ロイドは宰相にしてやろう!そしてレイア。お前は王妃だ!」


「えっ、アタシが王妃様?え、どういうこと?」


 こいつは馬鹿だが、問題ない。結界を俺の国にだけ張らせよう。ここから、俺の統治が始まるのだ!


 しかし――。


 あまりにも静かだ。人の気配が全くない。こんなはずではなかった。


「まさか、住民が誰もいないのか?」


 馬車の窓から外を見ながら、呟く。葡萄畑も果樹園もそのまま残っている。作物も、荒れてはいない様に見える。


 だが――人の気配が、完全に消えていた。


「領民は、全員移動したと報告を受けております。しかし、ここまで徹底しているとは……」


 外を見ていたロイド・レッドウッドが視線を外さず、淡々と答える。


「鉱夫、農民、使用人――領民五百人余り、すべてです」


「……すべて?」


 思わず聞き返した。婚約破棄からまだほんの半月ほどしか経っていないのに?


「父上は全員国外に逃げたと言ってはいたが、まさか本当に全員?」


 これだけの土地だ。人がいなければ成り立たない。それを、家も何もかも捨てて、全員が捨てて出て行った?そんな判断を、あの公爵が?そもそもそんな人数をどこへ?まさか、連れて行ったのか?家畜も何もかも連れて?


「鉱山夫と農民は新たに手配しております。館の維持には問題ありません。領民も募集をかけましたので、そのうちやって来るでしょう」


「……そうか」


 まあ、今はそれでいい。人など、後からいくらでも補充できる。重要なのは――土地と鉱山だ。遠くに見える鉱山は、思っていたよりも高い。


「……なんだ?」


 ただの山だ。ただの採掘場。これからマイルズの未来を象徴すべき美しいミスリル鉱山。麓を飾るのは長閑な田園風景で、全ては一枚の絵画の様に整っていた。


 それなのに、それはどこか、寒々しさが漂っていた。


「マイルズ様ぁ……レイア怖いですぅ……」


 またレイアが弱々しく愚痴を言い、それが癇に障った。最近結界が張れないとか言っていたが、甘やかしすぎたか。


「……長旅で、疲れただけだ。さっさと館で休もう」


 何かに見られているような感覚が背中から追いかけてくる。一層陰が濃くなった気がして、ブルリと背筋が冷えた。



 館に到着すると、使用人たちが、慌ただしく走り回っていた。全く統率が取れていない。


「ロイド!一体どうなっている。お前は使用人を平民から選んだのか」


 苛立ちを隠さず言う。これだから、辺境の三男なんかに任せたくなかったのだ。四角四面で執務に真面目でも、環境も満足に整えられないのであれば、片手落ちではないか。


「申し訳ございません。確認して参ります」


 ロイドが馬車を降りて確認に向かった。


 だが――


 戻ってきた彼の顔は、明らかに青ざめていた。


「……どうした」


「……ご報告申し上げます」


 一拍、間があった。


 そのわずかな間に、嫌な予感が膨らむ。


「鉱山より、魔物が発生しております」


「魔物……?」


「……確認されたのは、小型個体。数は……不明です」


「はっ。魔物、だと?馬鹿な事を言うな。ここには聖女が……」


 言いかけて止まる。


 結界が張れない、とレイアが言っていた。


 ――まさか、結界は本当に存在していたのか?


 聖女が処女(おとめ)でなくなったことで、結界が張れなくなった……?


「……ロイド。お前は辺境の出身だな」


「はい」


「その……辺境に、魔物はいたのか?」


「ええ。数はそれほど居ませんでしたが、以前から報告をあげていました」


 魔物が、実在した。


「ここ数日で増えたとも聞いています」


 そのことに、マイルズは少なからずショックを受けた。見たことがないから、いないと思っていたのだ。それが、実際にいた。


 周囲に目を向ける。


 王都とは違う。街並みが王都のように揃っていない。道も、王都のように整っていない。時計塔もなければ、王城のような建物もなく。あるのは、畑と、森と、聳え立つ鉱山だけ。


 見たことのなかった風景は、確かにそこに存在した。


「……被害は」


 自分でも驚くほど、声が震えた。じわり、と汗が滲む。


「騎士等十数名が負傷。うち一名が重症、三名は行方不明です」


「……は?」


 理解が、追いつかない。騎士が負傷するような事態が発生しているだと?


「現場の報告では、その――」


 ロイドが言葉を選ぶ。この男にしては珍しく、口ごもった。


「"人の形をしているが、人ではないもの"が確認されています」


 ――人でないもの。異形の、なにか。


「……ふざけるな」


 低く、吐き捨てる。


「そんなものが、この国にいるはずがないだろう!」


「……辺境には、いました。ゴブリンと呼ばれる緑色の小人のような邪鬼が」


「っ、そんなもの、辺境だからだ!ここは公爵領だぞ!賊か、野犬か、見間違いに決まっている!!」


「……そうであれば、よいのですが。騎士を何名か走らせました」


 それを聞いて、俺は馬車の座席に深く沈み込んだ。


「マ、マイルズ様……」


 レイアが震えた声を絞り出した。見るからに顔色が悪い。震えは俺にも伝わってきた。


「後にしろ。今はそれどころじゃ……」


「なんか……い、嫌な感じが、する……」


「嫌な感じ?」


 レイアは、自分の胸元を押さえていた。


「……神聖力が、全然。つ、使えないの……」


「何?」


「いつもみたいに……湧き出てくるものが、全然ないの……」


 ぞくり、とした。ふと、司教の言葉が蘇る。




『この国は終わりだ!神の怒りを買ったのだ!』




 まさか、本当に、そんなことが……。


「……レイアは疲れているだけだ」


 いや、あり得ない。


「お前は聖女だろう」


「でも……に、逃げよう?マイルズ様。王都に、帰ろう?」


「無理いうな。たった今着いたばかりだ。休めば、大丈夫に決まっている」


 強く言い切る。そうだ。問題など、あるはずがない。この地は俺のものだ。聖女もいる。ミスリル鉱山もある。全ては俺のためにここにあるのだ。


 魔物など、討伐すればいい。どうせ、犬やトカゲの化け物だろう。



『人の形をした、人でない者』



 そんなもの。見間違いだ。盗賊か、山賊に決まってる。何も、問題はない。







 ――この時、無理にでも引き返していればよかったのだ。








 その夜――。


 鉱山の奥で、明らかに異変が起こっていた。


「ギャ、ギャ……」


 何かが、湧き出すように増えていた。人の背の半分ほどの大きさ。異様に手と足が長く、細い。腹が膨れ、だが(あばら)は透けて見える。目はなく、口は耳まで裂け、鋭い歯が並んでいた。地面から這い出すように、壁からも。天井からも。その数はどんどん増えていく。百か、千か、それ以上か。


 坑道が波を打ち、新たな穴がもう一つ。


 暗闇がポッカリと口を開けた。その道は、深く、奥へと続いていった。


読んでいただきありがとうございます。感想・ブクマもお待ちしています。

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