王宮の崩壊
ちょっとゲテモノ勢揃い。苦手な方はご注意を。
王宮の地下水路から発生した瘴気は初め、誰にも気が付かれなかった。
ちょっと空気が悪い、湿った空気がどこからか入り込んでくる、異臭がする。そんな小さな不満から始まっていた。
だが、今朝になって明らかな異変が、まずは貯蔵庫に訪れた。
「カエルがいるんです!貯蔵庫に、たくさん!」
貯蔵庫に朝食の食材を取りにいった下女が、慌てて厨房に走り込んできた。
「カエルだと?」
「そう!大きなのが、ソーセージを丸ごと口に入れてました!」
「カエルが?」
信じられない、といった様子で下ごしらえの調理見習いが再び尋ねた。
「そ、そのカエルちょっとおかしい大きさなの!人ぐらいのサイズでそれから卵がいっぱいあって……」
「卵?カエルが卵も食べてたのか?」
「ち、違うわ!カエルの卵よ!ものすごい量が壁から棚から、いっぱいあって……!」
気持ち悪い、気持ち悪い、とゴシゴシ肌を摩る下女に、要領をつかめず、訝しみながら見習いが貯蔵庫に続く階段を降りていく。
「うわぁーーーっ!!」
「きゃーーーっ!!」
その一瞬後、悲鳴が聞こえ、厨房が固まった。
「な、なんだ、あんな大声出して……」
「そんなに大きなカエルだったのか?」
気味の悪さに誰もが動けずにいると、ペタッペタッと粘着質な音が聞こえてきた。
「カエルの卵でも踏みつけて来たのかな?」
「カエルって陸地に卵なんて産みつけるのか?」
そんな冗談混じりな笑い声も、その足音の正体が現れると阿鼻叫喚の舞台へと変わった。
そこに現れたのは、人の大きさほどもある赤黒いツノの生えたカエルだったのだ。しかもそのカエルの口から先ほど階段を降りていった見習いの足がはみ出していたのである。もぎゅ、と腹が動き、はみ出していた足はつるりと口の中へと押し込まれた。
ゲコ、と一際大きく喉が膨らんだ。
パックリと開いた口から吐き出されたのは、瘴気。それに続いて長い舌が、鞭のように振り出される。一人の調理人の足を捉え、口の中へと引き摺り込まれた。
「ヒィっ!?助け……っ」
丸呑みされた人間が腹の中で暴れるのが見え、それは次第に静かになった。逃げ惑う人間を次々と飲み込んでいく巨大なカエル。厨房はさほど時間をおかず、誰もいなくなった。
ゲコ。
もう一度喉を鳴らすと、巨大なカエルは次の階段を目指して飛び跳ねた。
次に異変が起きたのは、回廊だった。巡回のため回廊を歩いていた二人の騎士が途中で消えた。交代を待っていた執務室の前にいた騎士たちが、いつまで経ってもやって来ない交代の騎士を訝しみ、様子を見にいくかどうするか、と話したところで、文官の一人が転がるように走ってきた。
「た、た、助けて……!」
何事かと構えると、文官を追いかけて来たのは蜘蛛。人間の頭ほどのサイズの蜘蛛だった。白い体に薄茶色の筋が入っており、赤い6つの目が騎士たちを捉え、スピードを上げた。
「う、うわ……っ、なんだ、あれは!?」
長い足を巧みに使い、口から粘液を吐き出すと、それは文官の足を捉えた。
「ぎゃああああぁぁっ!?」
吐き出された緑色の粘液は、酸のように足を溶かし始めた。足をやられて転がった文官だったが、騎士たちは一目散に逃げ出した。
「待って、まってくれっ!助け、」
グチュ。
何かが潰されるような音と共に、文官の声は聞こえなくなった。
「な、な、なんだあれ!?魔獣じゃないのか!?」
「蜘蛛だ!あんな大きなの、見たこともないぞ!どこから出て来たんだ!」
慌てて逃げ出した騎士たちだったが、角を曲がったところで宙吊りにされた他の騎士が目に入った。
「ヒィッ!?」
天井に、埋め尽くすほどの蜘蛛が張り付いていたのである。蜘蛛の糸が垂れ下がり、何人もの騎士や侍女が糸に巻かれたまま、逆様にぶら下がっていた。そしてそれを最後に、騎士たちの意識は刈り取られた。
突然湧き出したかのように見えた魔物は、地下から這い上がって来ていた。そしてその繁殖は、止まる事なく王宮を支配していく。階下の騒ぎに気がついた一人の大臣が声を上げた。
「魔物だ!魔物が王宮内に侵入している!騎士たちがやられた!地下水路から繁殖して来ているらしい!わしは逃げるぞ!ここにいては直に餌食になる!」
「に、逃げるって、どこへ!階下が襲われたんなら、どうやって逃げるんだ!」
慌てふためいた大臣たちは窓を開け、外へ飛び降りようとするものの、ここは3階。脂肪のついた体で飛び降りて無事でいられるかどうか。なのに、大臣たちは我先にと上へ向かっていく。塔の上に立て篭っても逃げ場はないというのに。
宰相と王は、大慌てで秘密の抜け道に向かっていた。国王の私室の暖炉の奥に隠し扉があり、それを使えば王城の外に出られるが、当然王族と側近にしか知らされていない。宰相が辺りを気にしながらも王を先導し、中に入った。幸い、王の私室まで魔物は来ていないようだ。
そっと隠し扉を閉めて、備え付けられていた松明に火を灯した。
「い、急ぎましょう!まずは城を逃げ出さねば!」
「い、一体何が起こったというのだ。魔物なんて、これまで一度だって王都には現れたことはなかった!」
「聖女の結界が解けたのではないでしょうか」
「ま、まさか。あれは教会の嘘だと」
「クランスヴァルト公爵がそう言ったのですよね」
「そうだ、文献も見せてもらった!」
「クランスヴァルトだけが、知っていたと?彼が嘘をついた可能性は?」
「そ、それは……!」
王は、素直にクランスヴァルトの言葉を信じた。なぜなら、彼はそれまで王家に忠実だったから。娘が婚約者だったから。だが、娘は婚約を破棄された。公爵の地位も返上した。領地も全て取り上げた。恨みを持っていてもおかしくはなかった。
「まさか……!」
だが、彼らは考えてもみなかった。
結界の外からではなく、内側から魔物が湧いて出たという事実を。
スタンスヴァルト公爵の話は真実で、聖女に結界を張る力などなかったということを。
全ては、龍脈の変動が起こした自然災害だということを。
――その災害を起こす発端になったのは、自分達だったということを。
足場の悪い道をヨタヨタと走る、メル=ヴォイスの王ジャイルズと、その側近でもある宰相の目の前で道が二つに分かれていた。
「王は右へ、私は左へ向かいます」
「な、な、何!?ワシに一人で走れと言うのか!?」
「この先、右の道は城下の一番橋の袂に出ます。左は離宮の庭へと続く。ここで陛下を一人にするのは心もとないが、私は騎士ではありません。そこからの道、馬も護衛も必要となる。その助けを呼んで来なければ、どちらにせよ遠くまでは逃げられないのです」
「で、で、では其方は助けを呼びに行ってくれるのか」
「はい。もし半日待っても私が戻ってこない場合、陛下はそのまま川沿いを行き、水引き小屋まで行ってください。そこには船渡しがいるはずですから、その者と共に逃げ延びるのです」
「しかし、それでは宰相、いやドイル、お前が」
「大丈夫。私も必ず戻りますゆえ。今は、御身を一番に」
「わ、わかった。では、後程落ち合おう」
「松明を持っていってください。そちらの方が足場が悪い」
「わかった」
王は宰相から渡された松明をしっかり手に持ち、右のトンネルを急ぎ始めた。松明の火が遠ざかるのを確認すると。宰相は左のトンネルへと手探りで歩いていった。
「……バカな王だ。避難路すらも覚えていなかったとはお笑いだな、ジャイルズ。本当の避難路はこちら側。右はそのまま地下水路へ向かい、柵に囲われて行き止まりだ。こんなところで共倒れになってたまるか。悪いが私は帝国へ亡命させてもらう」
くっと笑いを堪える宰相は、これまで国を収めようとがむしゃらに働いていた。
それをめちゃくちゃにしたのは現国王であり、これから国を継ぐはずの二人の王子だ。一人は浅慮で傲慢さが抜けないマイルズ。もう一人は、弟のルーカスで母親殺しのサイコパスだ。北の塔に幽閉していたものの、3歳と言う歳で母親を焼き殺した。側妃だった母親と同じで嗜虐癖があり、何人もの侍従や侍女を虐待し、殺してきた。それを隠し続けたのは、宰相だったのだ。
「どちらが王になっても、この国はもうおしまいだ」
今回のことがなかったとしても、おそらく国は狂っていったに違いない。国を繋ぎ止めていた公爵が、その裏で帝国を牽制し続けていた西の連合国出身の奥方のマリオン様が国を捨てたのだから。そのうち帝国も攻めてくる。
「私は生き残る。こんなところで死んでたまるか」
ズ、と地が寝返りを打ったかのように震え、風が駆け抜けた。その風を追うように、宰相は先を急いだ。
その頃、ジャイルズは不安を押し殺しながらも続くトンネルを足速に歩いていた。水の音がする。きっと宰相の言っていた川が近いのだ。
「やった……わしは生き延びた!魔物なんぞに喰われてたまるか。まだ、これからと言う時に!全ては教会のせいだ。地上に出たら、あの司教め。どうしてくれようか」
ボコリ、とジャイルズの足元に小さな穴が空いた。
「ん?なんだ……」
中から出て来たのは、黒蟻だった。ここは土を固めただけで造られたトンネルだ。小さな虫は仕方がない。ジャイルズは蟻を無視して踏みつけながら通り過ぎようとした。
そこで、足がくぼみに落ちてしまった。蟻の巣穴を踏み抜いたのだ。途端に現れた大量の赤蟻。黒蟻よりも小さな麦粒ほどの大きさだが、あっという間にジャイルズの足に群がり、這い上がってきた。
「ぎゃっ!?痛っ!?な、なんだこいつら、噛みついて来やがって」
強力な顎で噛みついた蟻はズボンに穴を開け、そこから素足に噛み付いていく。慌てたジャイルズは松明で燃やそうと火を翳すが、蟻は留まることを知らない。
あっと言う間に蟻の大群に襲われ、ジャイルズは転げ回った。
「痛い、痛い!や、やめろ!ワシは王だぞ!」
蟻は皮膚を噛み切り、肉を食い破り、体内にまで侵入していった。耳の穴からも、鼻からも、口の中へも蟻は侵入をやめない。悲痛な叫びを上げたジャイルズだったが数千、数万の蟻にたかられ、ずぶずぶと巣穴へと引き摺り込まれていく。
「ぎゃあ、や、やめ、いギィッ、………っっが、っあぁ……」
水の音を聞きながら、ジャイルズは生きたまま、脳髄まで蟻に喰われていったのである。
それが、メル=ヴォイス聖王国の最後の王、ジャイルズの最期だった。
昔なんかの映画で見た人食い蟻を思い出しました。小さい虫怖い。ゾクゾク。
誤字脱字報告、ありがとうございます。今回は大丈夫だと思ったのに…!おかしいな。




