表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

逃げ出したい王子

 王都を襲った魔物の群れは、あっという間に城下町を覆い尽くした。


 だが、その噂を旧スタンスヴァルト公爵領まで届けてくれる伝令はいない。そのため、マイルズはその夜は屋敷に閉じこもり戦々恐々と過ごしていた。三階の寝室を用意されたマイルズは、癇癪の任せるまま暴れまくっていた。


「ふざけるな!ふざけるな!何が魔物だ!」


 そんな物が、この俺様の前に現れていいなどと、誰が言った!


 王宮で生まれ育ったマイルズは、騎士が怪我をした場面に出会したことも無かった。腹を裂かれて血みどろになった人間や、手足をもぎ取られた姿など十八年生きてきた人生で見たことも無かったのだ。


 見たことのなかったものが、実在する。


 それがこれほど恐怖を呼ぶなど、どうして知れただろう。それはおそらく、王宮騎士だった男たちにも言えることだろう。騎士の仕事は、他国からの侵害や山賊、盗賊といった人相手だったのだ。自分の2倍もある人型の魔物など相手にしたことはないし、体は小さくとも鼠のようにすばしっこく、鋭い牙を持って襲いかかってくる緑色をした子供と敵対するなど、困惑が先に立ってしまった。


 未知のものに対する恐怖は、マイルズの脳髄にしっかりと刻み込まれた。


「ロイド!討伐はまだ出来ないのか!」


 ロイドは、辺境の出身である。辺境伯の第三子だ。魔物の討伐経験はある。十五で成人するまでは、魔物の脅威に晒され、命懸けで辺境領で戦う武力は持っているはずだった。とはいえ、当の本人は散々魔物と戦ってきて、嫌気がさして王都に逃げてきた口の男で、王都で帝国の男と出会い、間諜として雇われた。戦う必要はない。ただほんの少しこちらの情報を帝国に渡すだけだ。売国奴の意識はこれっぽっちも持っていなかった。


 王都の腑抜けた貴族たちを見て、辺境がどれほど苦境に追い込まれていても、自分達には関係ないと言う態度にほとほと嫌気が差していたから。命懸けで戦っている辺境の男は野蛮だと厭われ、公爵領から入って来るワインに舌鼓を打つ。そのくせ、公爵領の裕福さを妬み、ほんの子供の公爵令嬢を晒し者にした上で、婚約を破棄したバカ王子に拍手を浴びせた。公爵夫人の伝手で入って来る西国のシルクや、勾玉色の宝珠を貴ぶその口で、クオレティーナ嬢を貶めた。その平和を、その贅沢を、誰が維持しているのか考えもしない王都民。


 全てが嫌になった。帝国に差し出したところで、痛む胸も持っていない。


 諸外国では魔力なしも魔力持ちも、平等とは言えないが、実力やスキルを見て重宝される。ロイド自身も帝国にその頭脳を買われ、文官としても代官としても真面目で任せられると頭角を表し始めた。だからこそ、自分は使える側の人間なのだと自負していた。聖王国の間抜けな貴族とは違う。


 その上で、今回の公爵領の代官を任されたのは大きかった。早速、帝国の連絡役に公爵領が手に入ったと伝えた。帝国からは、農夫や鉱山夫を送ってもらい、全て手に入れるつもりだった。マイルズの阿呆は、厄介払いをされたことすら気づいていない。適当に扱って、そのうち病死することになっても、誰も悲しむことはないだろう。


 そう思ったのに。

 これは、一体なんだ。何でこんなことに。


 戦闘から遠のいて十年も経っているし、体を鍛えてはいても、実践となると話が違う。ゴブリンや小型の魔獣ならいざ知らず、オークや肉食バッタの集団などロイドにだって無理だ。


「何のために辺境を捨ててきたのかわからないじゃないか」


 マイルズに怒鳴られ、騎士を援護し、公爵領に到着してからというもの、奔走し続けて疲労が溜まっていた。公爵領の代官として、ようやく責任を任されるまでのし上がってきたと思ったら、第一王子と聖女の子守り付きと知らされて、貧乏クジを引いた気分だったのだ。そこへ来て、魔獣騒動である。


「全く俺は運が悪い」


 口調を崩し、マイルズの前に現れたものの、怯えて騒ぎ立てるだけの王子に盛大にため息をつきたくなった。王都に緊急の戦闘員の要請を出したものの返事はまだない。帝国からの使者もまだ来ない。


 王都で何が起こっているかなど、ロイドも想像もしていない。知っていれば、こちらの方がまだマシな状態で、実は幸運だったと分かっただろうが。


「殿下。人が足りないのです!王都へ緊急要請は出していますが、あちらに届くまで数日、すぐに応援をよこされたとしても最低四日。場合によっては一週間以上かかるかも知れません。それまで我々だけで対応せざるを得ないのです」


 苛立ちながら、ロイドがそう伝えるとマイルズは目に見えて絶望の色を顔に乗せた。


「ふ、ふざけるなよ、お前!俺様をこんなところに連れて来ておいて手が無いなどと!」


「殿下。私が連れて来たわけではありませんよ。あなたがついて来たんです」


「な、何だと!ロイド、貴様!俺様に楯突く気か!」


「楯突いたわけじゃありません。ですが今は、そんな問答をしている場合じゃ無いんです!あなたも剣くらい握ったことあるんでしょう!?オークとまでは言いませんが、ゴブリンの一体や二体、倒せないんですか!」


「な、な、貴様っ!王子である俺に向かって、なんて言い草だ!」


「立場だけでは生き残れないんです!動けないのでしたら、ここでおとなしく震えていてください。どうせ、どこにも行けないのだから!」


「ど、どういう意味だ、それはっ!?」


「馬もやられたんです。足がない。歩いて王都に帰るというのなら止めませんがね」


 苛立ちがマックスのロイドは、不敬だろうが王子に負けるほど弱くはないと分かっているため、ぶっきらぼうに言葉を返し、慇懃に礼をして部屋を出た。


 言葉を無くしたマイルズは、顔を真っ赤にして怒り心頭のまま、レイアの部屋へと向かった。長椅子の端で膝を抱えて震えているレイアににじり寄る。


「レイア!今すぐ結界を張れ!」


「マ、マイルズ様……っで、出来ないの!そういったでしょ!張れるものならもう張ってる!でも、出来ないの!神聖力が動いてくれないんだってば」


 涙声で訴えるレイアだったが、マイルズはそのレイアの頬を張り倒した。横に吹っ飛んだレイアは椅子と机をひっくり返しながら床に倒れ込んだ。


 いきなりの暴力に目を見開いたレイアは、殴られた頬に手を当てた。じん、と痛みが皮膚の上を走り、口の中に鉄の味が広がった。


「い、痛い……っひ、ヒドッ、酷い、マイルズさまっ、女の子に暴力振るうなんてっ」


「うるさい!うるさい、うるさい!お前は聖女だろう!俺を助けるために力を使えず、何が聖女だ!ただの娼婦にでもなったつもりか!レイア!仕事をしろ!」


 支離滅裂に怒鳴り散らすマイルズに、レイアは返す言葉もなく、ハクハクと口を開いて涙をこぼした。そんなレイアの腕を掴み、引きずるように階下に連れて行く。


「やっ!ま、マイルズ、様っ、や、やだっ!どこに行くの!アタシ、外は嫌っ!」


「うるさい!お前は結界を張れ!それがお前の仕事だ!それが出来ないなら、ここから出ていけ!役立たずめ!」


 嫌がるレイアを引き摺り、マイルズは門から彼女を蹴り出した。


 門の外に蹴り出されたレイアは、信じられないといった顔をマイルズに向け、声を張り上げた。


「アタシを守ってくれるっていったくせに!愛してるっていったくせに!何よ、アンタなんか!脳なしはアンタの方じゃないっ!アタシはずっと結界はったり、お祈りしてたもん!役立たずじゃなかったもん!アンタなんか、アンタなんか!王子様じゃなかったら、何にも出来ない猿頭のくせに!威張るだけの役立たずは、そっちじゃないの!」


「な、何だと!?貴様!それが俺様に対する態度か!今すぐ縛り首にしてやる!そこに直れ!!」


「直るわけないでしょ!ばーか、ばーか!どうせアンタなんて、怖くて外にも出れないくせに!臆病者!」


「き、貴様ァーーっ!」


 キレまくったレイアは、言いたいことだけ言ってさっさとその場から逃げ出した。魔物よりも、マイルズに対しての怒りの方が強かったのだ。まだ見たことのない魔物と、たった今鬼のような顔でレイアに暴力を振るったマイルズ。どちらが恐ろしいか考えるまでもなかった。


 後に残されたマイルズは、馬鹿にされたことで冷静さを失っていた。だが、それでもレイアを追いかけて行く勇気はなかった。


「あいつ!可愛がってやった恩も忘れて!許せん……っ許せんぞ!今度戻って来たら絶対殺してやる!縛首では生ぬるい!魔物の餌にでもしてやろうか、それとも……」


 その場で地団駄を踏んで、苛立ち紛れに生えていた大木の幹を蹴り付けたところで、上から降って来た何かに押しつぶされた。


「ぎゃあっ!?」


 すっ転んだマイルズだったが、背中に乗っていたのは、見た目はヤドリギのように見えた。だが、やけに重い。


「な、なんだこれ……?」


 起きあがろうとしたところで、背中にちくっと痛みが走った。


「ぎゃっ!?いたっ!な、何だ?トゲでもあるのか!?」



 ガバッと起き上がり、背中に手を回し引き剥がそうとしたが糊でくっついたかのように離れない。それどころか、回した手にも棘のようなものが刺さるばかりで、マイルズは悲鳴を上げた。


「誰か!誰か来てくれ!ロイド!」


 

 

 ロイドはマイルズの声を聞いた。だが、忙しいというのにまたしても癇癪を起こしているのかと思い、その声を無視した。


「放っておけ。後でご機嫌伺いに行くさ。それより、今はこちらの防御策について……」


 騎士も使用人もそれどころではないのだ。植物系の魔物が現れ、麦畑までもが踏み荒らされ食糧事情にも問題があがっていたせいだ。手に入るのはまだ無事な畑の作物と葡萄畑だが、それも時間の問題だ。無人の家々には食糧が何も残されておらず、葡萄酒すらない。井戸水は今のところ無事だが、こちらも確保しなければいつ瘴気に侵されるか分かったものではない。



 まさか館の裏門でグラフトソーンと呼ばれる魔植物がマイルズに寄生したなど、思いもしなかったのだ。宿り主から養分を吸い取り自分の養分にするグラフトソーンは、寄生主に種を植え付ける。そしてゆっくりと種が芽吹き、身体の中からグラフトソーンへと成長する。


「あ、ああ……痛い。イタ、イ。ハラ、が、減っタ……」


 それまでは、宿主を殺すことはない。他の魔物からも守り、十分な栄養を取らせようと行動をする。マイルズが必要とする養分は、血肉。マイルズの瞳が飢餓に揺れた。そこに本人の意思はない。




それが、マイルズとロイドに残された運命だった。


読んでいただきありがとうございます。感想・ブクマもお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ