聖女の帰還
プリンセス・レイアの回。
ちょっとグロいです。食事中に読まないでください。
レイアは泣きながら歩いていた。
「私が悪いんじゃないのに、マイルズのバァーカ。魔物に食べられちゃえばいいんだ」
どこに向かっているのかなんて、わからない。馬車でここまで来て、その後は屋敷に篭りっぱなしだったのだから当然だ。魔物がうろうろしているところで外に出るなんて、自殺沙汰だ。だけど、今のレイアにとっては、マイルズの方がよっぽど化け物に思えた。つい昨日までの甘やかしてくれたマイルズとは、180度反転してしまった。
「もしかして、もうすでに魔物に乗っ取られてるんじゃないの、あいつ」
知らずと放っている言葉が、現実に起こっているとはこれっぽっちも思ってもいないが、そうであっても今のレイアは同情もしないだろう。それほどまでにショックを受けて、傷つけられたのだと思っている。
「だいたい、アタシ一度も自分で聖女でぇすなんて言ってないもん。全部あのブクブク茶釜司祭が言ってただけだし。みんなして、勝手に聖女って言ってきて、神聖力が使えないからポイ。異世界ってほんと酷い。どこに訴えたらいいのって感じ」
そもそも人攫いと一緒だよね、とレイアは愚痴る。
「マイルズなんて大嫌い。こんなことなら王都に残っていればよかった。婚約者の座なんてそのままクオレティーナちゃんにしとけば良かったのにさ。そうしたらこんな目にも遭わなかった」
そうだ。全部おかしくなったのは、あの婚約破棄からだ。あれからあっという間におかしなことになったんだ。こっちに来てからの一年間は何の問題もなかった。普通に聖女の仕事して、神聖力だって問題なく使えてたもん。
「あーあ。ほんと、もうおうち帰りたい……。もう勉強めんどーとか言わないし、お母さんのオムライスが食べたくなってきた。スマホも漫画も恋しいし。神様ぁ、そろそろおうちに帰してよぉ。アタシ聖女なんでしょ?だったらレイアのいうこと聞いてよ!」
でもやっぱり勉強は面倒くさい。聖女の仕事も面倒臭い。ずっと、お家で暮らして、友達と遊んでいたい。かっこよくてお金持ちの人と結婚してずっと養ってもらいたい。異世界来て、何のお話の世界かなとかワクワクしたけど、こんなの全然違う。乙女ゲームみたいにかっこいい貴族の男の人も出てこなかったし、学園にも通ってない。クオレティーナちゃんが、もしかして悪役令嬢かなっとか思ったけど、まだ14歳の不治の病抱えた子なんてイジメらんない。こっちが悪役令嬢みたいじゃん。
「そもそもいじめられるどころか、全然接点もなかったし。あの時のマイルズの方がなんか馬鹿な発言してたよね。アッタマわるー」
それにしても。
「こうして道を歩いてるけど、全然長閑なんですけど」
魔物が出たって言ってたの、ほんとかな。
麦畑が荒らされたとか青い顔してたけど、アレだってどこが?って感じ。
「ミステリーサークルとか?あ、もしかしてエイリアンなんじゃない?」
エイリアンだって魔物の一種だよね?
「あ、それとも。アタシの結界、実は働いてるとか?だからモンスター遭遇もない?」
何となく、そんな気がしてきた。だってアタシやっぱり聖女だし。こう、自動的にそういうのって起動してるのかもしれない。アタシだけ完璧防御。
そんなふうに考えると、レイアの肩からちょっと気が抜けた。
長閑な田舎道を歩いて行くと、確かに麦畑らしき場所は、嵐の後のようになっていた。バッタはもういない。畑の真ん中にっポツポツと人らしき姿も見える。なんか、漫画でよく見る石で出来たモンスターみたい。畑のお仕事ロボットかな。手を振ってみたけど、無視されたから歩き続けた。
途中果樹園があって、リンゴのような果実が落ちていたから拾って食べてみた。
「あまーい」
木のバケツがそこら中に転がっていたから、それを拾って幾つかの林檎もどきを入れた。葡萄もまだ実ってるみたいで、それもバケツに入れた。新鮮な果物を食べたのはいつぶりだろうか。最近はドライフルーツをたまに食べるだけで、そういえば、新鮮な野菜も食べていない気がする。
それが、公爵家が去った弊害だとはレイアが気づくこともない。
しばらく歩くと、鉱山の麓に来ていたようで、小柄な人たちが列を成して鉱山に登って行くのが見えた。
よく見ると服は着ておらず、腰巻だけの格好だ。
「ここまで田舎になるとまともに服も着ていないのかな?それとも貧乏な人たち?あ、そうか。公爵家がいなくなって残された人たち?奴隷とか、そういうのよく聞くよね。かわいそー。子供だから置いていかれちゃったのかな」
少し後ろからついていくと集団でしゃがみ込んでいるところを見かけた。何かを食べているようだ。よく見ると、そこに横たわっていたのは、人間。騎士だったはずの誰かが食べられていたのだ。ギョッとしてレイアはそっと後ずさった。
そこにいたのは奴隷の子供ではなく、鉱山から這い出てきたゴブリンだったのだ。一匹のゴブリンがライアに気がついた。
「ひっ……!」
レイアはぎくりと固まった。
だが、緑色の小人はレイアを見ても何もしない。しばらくじっと見つめたものの、そのまままた食事にありついた。
「……ゴ、ゴブリン、だよね……?」
「……ギ」
返事をしたわけではなかったが、声を発したレイアに何匹かのゴブリンが視線を寄越し、レイアの持っているバケツを凝視した。それを察したレイアは、ちょっとだけ考えてリンゴを一つ取り出した。
「あ、た、食べる?」
「ギ?ギギ……」
近くにいたゴブリンがそれを奪うようにして受け取り、ガツガツと食べ始めたのを見て、レイアは少しだけ微笑んだ。
「みんなも、食べる?まだあるよ?」
襲われる事もなく、おとなしくリンゴを受け取ったゴブリンを見て、レイアはゴブリンの隣にしゃがみ込んだ。彼らの食べているのが騎士だったとしても、肉として考えれば問題はない。自分達人間も肉は食べる。同種族の肉は食べないだけで。レイアだって、鶏肉も牛肉も食べるし、美味しく調理されたらきっとカンガルーとか蛇とかも食べれると思う。豚肉は、人間の肉と組織が似てるとか聞いたことがあるから、ひょっとしたら人間の肉って豚肉みたいな味がするのかも。
ゴブリンにとってはきっと似たようなもの。
「美味しい?」
ゴブリン達は返事をしない。とにかく食べられるだけ食べようという気合が見える。
でも大丈夫。
アタシは食べられないから。
自分は許された人間なのだと思った。「神に愛された人間だから」魔物も寄ってこないのだと。
あは、と笑った。
自分を蔑ろにして、あれしろこれしろとうるさい人間は、みんなレイアの敵なのだ。魔物は、そんな人間を殺してくれた。アタシのために排除してくれたんだ。
「なぁんだ」
――神様が寄越してくれたんだ、きっと。アタシを救うために。
――やっぱり、アタシがヒロインの世界だったんだ。
もう誰も、自分にうるさいことは言わない。レイアは魔物たちと一緒に鉱山に戻っていく。あそこに家がある。暖かくて、誰にも文句を言われない。
ポッカリと開けた鉱山の入り口に立つと、中から生暖かい空気がレイアを呼び寄せたように感じた。
「ここが、アタシのお家」
勧められるように、奥へと入って行くレイア。暗闇をモノともせず、奥へ奥へと向かう。
『オカエリ、レイア』
と言われた気がして、ほう、と息を吐く。
「ただいまぁ」
甘えた声が洞窟に響き、そして闇に沈んでいった。
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