冒険者の村タンタン
メル=ヴォイス聖王国を出てから、季節が少しずつ動いた。
爽やかな風に湿度が加わり、日差しが強くなってきた。夜の訪れが遅くなり、日がほんの少し長くなった頃。
「お父様。あそこに村があるわ」
馬の背に乗ったクオレは、遠くに見える煙突から伸びる煙を指差した。
「おお、ようやくか。あれは冒険者の村だよ、クオレ」
「冒険者の村!」
「ああ、あそこにはダンジョンが3つあると聞いた」
「ダンジョン!」
目をキラキラ興奮気味に輝かせたクオレに、ドルティエは苦笑を浮かべる。
クオレが訪れる最初の村は、冒険者が作った村だった。まだまだ小さい村ではあるが、無法地帯に造られた村なだけあって、荒くれものが多いらしい。しかし、この辺り一体の魔獣も狩るし、盗賊や山賊が減ったと旅人や商人に重宝されているという。
「じゃ、あそこで私冒険者になれる!?」
「そうだな。ギルドがあるから登録はできるだろう。しかしお前は駆け出し冒険者だ。最初の仕事は、おそらく採取やスライム程度の討伐だからな。文句は言うなよ?」
「言わない!やった!これで私も冒険者!」
早くいこう!と急かすクオレにドルティエもマリオンも、後ろからついてくる元領民たちも笑っている。
「お嬢、冒険者ってのは最初が肝心なんだ。ギルドは酒場と同じだからな、お嬢みたいな可愛い女の子が一人で入ったらあっという間に囲まれちまうぞ。だからギルドに行くときは俺たちと一緒だ」
「わかった!サムの顔見ればみんな逃げるしね!」
「そこまで怖くねぇ!」
「サムを見て恐れるのは、テカった頭の方だ!」
「なんだと、ブレイク!貴様の笑顔の方が恐ろしいだろ!」
お互い小突きあいながら、クオレたちは村へとやってきた。
仲間ではない、貴族でもない人間に出会うのは初めてのクオレである。
ちょっと緊張しつつ、ギルドのドアを押し開けたクオレの目の前に飛んできたのは、椅子だった。そしてすぐその後に吹っ飛んで行ったのは一人の男だ。
派手な音を立てて壁に激突した椅子は、その後を追って飛んでいった男によって砕け散った。
「舐めんじゃねぇぞ、年寄りがぁ!」
床に伸びてしまった男に投げかけられた言葉は、クオレの人生でも滅多に聞けない罵詈雑言だった。クオレは目を丸くして、伸びてる男を見て、それから声のする方に首を反転させた。
そこにいたのは銀色のボサボサに伸びた髪をゆるく後ろで束ねた青年だった。まだ少年と言ってもいい様な年頃。マイルズとそう変わらないのではないだろうか。体はしなやかでクオレのよく知る冒険者たちの様な頑強さもない。しかし、その瞳は金色に輝き、強者感を醸し出している。魔力が体から溢れ、ゆらゆらと陽炎のように空気を揺らしていた。
サムとブレイクがクオレを守ろうと一歩前に出たところで、マリオンが止めた。静かに、と言う仕草で人差し指を唇に当てる。それだけで、皆は静まり返った。
クオレはその青年に視線を定め、その青年も最初は気づかなかったクオレに目を止めた。
見つめあって数秒。
最初に動いたのはクオレだった。
「何ジロジロ見てんだよ、オラァ」
喧嘩を売った。
「お、おおお嬢ぉぉーー!?何してんですかぁ!?」
慌てたのは後ろで控えていたサムとブレイクである。
「え?だって舐められたらダメって言うから」
「舐められる前に舐めろって言うのと違いますぅ!」
目を丸くしていた銀髪の青年が吹き出した。
「おおー。女に喧嘩を売られたのは初めてだぜ!おもしれぇ!やるか、テメェ!」
「やるの!?やっていいの!?お父様っ!?」
「いいわけないだろう、クオレ。落ち着きなさい」
はぁ、とため息をつくドルティエと困った様に頭をかしげるマリオン。
「おかしいわねぇ、ここでこう、ハートフルなトキメキがあるかと思ったのに」
「酒場で出会った男に心を許しちゃいけませんぜえ、マリオン様……」
途端にカオスになった酒場に雷の様な低音が響いた。
「ロッソ!誰彼構わず喧嘩を売るのはやめろ。規則違反でランク落とすぞ」
声の主を見ると、熊かと見間違えるような大男が受付から出てきた。白髪の混じる髪を短く刈り込み、片目には獣の爪痕であろう傷跡が縦に走っている。腕の太さなど、クオレの胴体ほどあるのではないだろうか。大柄なドルティエすら小さく見える。
「チッ、ギルマスかよ。俺が喧嘩ふっかけたんじゃねえ、そっちのお嬢ちゃんが喧嘩売ってきたんだよ!」
「だからと言って、子供の喧嘩を買う馬鹿がいるか。冒険者としての誇りを持て!」
「へ~いへい。だってよ、お嬢ちゃん」
肩をすくめた銀髪の――ロッソと呼ばれた冒険者はチラリとクオレを見てウインクを飛ばした。
「なんだ、やらないのか」
ちょっとがっかりしたクオレだったが、どうやら熱気にやられていたらしく興奮していた息も落ち着いた。パリパリと首の後ろの鱗が音を立てて収まっていく。
「あー、ちょっと興奮しすぎたみたい。いけない、いけない」
手首の周りにあったアザの様な鱗が掌まで広がっていたようだ。宥める様に撫でるとそれも収まっていく。それに気づいたロッソは、目を見開いてクオレを見た。
「……おまえ」
指を刺すロッソにクオレは再度視線を寄越した。その途端ロッソの全身が粟立ち、バッと後ろに飛び退いた。
殺気、ではない何か。初めての感情にロッソは慄いた。怖い、と思ったのだ。
――あれは、なんだ。
ごくりと喉が上下する。逆らってはいけない。押さえつけるような、膨大な魔力の塊。震えそうになる足を無理やり押さえつける。敵わない相手。それを本能で教えられた。
「私、クオレ。よろしくね――ロッソ」
クオレは視線を外さず、少しだけ膝を曲げて挨拶をした。貴族だ、とわかった。
「……おぅ」
乾いた唇を舐める様にして、ロッソは何事もなかったかの様に椅子に座る。それでも視線は外さない。視線を外せば、襲われる。そんな緊張がロッソの体を縛りつけた。
それを見ていたギルマスは片眉を上げて、少し驚いた様な顔を見せたが、冒険者たちに酔っ払いを外に出せ、椅子はロッソの報酬から弁償させろと短く命令を出した。
「冒険者の村タンタンへようこそ。で?そちらの団体さんは、どう言った用件で?」
そうギルマスが通常運転で話を切り出したおかげで、クオレの意識がロッソから削がれた。止めていた息を思い切り吐き出したロッソ。その後屈辱と羞恥が湧き上がって、乱暴にエールを流し込んだ。が。
「ハイっ!私、クオレと言います。冒険者になりにきましたの!」
それを聞いて盛大に吹き出した。
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