拳姫、讃える
さて、ここで一つの疑問が浮かび上がる。
先ほどの金髪ドリルによる一撃は、グレイグレイヴの男を問答無用で戦闘不能へと撃ち砕いた。
その一撃は、フォートレスウォールを「魂の保管庫 (インベントリ)」から取り出したことによる——小僧たちの言葉で語るならば「座標ズラし」なる技術による攻撃だった訳だが……果たして本当にそれだけだったのだろうか。
フォートレスウォールによる座標ズラしの一撃をざっくり言うと「0.1秒未満」の間に男の肉体へ「40トン相当の力」をゼロ距離で叩き込む、である。
小僧たちの世界では、実にさまざまな学問が発展しているようだな。現象の内実の理解が速やかに可能となるのは非常に助かるでな。勉強になるのう。
ニュートン、パスカル、ジュール……それらを導き出す式によって計算し、情報や状況を要約するとこうだ。
『指定した座標内に取り出したフォートレスウォールに接触した物体を、40トン相当の力で強制的に、フォートレスウォールのサイズ分だけ外側へ瞬間的に移動させる』
これが、フォートレスウォールによる座標ズラし、その内実である。
その際の衝撃は、小僧たちの世界の物で例えると「時速60キロの超大型ダンプカーによる正面衝突」といったところ。
わかるか……それだけの衝撃を、完全に逃げ場のない状態でゼロ距離から、金髪ドリルが触れた箇所に与えられたわけだ。
だが、これでは足りない可能性がある。
考えてもみよ……メイガスメイズというゲーム内には、超大型ダンプカー以上の巨体を有する魔物などゴロゴロしておる。
それこそ『黄金遺骸の大平原』の守護者たる「ギガ・バラスト」が最たる例。奴は全長100メートル越えだからのう。
そんな奴の一撃は果たして、超大型ダンプカーによる衝突よりも威力が低いだろうか。
否……そんなことがあるわけがない、自明の理という奴だのう。
そういった巨大な魔物の相手をすることが日常の開拓者、その中でも上位に位置するレベル80以上の者が、先の金髪ドリルの一撃で戦闘不能に陥るのか甚だ疑問である。
無論、金髪ドリルによる座標ズラしに一切のダメージがないとは言わぬ。むしろ、強烈な一撃であることに疑いは無い。だがそれだけに違和感を覚えるのは無理もない。
「参りますわよ」
「くっ、速——」
その答えを、儂は知っておる。事前に聞いておるからの……小僧たちの世界も奥が深いと感心しておるわ。
まず前提の話からしていこうか。
黒髪幼女が編み出した「纏地」とは、小僧たちにとって「長年」に渡って使いこなしてきた当たり前の技術である。
主観時間730倍の「D.D.D」環境下にあるゲームをプレイしてきた小僧たちにとって無くてはならない技術、そのように語られるほどに「D.D.D.界隈」に浸透しているプレイヤースキルなのだ。
当然ながら、金髪ドリルのあらゆる所作にも、纏地による加速が乗っている。
では、金髪ドリルの破壊力の秘密、その答えもまた纏地にあるのだろうか。
答えは——半々、といったところか。
実際のところ、纏地を活用していること自体に誤りはない——活用方法が異なるだけだ。
では、答え合わせといこう。
金髪ドリルは名家の子女であり、護身の一環で武術を学ぶのは珍しいことではない。
ちなみに、小鳥遊流戦剣術も学んでおり、その過程で黒髪幼女と出会ったのが齢九つの頃。それ以来の仲であり、その結果として幼馴染と呼べる存在になったそうだ。
ともあれ、生来の気質と資質が引き出されたのだろう、世界中の武を学んでいく中で自分に合った武を見出し、磨き上げ、黒髪幼女の纏地からも学びを得ては自身の武に組み込み——『新たな武』を編み出す。
その名は『纏勁』。
それは、太極拳と呼ばれる武術で唱えられる「纏絲勁 (てんしけい)」という技術を独自に解釈し、金髪ドリルが編み出した新たなる技術。
纏絲勁を端的に語るなら「螺旋」——足裏から伝わる地面の反発力や重心移動によって生み出したエネルギーを、全身の関節を螺旋状に連動させることで糸を束ねるように一纏めにし、触れた箇所から流し込むように発する。
黒髪幼女が編み出した纏地とは、全身の筋組織を連鎖的に繋げるように——脱力と緊張を繰り返して——加速を重ね、爆発的な速度を得る「加速の極致」。
では、金髪ドリルが編み出した纏勁とは——足裏などから伝わる地面の反発力や重心移動によって生み出すエネルギーに、「纏地」による多重加速を上乗せすることで、触れた箇所に爆発的な加重を強いる、いわば「破壊の極致」。
小僧曰く——「徒手空拳ならリリィは鬼強いからね。本気の纏勁? 耐えた奴とか見たことないよ、D.D.D界隈なら破壊力最強だし」とのこと。
纏地によって加速しながら優雅に「歩いて」近づき、体内で練り上げた纏勁をグレイグレイヴの者に流し込むように発すると同時に、「魂の保管庫 (インベントリ)」からフォートレスウォールを取り出すことによる座標ズラしを行なう。
金髪ドリルがやっていることとは、纏勁と座標ズラしの合わせ技ということだ。
その威力は——
「——ガッ⁉︎」
「心地よい殺気への返礼ですわ」
全長50メートル越えのレイドボスの一撃にすら耐えるとの口コミが添えられておる高品質の防具を纏うグレイグレイヴの猛者「89名」。
そやつらをきちんと一人ずつ相手取り、その悉くを一撃で粉砕したことが、金髪ドリルの一撃、その威力、その破壊力の証明。
更にもうひとつ、金髪ドリルの纏勁の凄まじさを証明する事例が存在する。
『竜顎王域』での城壁ダイブである。
約500メートルの高さからアースドラゴン目掛けて落下し、フォートレスウォールを直撃させたのち、跳躍上昇しては再びダイブという、なんとも荒唐無稽なコレの秘密。
その秘密こそが「纏勁」にある。
そもそもの話だが、ただ落下させた衝撃のみで、本当に約500メートルの高さまで上昇できるのか——答えは否である。
上昇しないわけではない。
だが、精々が七割程度。
約300から400メートルほどの上昇に留まり、繰り返せば減衰し、やがて失墜するだろう——そこに確かに存在する重力によってな。
当たり前といえば当たり前のことである。
だが、実際はそうはならなかった。
ただ落下していく衝撃のみではないから。
カラクリはこうだ。
落下していくエネルギーに「纏地」による多重加速を束ねながら、頭頂部から足裏にまで体内で螺旋を描きながらじっくりと練り上げた「纏勁」を、アースドラゴン着弾と同時に流し込む。
その衝撃は、ゴールド級屈指の耐久力を有するアースドラゴンを一撃で粉砕し、金髪ドリルを約500メートル以上の高さにまで打ち上げる。
優雅なポージングと高笑いを華麗に見せつけている中、そのドレスの中では、武の極致たる「纏勁」による練功がなされていた。
これが城壁ダイブのカラクリ。
圧殺令嬢、誕生の真実。
あの小僧に、破壊力最強と云わしめる武人。
それが『拳姫』である。
ちなみに「姫」の文字を含む理由は、金髪ドリルが常に微笑み、優雅で綺麗な歩様で闘いに臨むからだそうだ。
実際、間合いを詰める際も、背筋がしっかりと伸ばされている凛とした歩みであり、姫の一文字が加わるのも納得の動きである。
ただし、グレイグレイヴの奴らが慄くほどの速さで微笑みながら歩いて向かってくるのは、場合によっては恐ろしく映るやもしれぬな。
「つ、よすぎる——」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴しますわ」
そして、割り当てられた最後の一人も一撃で粉砕——総数105名の猛者すべてを撃ち砕きおった。
「オーホッホッホッ‼︎ 心躍る素敵な闘いでしたわ! みなさま、心から感謝いたします——」
勝利の凱歌が如き美しい笑い声。
次いで感謝の意を示すカーテシー。
闘い終えた相手に敬意を示すその姿は、まさに淑女、まさに『淑女たる者、真に高貴たれ』の名に恥じぬ振る舞い。
二つ名にふさわしき凄まじい武威と理念に裏打ちされた気高さ、まさに拳姫である。
「相変わらず手加減する気ないよね」
「それが礼儀ですもの、もちろんですわ」
「で、オーバーキルってな」
「……魔物じゃなくてよかった」
「全部バラバラだもんねー」
「労いの言葉はございませんの?」
「じゃ、普段の狩りはタンク固定で——」
小僧の言葉に、茶髪坊主と黒髪幼女が何度も何度も大きく頷いていた。
そんな小僧たちの反応に「ええ、よろしくってよ! いつものように全て防いでみせますわ! オーホッホッホッ‼︎」と応えてしまうあたり、やはり金髪ドリルも少しアレなのは確実であるな……微笑ましい限りだの。
一方、お気楽な小僧たちとは真逆の雰囲気となっているのは、グレイグレイヴの者たち。
その心境が複雑であろうことは予想に難くなく、それも当然のことである。
彼奴らは、メイガスメイズというゲーム内において間違いなく上位に位置する、いわばトッププレイヤーの集団。
そんな自分たちが蹂躙することはあっても、逆の立場になるなどとは夢にも思わなかったはずだ。
まさに、死屍累々……このような使い方で合ってるかの? なんにせよ、それほどまでの惨状が広がっておるのだ。
グレイグレイヴの者たち、その半数以上が物言わぬ骸と化しているのだからな。
ところで、だ……儂の学んだところによると「蘇生アイテム」なるものがあるらしく、それを施そうとしたのだろうが……くっくっく、倒されるのが早すぎて追いつかなかったのだと思われる。
金髪ドリルは相手に先手を必ず取らせていた。そうである以上、黒髪幼女や茶髪坊主のような速さで終わらないのは当然のこと。
だがそれでも、10分ほどで105名を一人ずつ戦闘不能に追い込んだ金髪ドリルもまた凄まじく、それだけに蘇生するタイミングがない。
蘇生には、約15分ほどの時を要するのだから。
「じゃ、次は俺の番だね、合図よろしく」
「あいよ」
そんなことを言いながら、初心者用クソダサゴーグルとマスクを装着する小僧。その歩みは……実にのんびりしておる。もう少しシャキッと歩けぬのか?
「……やっぱりオマエが鉄板土下座か」
「あー、みたいですね」
他人事だのう……ま、勝手に付けられた名であれば、そんな反応になるのも不思議ではないな。
「定規の君、hdk兄貴、圧殺令嬢……そして、鉄板土下座。スレで噂のルーキーどもが、マンダイで偶然出会ってこの場に来た——なんてこと、あるわけねえよな?」
粗暴な男は愉快そうに、しかし、獰猛なその笑みをさらに深めていき、何かを察したかのような言葉を口にする。
「オマエら……『牙』だな?」
粗暴な男のその言葉に、グレイグレイヴの者たち全員がざわつく。
「ワイルドファング上位42名のランカーに与えられる称号、それが『牙』……おそらくオマエらは——」
粗暴な男は確信しているのだろう、「D.D.D」専用RPG「ワイルドファング」において——
「——『一桁上位』」
小僧たちがトップランカーであること——D.D.D.界隈における卓越した実力者であると粗暴な男は確信したのだ。
「纏地、纏勁、インベントリ・アーツ。あそこでは必須の技術をここまでハイレベルでこなせる奴らなんざ、一桁上位ランカー以外には考えらんねえ……」
その問いへの小僧の答えは——
「大正解! それがわかるってことは……?」
「ああ……元、牙だ。一桁には届かなかったがな——」
粗暴な男の言葉に、小僧たち四人の雰囲気が変わる。それはまるで、ご馳走を前にした子供のようだ。
そして、黒髪幼女が小僧の隣に瞬時に現れ——
「ヒナのお客さん……だから——」
「ヒナ、ランカー狩りの鉄則は?」
「……指名制」
PK狩り同様、ランカー狩り——実力者を相手取る場合にも、小僧たち独自のルールが存在する。
必ず、相手に指名させるのだ、誰と闘うかを。
それが四人、というよりは、レトロゲーム同好会の決まりだそうだ。
「なるほどな……オマエら、ワイルドファング感覚でメイガスメイズに来てやがんのか」
「ま、そんなところです」
「……おいテメェら、退がってろ」
粗暴な男が、小僧に対する百余名を退がらせる——その意図は明白だ。
「俺が手塩にかけて鍛えた部下だからな、決して弱くはねえ……だが、現役の牙、しかも一桁上位の相手までは想定させてねえからな」
「あー……俺の分が——」
「最後は、俺が相手させてもらう」
粗暴な男のその言葉に、四人のやる気が上がったようだの、実に楽しそうな笑みを浮かべておる。
「お、誰をご指名します?」
「……ヒナがおすすめ」
「わたくしでもよろしくてよ?」
「いやいや、ここは俺だろ」
「俺が選ぶのはオマエだ——」
粗暴な男の視線は、小僧を見据える
「俺の目は誤魔化せねえよ」
抑えきれないといった様子で闘気を解放した粗暴な男。その圧は、グレイグレイヴの残存する百余名の心胆を震えあがらせる。
だが、そんな圧を小僧たちは軽く受け流す。
「オマエがこの中で一番強い……違うか?」




