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聖女はお疲れなの

「――だるいし。つらいし。やりたくなーい」


 それが、レイアの正直な感想だった。


 ふかふかの長椅子に体を沈めながら、彼女はぼんやりと窓の外を見つめていた。


 王城の一室。聖女専用として用意された部屋は、教会のそれよりもずっと豪奢で、ずっと居心地がいい。


 正直、もう教会には戻りたくない。


 先日、マイルズと結婚した。でもなんていうか、全然結婚した気がしない。ウエディングドレスも着てないし、お式だってちゃんとあげなかった。クオレティーナちゃんと婚約破棄して、すぐ次の日に。「教会が聖女を取り戻しに来る前に」って言われたから。


 だけど、それからアタシの生活は、居住地が変わっただけで何も変わっていない。確かにブクブク茶釜の司教様の顔は見なくて済んでるけど。カッコいい貴族子息にチヤホヤされるわけでも、凛々しい騎士様が守ってくれるわけでもなく。王城に軟禁っていうのかな、これ。全然、お外に行けない。


 文句言ったら教会に帰ってもらうって、それ脅しじゃないの?お城の方がマシとか思ってたら、全然そうでもなかった。


 ってかさぁ、もう教会じゃなくて、おうちに帰してほしい。司教様は召喚されたわけじゃないから、帰せないって言ってたけど、絶対嘘だよね。ママの作ったカレーが食べたい。コンビニの唐揚げも。


「……はぁ」


 小さく息を吐く。


 今日はいつも通り、朝からお祈り、昼に浄化、夕方に結界の補強のおシゴトがある。


「アタシ本当なら、まだ学生なんですけどー。労働基準法に引っかかってるよねー」


 レイアは一年くらい前に異世界から来た聖女だ。有栖川 麗愛(れいあ)。16歳だった。部活帰りに友人とコンビニに行く途中で、気がついたらここにいた。聖女様だなんだってもてはやされて、その気になったけど。


「やってることは強制労働」


 朝から晩まで、毎日、毎日。みんなが助かるっていうからやってたけど。


「最近なんか、うまくいかないんだよねー」


 ぽつりと呟く。神聖力の流れが妙に鈍い。祈れば自然と満ちてくるはずの感覚が、最近はどこかもどかしい。手を伸ばしても、うまく掴めないような、引っ張るのにいつもの倍以上の力がいるような。


『聖女は処女(おとめ)でなければなれない』という司教様の声が聞こえた気がした。


「そんなの誰がわかるんだって話」


 だって、マイルズと関係持ったのなんて、もう随分前の話だし。それでもこれまでは大丈夫だったから、やっぱりハッタリだって思ってた。


「……まぁ、いっか。どーせお給料ももらえないしさぁ。こんなの」


 純粋な祈りに純粋な器。それが無いと神聖力は通らない、と言われた。器はアタシのことらしい。


「でも神官のおじさん達だって、治癒使えてるじゃん。何、純粋なおじさんって。笑える」


 レイアだって学んだのだ。子供をいいように使おうとしているモラハラ司教様のことも知ってる。レイアを使って王子を骨抜きにさせようとしたことも。セックストラフィックをさせる大人が司教なんてやってるんじゃねーよって言いたい。


「あーもうヤダ。逃げ出したい~」


 だって自分は、毎日ちゃんとやってるのに、誰も褒めてくれない。もっと真面目にやれって怒られるし。アタシ真面目にやってるし。むしろ、やりすぎてるくらいなのに。


「今頃みんな何してるのかなー。会いたいなぁ……」






「レイア、今からシよう」


 扉も叩かずに入ってきたのは、マイルズ。レイアも初めてだったけど、マイルズは王子様だし、優しいし、レイアの唯一の救いで理解者。教会から逃げ出すためには、この人と一緒にいるのが一番だって気がついた。だから一生懸命誘って、王子様のモノになった。でも最近はそればっか。王子様の慰め役。


 ――だったらもう、働かなくても良くない?アタシ。


 レイアは体を起こすこともなく、視線だけを向ける。


 マイルズは盛りのついた猿みたい。どこでもいつでもやろうとする。ちょっとウザい。


「えー……アタシ、まだおシゴトあるんですけどぉ」


「教会からまた書状が来ている。結界がどうのこうのと、うるさいんだ」


「……またぁ?」


 さっさとズボンを下ろすマイルズに、顔をしかめる。


「昨日も言われたしぃ」


「行かなくてもいいぞ」


「え?なんで?」


「国は防衛維持費を払っている。レイアは結界の補助を毎日してる。それでちゃんとできないなら、そこからは教会の責任だ」


「でも……アタシ一応聖女だしぃ……」


 レイアだって正直、そう思う。お給料もらってないのに、アタシばっかりおシゴトしてる、と。だって、自分は言われた通りにやっているのだ。祈って、聖力流して、結界を張っている。それで足りないと言われても知らないし。アタシが来る前は誰がしてたのって話だし。


「アタシ、ちゃんとやってるんだけどなぁ」


「ああ、俺は勿論わかっている」


 甘えた声を出せば、マイルズは頷いてくれる。けれど、そんなことと性欲は別物みたいで、レイアの体を机にうつ伏せにして、ドレスをたくしあげる。そのまま腰を擦り寄せてくる様に、レイアはこっそりため息をついた。


 ――そっちがヤりたいだけで、こっちはちっとも気持ち良くない。ダメダメな彼氏の代表みたい。これが噂のセフレってやつ?でも一応アタシ、王子妃だよね?


「お前はよくやっている。問題は周りだ」


「そう思う……?」


「だいたい、一人の少女によってたかって働けだなんて、酷い奴らだろう」


 ホントそれ。


 ウチでは勉強しろって言われて、コッチでは働けって言われる。どっちもウザい。教会では、どれだけやっても足りないと言われ続けた。もっと祈れ、もっと捧げろ、もっと尽くせ、もっと、もっと――。


 ――ああ、めんどくさい。


 あんた達がやればいいじゃない。


「そうだよねぇ……!」


「ああ。少しは聖女を頼らず、自分達で動けと言っておこう。でなければ、維持費は払わんとな」


 レイアは可憐な微笑みを見せた。嬉しい。わかってくれる人がいる。


「ねぇ、マイルズ様ぁ」


 レイアは体を起こし、体位を変える。


「レイア、今日はちょっと疲れちゃっててぇ……マイルズ様のせいですよぉ」


「ふっ。そうか、昨夜は激しすぎたかな。まあ、今日は無理する必要はない」


 でも振ってる腰は離さない。今も無理してるんですけどー。早く終わんないかなー。でもまあ、お祈りこれで休めるなら、いっか。


「今後は聖女は王家が管理する。お前は象徴としているだけでいい」


「ほんと?」


「ああ」


「仕事しなくてもいい?」


「ああ」


 その言葉に、レイアの表情がぱっと明るくなる。


(やった)


 正直、それでいい。もう頑張りたくない。頑張っても、誰も優しくしてくれないもん。


「んーでも。今日はじゃあ、マイルズ様のために、ちょっとだけ結界補強するね」


「そうか。レイアは働き者だな。でも無理はするなよ」


「うん、えへへ。ちょっとだけ頑張る~」


 レイアは笑った。働き者って褒められた。嬉しい。



 その日の午後。


 王宮の地下にある結界石とレイアは向き合っていた。


 ひたりと泉に足を入れる。いつもは氷のように冷たく感じる水が、心なしか緩い気がした。生ぬるい風がどこからか吹いてくる。ちょっと薄気味悪い。松明からは動物の脂の匂いがするし、水は澱んで古い匂いがする。


「ここって全然聖域って感じじゃないよねー。なんで地下なのかなー」


 形式だけは、きちんと整える。死ぬほどしごかれて覚えた儀式。祈りの言葉も、手順も、完璧に。


 ただ――


「……あーもー。飽きちゃったなー」


 ぽつりと本音が漏れる。集中力は全くない。


 本来なら、もっと深く意識を沈めるべきだ。神聖力の流れを感じ取り、丁寧に編み上げる必要がある。10分やそこらで通るものではないのだけれど。


「今日は、やっぱテキトーにしとこ」


 誰も見てないし。


 軽く手を振る。両の手から力がゴッソリと抜ける感じがして、結界石に吸い込まれる。石がわずかに光り、静けさが戻った。



「……あれぇ?」


 送った神聖力に比べて、結界石の光が鈍い気がする。


「やっぱ、足りなかったのかな」


 ちょっと手抜きをした罪悪感を感じて、もう一度、軽く力を流す。


「はいはい、神様。どうぞー」


 また吸い込まれて、ほんの少し光が戻った。


「……これで大丈夫、よね」


 レイアは肩の力を抜く。少し不安は残るけど、今日はもう本当にやる気がしない。


「やっぱり、疲れてるんだよ。アタシ働きすぎー」


 そう結論づけて、踵を返す。それ以上、結界について考えることはしなかった。









 レイアがいなくなった地下の泉の底の方から、何かが静かに迫り上がって来た。


 ――ズ、と。


 地下の天井に届くほど泉の水が高く盛り上がり。


 突然、重力の負荷がかかったかのように水が力を失い、台座に備えられた結界石に覆いかぶさった。その勢いで、結界石はあっという間に泉に呑まれ、そのまま沈んでいった。



 そして、泉は光を失った。





 じわりと確実に、闇が深くなる。


 すでに階段を登り始めたレイアは気づかない。


「そうだ。戻ったら、マイルズ様とお茶会をしよう」





 その夜。


 教会の祈祷室で、絶えたことのない聖火が一つ、静かに消えた。


読んでいただきありがとうございます。感想・ブクマもお待ちしています。

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