鉄板土下座、詰みポイントを眺める
「——よし、実験成功。さて、次は……」
粘り気のある紫色の泥を扇状に撒き散らしながら、干潟の中央に鎮座する不自然な構造物を、小僧は見据えていた。
そこは、最奥。
メイガスメイズの廃人ゲーマーたちが忌み嫌うとされる「その名」、その由来が、今まさに小僧の眼前にて口を開いておる。
切り立った腐食岩で周囲を囲まれる、直径300メートルを超える巨大なすり鉢状の盆地。
周囲の湿地から高濃度の猛毒液が流れ込み、盆地の底に、どろりと淀んだ赤紫色の湖を形成。
そこから立ち昇る蒸気は重く、肺を内側から焼く苛烈な毒性までをも帯びており、小僧の身体を確実に蝕んでいるようだ。
それらの状態異常を「解毒ポーションがぶ飲み」で強引にねじ伏せる小僧を見ておると、こう思わずにはいられぬ……つくづく、普通のルーキーが来るような場所ではないな、と。
「なんか、俺が普通じゃないみたいだね?」
くかかかかかかっ! もし、おぬしのような奴が標準だというのなら、さぞや面白おかしな世の中になるであろうな!
「えー、そうかなー?」
運営が「地形オブジェクトの配置ミスを誤魔化すために、とりあえず置いた」と噂されるほどに劣悪で凶悪なこの場所。
過去に訪れたことのある者たちは、このように評しておるそうじゃ。
「一度足を踏み入れれば最後、逃げ場のない底へと引きずり込まれる」、とな。
赤紫色の底で蠢くのは、この領域の主力級にして、ゴールド級の平均値たるレベル70を上回る甲殻型の魔物、『大鎌毒蟹 (ポイズン・ヒュージ・クラブ)』。通称、『クサレ毛蟹』。
そのあまりにしぶとい生命力と、死に際に毒液を撒き散らす嫌がらせのような仕様から、プレイヤーたちに蔑まれている連中の群れである。
なお、クサレ毛蟹のレアドロップ枠『大鎌毒蟹の蟹味噌』は絶品中の絶品、至高の逸品である。
そのため、一部のプレイヤーから熱狂的な支持を集めているらしい。オークションでは1,000万円が開始値であることからも、その人気の高さがうかがえる。
何はともあれ、そこは、バイオ・フラスコの奥の奥に存在する「詰みポイント」、又は「初見殺しのデッドスポット」。
プレイヤーたちはそのように認識しており、「色々な意味を込めた」畏怖とともに、この場所を、こう呼んでいるそうだ。
蟻地獄ならぬ「蟹地獄」、と。
ちなみに、「魔物領域の主と対峙する領域を塞ぐ形で蟹地獄があること」と「対策しても無理ゲー」と言われるほどの鬼畜難易度を放置していることが、運営へのヘイトが貯まる一因だそうだ。
さて、そんな鬼畜難易度の蟹地獄に、ゲーム開始初日からやってきた小僧の思惑とは何か。
バイオ・フラスコだけであれば、ギロチンブーメランとエンプティ・スケルトンの実験であると納得できる——なんて与太話、信じるお馬鹿さんはおらぬよな?
そう、実験をするだけならば、バイオ・フラスコにわざわざ来る必要などない。その辺の安全な場所で思う存分実験すればいいのだから。
ならば、わざわざこんなところにはるばるやってきたこの小僧には何か狙いがある……そうは思わぬか?
その問いへの小僧の解答はこうだ。
「んー……どうせ実験するなら、どのくらいの相手に通用するかもついでに検証した方が、時間が無駄にならないでしょ?」
端的に語るならば、この小僧、自分なりの効率を優先する傾向にあるということだろう。
それ故に、悪名高き詰みポイントである蟹地獄にルーキーである小僧がやってきた、という状況が作られたわけである。
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そもそもの話、「まったく興味のなかった」メイガスメイズを小僧がプレイするきっかけは、『実の妹』の誘いにあるようだ。
ん? 何故そんなことがわかるのかが疑問か?
儂ほどにもなれば、『契約者』の記憶を覗き込むことなど容易いということだ……ま、あまりにデリケートでプライベートなことを言いふらす気は無いがな。
さて、話の続きだ。
妹から、どうしてもと懇願された小僧が、メイガスメイズを始めることを決めたのが昨日の夜、寝る前のこと。
その翌日である今日、小僧は学業の合間に、地雷扱いされている武器種やアイテム、底辺扱いされている不遇な職業といった「自分好みの」データのみを貪欲に漁っていく。
攻略情報の類を排するのは、ゲーマーにありがちな「シナリオ周りの過度なネタバレ」を嫌う心理によるものらしいな……中々に興味深い。
では、自分好みの知識のみを仕入れるのは如何なる理由かというと、実のところ、ある意味ではネタバレを嫌う心理に良く似ているようだ。
これは、かつて他のゲームで遊んでいる際に、小僧が口にした言葉だ。
「——やるからには、地雷武器と不遇職の中
から面白そうなの選ばないと損だよねー」
どうやら小僧は、オンラインRPGなどを後発組としてプレイする際、必ず、このような考えとなり、強く意識するようだ。
儂の見立てでは、小僧の根底にあるものとは、『未知への探究心』のようじゃな。
地雷扱いされてる武器やアイテム、底辺扱いされている不遇な職業とは、小僧からすれば「本当に仕様の全部を覗いたの?」と言いたくなるような検証しかされてないことが多かったらしい。
実際にそのような経験をしているからこそ、小僧は、必ず選んでしまう。
理不尽に見放された「そいつら」を。
知りたいのだ、「それらの限界」を。
「限界の先にある可能性」を知りたい。
そして、その「可能性」で勝ちたい。
それが、小僧の『性質』と『本質』。
『未知への探究心』が産み出す「苛烈な反骨心」によって突き動かされた先にある『逆転思考』。
その発露こそが、小僧の本領であり嗜好。
そのことを知る者の一人である『彼女』が、小僧の『個性』を名づけたことでその性質と本質が確定し、『世界』へと示された。
曰く、『逆転嗜好の道化芝居』。
だから、小僧は「蟹地獄」に来たのである。




