悪魔、嵌める
個人で多人数を相手取る。
言うは易し、成すは難し。
故に、それを成すは例外。
グレイグレイヴの者たちはつい先程、黒髪幼女という魔剣の斬れ味の凄まじさによって、そういった存在が確かにいることを痛感させられた。
だが、「それはそれ」なのだ。
例外的な存在がいる。そのことを実際に目の当たりにしたとて、そんなことを即座に予想できるものでもない。
「が、あっ——」
「ごっ、ふぉ——」
「どうしたどうした!」
場を荒らすという意味に限れば——
「この程度かよ、四大クラン‼︎」
まさか、あの黒髪幼女すら凌駕する例外的な存在が現れるなどと、初めて相まみえる者たちに想像できる訳がないのだ。
「な、意味がわか——」
「慌てんな! しっかり距離を——」
「落第だ! そこじゃねえんだよ!」
そう、もはや距離の問題ではない。
茶髪坊主がしていること自体は、特に複雑なことではない。相手の隙を突いて攻撃を加えて殺す。ただそれだけなのだから。
実際、戦闘方針自体は黒髪幼女とそこまで差がある訳ではない。にもかかわらず、黒髪幼女の戦いぶりを目撃したグレイグレイヴの者たちが、先ほどとは比べものにならないほど慌てふためく。
その理由は二つ。
ただし、理由の片方に関しては、「つい先程」目の当たりにしたことからも、どのようなことが起きるかの予想自体は可能。
そう、理由の片割れは、黒髪幼女により考案された「纏地 (てんち)」である——その筈だった。
勘違いしてはならぬ。
纏地とは単なる身体駆動法であり、黒髪幼女だけが扱える技術ではない。茶髪坊主同様、小僧も金髪ドリルも扱える。
ただし、練度や適性による優劣は存在する。
「ヒナ以上の纏地は見たことないなー」とは小僧の言葉。
つまり、茶髪坊主のそれも、悪し様に語るならば「ただの模倣品」である——本来は。
「あ、ぐっ——」
「わ、訳がわからな——」
「隙だらけだっての! もっと集中しろや!」
そもそもの話、纏地は身体駆動の法——身体をどのように動かして駆けるかの技術、その方法。
ゼロから最大値まで緊張させること。
最大値からゼロまで脱力すること。
全身の筋肉を脱力させることと緊張させることが纏地の基本であり、実のところ、この考え方自体は、世の武人たち皆が存じていること。
異なるのは、その頻度。
ひとつの行動に10回——最低でも。
例えば、片手剣による上段斬りの場合。
「腕を引き、振りかぶり、振り下ろす」という三つの工程を経る流れが基本である。
無論、個人の才や技能、流派の型などは考慮していない、多種多様なのでな。
さて、纏地という技術、その理合を理解し、実践するとどうなるか。
「腕を引き、振りかぶり、振り下ろす」、それぞれの工程において脱力と緊張を——最低でも10回ずつ、計30回——繰り返す。
見た目はただの一振り。
だが中身は、三十もの脱力と緊張。
小僧曰く——「纏地って簡単に言うとブースター……あー、えっとね……そう、加速させるスキルみたいなものなんだよね」だそうだ。
ひとつひとつの動作を細分化し、脱力と緊張を繰り返すことで速さを任意で追加していく『多重加速』こそが、纏地の本質。
その結果、理合を知らぬ者と比べてはるかに速く、鋭い一閃が奔る。
黒髪幼女のあの小さな身体で、継続的かつ適切なアイスメイクによる拡張によって切断力を強化したとて、グレイグレイヴの精鋭をたたっ斬ることなど、本当に可能なのだろうか。
そんな疑問の答えが、先程の黒髪幼女による無双劇であり、纏地を極めし者の強さの証明。
ちなみに、小僧から聞かされたことが真実ならば、黒髪幼女の一度の行動にて脱力と緊張が行なわれる回数は——平均100回。
なるほど確かに、『神喰い魔剣の小さな体現者』の名にふさわしき武の技量を窺わせてくれる。
それと同時に、バグ・チャイルドの凄まじさを理解させてくれる。
そう、纏地とは、バグ・チャイルド、もしくはそれに比するほどの脳力があってこそ成立する技術なのだ。
「クソ、届かな——」
「い、嫌だ——」
「だいぶ減ってきたぞ! もっと気張れや!」
さて、「ただの模倣品」に過ぎない茶髪坊主の纏地は、いかなる理由でグレイグレイヴの奴らを戸惑わせ、慄かせたのか。
端的に言えば、挙動。
ヒントは、小僧との釣り。
あの時、茶髪坊主は「手足のように」ペンデュラムを使いこなしていた、それも2本。
そうなのだ、茶髪坊主の纏地、その対象には「手足のように動く2本のペンデュラム」も含んでいるのだ。
集団戦において味方の数が多いことは確かに重要だ。しかし、ことの次第によっては足手纏いどころか、明確に邪魔な存在へと変わってしまう。
それは、強力な敵性個体がそのことを意識し、利用し始めた時に発生する。
それとは「遮蔽」。
周囲の味方は、時と場合によっては、敵への視認を妨げる「邪魔な遮蔽物」へと変わる。
では、遮蔽物を有効活用することで、効果を発揮する攻撃的戦術とは何か。
そして、自分の意思で自由自在に手足のように動かせるペンデュラムに、纏地による加速を乗せた時、何が起こるか——何を起こせるか。
それこそがグレイグレイヴの者たちが慌てふためく理由、残る片割れ。
「がっ、あ——」
「無理だろ、こんな——」
「残り40ってところか!」
——奇襲である。
茶髪坊主は奇襲を仕掛けていたのだ。
それも、ただの奇襲ではない。
上下左右前後——空中も含めた全方位からの奇襲という「本来ならばありえない」状況へと、グレイグレイヴの者たちが強制的に巻き込まれていたのである。
そうだ、本来ならばありえない。
不可欠な要素は幾つがあるが、最も欠かしてはならない「それ」を欠いているにもかかわらず、茶髪坊主は奇襲戦を成立させている。
それは「認知」。
奇襲を仕掛ける側は発覚させてはならない。気付かれた瞬間から、ただの遭遇戦となるからだ。
気付かれていない状態——視野の外、意識の外から仕掛けるのが、奇襲の鉄則。
だからこそ、本来ならばありえないのだ。
茶髪坊主は、今ここにいるグレイグレイヴの者たち全てに認知され、意識されている。
間違いなく。確実に。
ならば何故、グレイグレイヴの者たち全員が、奇襲を受けた時のように慌てふためいているのか。
それを可能としているのも、やはりペンデュラム——手のように操ることで変幻自在の暗器と化したように。
足のように操ることで——空をも征く。
支点を確保し、畳むようにペンデュラムの紐が束ねられ、一気に伸張することで空への跳躍が可能となる——そこに含む、もうひとつの意。
ペンデュラムが伸びている状態とは、裏を返せば、即座に攻撃可能であるということ。
つまり、ペンデュラムによる移動それ自体が攻撃準備であり、そのことを「深く意識させる」。
わかるだろうか……激しい戦闘の最中、敵の動きが次の攻撃の予兆であることを知った者は、ついそちらを「見てしまう」。
特に、闘い慣れている者ほど。
視線が。
意識が。
例えば、茶髪坊主自身は空中にいるというのに、彼らの視線も、意識も、地上を這うペンデュラムの錘にも向けられてしまう。
ただ、それ自体は間違いではない。
ペンデュラムによる刺突によって仲間たちが次々殺されているのだ、警戒すること自体は間違いではないだろう。
但しそれは、茶髪坊主の攻撃手段が、2本のペンデュラムだけだった場合の話。
茶髪坊主には「もう一つの手足」が存在する。
「こんなの、どうすりゃ——」
「はぁはぁ、ぐ、がっ——」
「ラストスパートだオラァ!」
——「テイルブレイド」。
腰下から生えるそれはただの飾りではない。
ペンデュラム同様、「手足」なのだ。
つまり——武器であり、移動手段。
ペンデュラムの最大射程はおよそ20メートル。その範囲内は、変幻自在に動き回る槍の穂先と変わらぬ二つのそれによって、常に狙われる。
それならばいっそと距離を詰めるとどうなるか——テイルブレイドによる「リズムの掴めぬ」変則的な軌道の斬撃が襲いかかるのだ。
茶髪坊主の本当に恐ろしいところは、ここだ。
当たり前だが、人族に尻尾はない。
名残はあっても、動かす感覚など存在しない。
故に、存在しない感覚は想像し難い。
想像できないものがどのように動くか、その予想を立てることもまた難しい。
わからないのだ。
テイルブレイドが、いつ、どのタイミングで動き出すのかの予想も予測も立てられない——リズムが掴めない。
この事実を深掘りするならば、その在り方そのものが心理的に遮蔽されているテイルブレイドは、極めて奇襲性の高い武器種ということ。
ペンデュラムとテイルブレイド。
これらを駆使し、地上と空中を行き来しながら空間を制圧出来てしまうのは、茶髪坊主のバグ・チャイルドとしての特性にして個性が故。
剣を用いた近接戦最強のバグ・チャイルドが黒髪幼女だとするならば、茶髪坊主は何なのか。
それを儂に問われた小僧が返した答えはこうだ——「バグ・チャイルド最強の空間制圧力」。
もちろん、小僧の知る限りの話である。
そんな茶髪坊主にもまた異名が与えられ、それがバグ・チャイルドとしての個性の名となる。
『速度に寵愛されし悪魔』
並列思考速度に限れば、人類最高峰。
それが、茶髪坊主だそうだ。




