黒髪幼女、抜く
「——おいおい、どうなってやがる」
粗暴な男は獰猛な笑みを浮かべる。その笑みは、強敵と出会った高揚感も含むのだろう。
だがきっと、大部分は異なる。
「……次」
それは——畏れ。
眼前のそれが示した圧倒的な「武」、それにまとわりつく「死」の気配。
あっという間に至ったのだ。
戦闘開始直後。
黒ずくめの者五名が命を断たれた。
これまで数多くの修羅場を経て、その立場に就いた粗暴な男の直感が警鐘を鳴らし続けている——からこその驚愕、それ故の笑み。
つまりは、己を鼓舞する一環。
この結果、当然といえば当然。
小僧から聞いた話が真実ならば、これから目の前で起こることは、このような光景になる筈だ。
『小さき黒による蹂躙』
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怒りと屈辱に身を震わせながらも、そこに確かにあるであろう矜持でもって笑みを崩さぬ粗暴な男は、自身の名と組織の名を小僧たちへ高らかに告げる。
小僧たちの反応は——
「あー……確か、四大クランのひとつだっけ?」
「GGって呼ばれてる奴らだな」
「お強いのかしら?」
「……ヒナが400」
名乗りを挙げた粗暴な男は、小僧たちの反応に大いに戸惑っておるようじゃな。
それどころか、交渉とほぼ同義の議論にすぐさま戻っていく小僧たちの姿に、頬をピクつかせておる。くっくっく、相当苛立っておるな。
自分たちが出張れば誰もが怯み、脅え、たじろぐ。それが、粗暴な男やその配下である黒ずくめの者たちの日常であり、当たり前。
つまり、たった今、目の前で起きていることは、「非日常」極まる光景なのである。
「待て待て、それは取り過ぎだろ!」
「ヒナ、今度一緒にケーキ食べに行こうか」
「……わーい」
「馬鹿! それは禁じ手——」
「当家お抱えのパティシエを総動員して、おうちスイーツビュッフェをいたしましょう」
「する……!」
「それ見たことか‼︎ なんでもアリで俺らが勝てるわけねえだろうが⁉︎」
「母さんを同伴させよう」
「……‼︎」
「しまった、その手札があったか⁉︎」
頭を抱える茶髪坊主を、じーっと見つめる黒髪幼女。これはあれだな、完全に手玉に取られとるの……中々やるではないか。
「な、なんでも言うこと聞きます券、1枚」
「……5枚」
「くっそ、足下見やがって……2枚」
「…………8枚」
「おい増えてんぞ⁉︎ 3枚!」
「……」
「よ、4枚……」
「……わーい」
黒髪幼女、圧勝‼︎
見た目の愛くるしさに反して豪胆なのは既に知っておったが、駆け引きまで達者とはな……流石に驚いたのう。
「ヒナが200……みんなは100」
「ま、妥当かな」
「なんか、余計な痛手を負った気がするぞ」
「わたくしも了解ですわ」
「よし、決まったね。いやー、すみません、お待たせしちゃって」
粗暴な男は呆気に取られていた。
「——はっ……ははっ、ははははっ!」
そして、笑う。
「面白え……ホント面白えな、オマエら」
「そうですか?」
「自覚無しか、ますます気に入った…………で、これからどうすんだ? オマエらの流儀に合わせてやるよ」
粗暴な男のその言葉に、黒ずくめの者たち全員が驚いたようだの、明らかにざわついておる。
「えっとですね、ヒナが200で、他の三人が100ずつ。誰と戦いたいかは、そちらで決めちゃってください」
「なるほどな……おい、さっさと決めろ!」
黒ずくめの者たちが動き出し、大まかにグループ分けされていく。
「数はきっちり合わせなくてもいいよな?」
「ええ、大まかでかまいませんよ」
くっくっく、面白いのう。小僧たちの生み出した空気に、粗暴な男が感化されておる。
「戦闘開始は順番でお願いします。最初は——」
「ん……!」
「——ということみたいです」
「わかった。おい!」
粗暴な男が声をかけると、黒髪幼女との戦闘希望者以外の黒ずくめの者たちも一緒に退がる。この統率力は中々だの。粗暴な男の器量が窺えるというものよ。
黒髪幼女が歩を進め、止まる。
「合図したら戦闘開始ですよ? いいですか?」
黒ずくめの者たちもまた、黒髪幼女を包囲する形となった後、止まる。距離を考えると、黒髪幼女の魔法に警戒しているようだな。
なるほど、悪くはないかもしれんの。
「……始め——」
次の瞬間、黒髪幼女が沈む。
「なっ⁉︎ 消え——」
「……1」
そう、確かに悪くはないかもしれん。相手が単なる人族、単なる魔道系統職であればな。
黒髪幼女のそれは、常人のものではない。
「なんで、こんな近く——」
「……2」
身体を地面に沈ませるようにしゃがみ込んだ次の瞬間、瞬き終えるよりも速く、およそ20メートルを駆けた。
間合いを詰めたのだ、黒髪幼女は。
まさに、一瞬の間の内に。
小僧たちの世界で語られる武の技術に、ある移動法が存在する。
「縮地」、又は「縮地法」。
その技術を、黒髪幼女は別の解釈をする。
その果てに、独自の身体駆動法を編み出した。
その名は、『纏地』。
「な、速す——」
「……3」
あの小僧をして完全なる再現が困難といわしめる身体駆動法を「齢七つ」の頃に編み出し、自由に扱えるようになった頃。
黒髪幼女に「とある異名」が与えられる。
さて、黒髪幼女は魔法使い、正しくは「魔法少女」なる存在に憧れているそうだ。儂には、女魔法使いとの区別が全くつかんのだが……やれやれ、もっと勉強が必要だの。
なんにせよ、幼き頃から魔法少女に憧れている黒髪幼女なのだが、そこには理由が存在する。
「や、やめ——」
「……4」
黒髪幼女の家は、とある武術の総本家であり、黒髪幼女はそこの嫡子である。そんな立場にあれば、毎日が武術漬けにもなろう。
そんな過酷な環境で過ごす日々。黒髪幼女にとっての癒しは魔法少女の存在だったそうだ。その流れで、愛くるしい者や物にも惹かれていったそうな。
「——おいおい、どうなってやがる」
粗暴な男は獰猛な笑みを浮かべる。その笑みは、強敵と出会った高揚感も含むのだろう。
だがきっと、大部分は異なる。
「……次」
それは——畏れ。
眼前の黒髪幼女が示した圧倒的な「武」、それにまとわりつく「死」の気配。
あっという間に至ったのだ。
戦闘開始直後から僅か「10秒」。
黒ずくめの者たち五名が、単なる鉄の定規に「氷の刃を纏わせただけ」のそれを振るう黒髪幼女に、こともなげに斬り伏せられたのだ。
これまで数多くの修羅場をくぐり抜けては成果を示し、その結果として今の立場に就いた粗暴な男の直感が警鐘を鳴らし続けている。
だからこその驚愕。
それ故の笑み。
つまりそれは、己を鼓舞する一環。
歴戦の強者が、そんなことをしなければならない程の武威を、黒髪幼女はみせつけたのである。
この結果、当然といえば当然。
黒髪幼女は、「小鳥遊流 戦剣術」二千年の歴史の中で——歴代最強と目されし者。
小僧曰く、剣を使わせたら間違いなく「バグ・チャイルド最強」だそうだ。
そんな黒髪幼女、その異名が「世界」に認められたことで、バグ・チャイルドの個性の名へと至る。
『神喰い魔剣の小さな体現者』
魔法少女に憧れる最強の剣士。そんな黒髪幼女にふさわしき名である。




