鉄板土下座、出会っていた
「——よいか、各々の名は魂に刻まれておる。それ故、今お主らがいるこの世界では、みだりに口にせぬ方がよい。特にラストネーム、小僧たちの国でいう苗字までをも含めた『本当の名』は厳禁である。何故かわかるか?」
小僧は、この答えを知っているため、これは三人への問答である。そんな三人が、儂の問いかけを解こうと考え込む。素直でよいのう。
それに引き換え——
「もう正座やだー! 足いたーい‼︎」
「やかましい! 黙っておれんのか、貴様は」
ポンコツのポンコツっぷりには、ほとほと呆れ果てる。昔より悪化しているのではないか、このポンコツ。
「ん……」
黒髪幼女が挙手。
「……こわい人がいるから?」
「ふふっ、良き答えだ。他には?」
金髪ドリルが挙手。
「利用してくる方を警戒なさるのかしら?」
「これも良き答えだ。かなり近いな」
茶髪坊主が挙手。
「この世界ってことは魔道関係とか?」
「ほう、素晴らしい答えだ——」
小僧も大概だが、この三人もまた良く観えておる。バグ・チャイルドの異常なまでの経験量に基づく驚異的な「直観力」、大したものだ。
「名を否定すれば魂を衰弱させる。名を変えれば魂の在り方を変える。名を奪えば魂の記憶ごと奪い尽くす……これら全てが、魔道技術によって可能である」
三人が息を呑む。良いぞ良いぞ、言葉に秘められた真意を、三人ともきちんと理解しておる。
「他にもあるが、名にまつわる魔道技術は、そのいずれもが甚大な被害をもたらし、もたらされかねぬ。だからこそ、儂はお主らの名をみだりに呼ばぬということだ」
儂の言葉を聞いた三人が神妙な表情で頷く。どうやら納得したようだの。
中々に厳粛な雰囲気の中、小僧が口を開く。
「三人はまだマシでしょ。俺なんて小僧だよ?」
「なんだ、わかりやすくてよかろうに。ま、そんなわけで、お主ら三人も各々の特徴を端的に表したという訳だ。茶髪坊主——」
「んー……まあ納得だな」
「金髪ドリル——」
「わたくしも納得ですわ」
「黒髪幼女——」
「……幼女、なの?」
む、どうやら黒髪幼女はお気に召さないようだ……そうだな、こうなるとやはりあれか——
「ならば、小僧たちの世界に合わせて、少し変えるとするかの」
「……ホント?」
「うむ……黒髪ロリ——」
「よ、幼女……幼女でいい、よ?」
「む、そうか? あい分かった」
小僧と茶髪坊主が、口を抑えながら含み笑いする様子に、黒髪幼女が不満そうにじーっとみておる。それより、笑いどころなどあったかの?
「私は⁉︎ 私にも聞——」
「やかましいわポンコツ! 貴様のポンコツエピソードを小僧たちに聞かせてもよいのだぞ?」
「ちょっ⁉︎ やだ、やめてよー‼︎」
小僧たちも、こやつがポンコツであることは既に確信していることだろう。しかし、更にわからせてやるのもまた一興。
「昔、こやつを含めた何名かで旅をしていた時、街でお使いを頼んだのだ。すると、手渡した路銀がすべて、食い物として戻ってきた」
「あーあー、きこえないきこえなーい」
「何故そんなことをしたのかと問えば、返ってきた言葉は——あれ、お小遣いじゃないの? そう、頼まれたお使いのことをすっかり忘れ、自分の好物をたんまり買い込んできたという訳だ。どうだ、ポンコツであろ?」
「そ、そんなことないもん! 私、ポンコツじゃないよね? ね?」
小僧たちは顔を見合わせ——
「ポンコツだね」
「ポンコツだな」
「ポンコツですわね」
「……ポンコツ」
「ひどいっ⁉︎」
至極まっとうな評価である。
「てかさ、セイ爺ってどこで買ったんだ?」
「わたくしも気になりますわ」
「うん……ヒナも知りたい」
これまた至極まっとうな質問である。
さて、小僧の解答は——
「変なおっちゃんから売ってもらった」
「……くっくっく、くかかかかっ!」
然り然り、まったくもって正しい評価である。見よ、ポンコツも声に出せぬほど笑っておるわ。
「そうさな、小僧の評価は正しい。このポンコツ並に変な奴だからのう、あやつは……知りたいか?」
三人が頷く。
「よかろう……小僧、いつものように記憶を覗く。流石の儂でも起きる前のことはわからぬからの」
「はいよー」
「お主ら三人は、これから儂と視界を共有させる。つまり、儂が小僧と出会うまでのいきさつを一緒に眺めるということだ。そうすれば、儂のことを小僧に売った変なおっちゃんのことも、少しは知れるであろ? では、ゆくぞ——」
そういう意味では儂も楽しみだの。どれ、見せてもらうとするか——
❖
メイガスメイズ、ログイン初日。
ナルカド商国首都マンダイの中央広場に姿を現した小僧は、散策し始めようとした。
だが、小僧は顔をしかめる。
ルーキーを含めた開拓者であふれかえっており、非常に混雑していたからだ。
そこで小僧は、裏路地へと歩を進めた。
表通りに比べてやや薄暗いものの、散策に差し支えあるわけではない——そのような判断をくだしたのだろう、その歩みに淀みはない。
そもそも裏路地とはいうものの、小さな商店や怪しげな露店なども多々あり、小僧は十分に楽しめているようだった。
とはいえログイン初日のルーキー。
懐に余裕などあるわけもなく。
それならばと迷惑にならぬ範囲で見て回り、メイガスメイズというゲームの空気感を肌で感じていたらしい。
小僧は、ふと目を向ける。
何の変哲もない一本の路地を。
進む。一歩、また一歩と。
たどり着いたのは、くすんだ鋼色の馬車が停まっている空間。いや、そこは間違いなくマンダイの路地である。
だが、小僧の感じ方は異なっていた。
まるで、この場所だけが周囲から切り取られたかのような——ある種の疎外感にも似た、しかし明確に異なる、言葉では上手く言い表せない感覚を肌で味わっていたのだ。
無理もない。
その馬車は「メイガスメイズ七不思議」のひとつとして、開拓者の間で語られている店。
ごく僅かな発見報告のみが挙がる、店も店主の名すらも知られぬ幻の店。
それ故、こう名付けられた。
『名もなき移動雑貨屋』、と。
❖
一言で述べるならば「乱雑」。そう言いたくなるほどに不親切な、その商品配置。
まず、水辺に棲息する魔物の皮でこしらえた大布を、石畳に敷く。
その上に置かれるのは——剣や槍、盾などの武具類、ペンダントや指輪の形をした魔導具、やや薄汚れた瓶に入った飲み薬など——まさに雑貨屋にふさわしい、多種多様な物品が並ぶ。
それを「ざっくばらんに」ひとつの塊とし、馬車の左右の地面に並べて店とする……いやはや、なんとも雑、なんとも大雑把である。
「……客か?」
木製の小さな丸椅子に腰掛け、手の平大の黒い石片手に、小僧に語りかけるその声は低く重い。
「うん、一応」
「……なら勝手に見ていきな」
「はーい」
その言葉を最後に、声の主である老店主は、黒い石を見つめては何かを思索し始めたようだった。
そんな老店主の見た目を、小僧はこのように評する。「まるでドワーフだ」、と。
ともあれ、告げられた言葉通り、小僧は店の物品を見ていくのだが……確かな違和を感じていた。
(んー、なんか雰囲気あるな……)
その店の武具たちは、どう見ても地味だ。
派手な装飾などひとつもない。
しかし、長剣ひとつ見ても、何故か妙に心がざわつく——そのような心境となっていた小僧。
その時、ふと目が留まる。
雑多に置かれていた物品たちの中でも、ひときわ異彩を放つそのフォルム。
それは、小僧が探していた武器種。
授業の合間に覗いた、メイガスメイズ公式の武器紹介。そこに並んでいたソレのビジュアルや仕様を見た時から、何故か脳裏から離れていかないほどに惹かれていた武器種が、小僧にはあった。
その武器種の名は「ギロチンブーメラン」。
その一種と思しきソレ——つまりは儂——に小僧が触れると、老店主は「ニヤけながら」ひび割れた声で話しかけてきた。
「……ソレが気になるか?」
「まあね。だって面白いでしょ、ギロチンとブーメラン組み合わせるとか——」
「そうか、面白いか……」
その瞬間、老店主の瞳に奇妙な光が宿った——小僧にはそのように見えていた。
「……もしもの話だ。賢者なんてのが本当にいるとしたら、どんな奴だと思う?」
「え、急になにさ……賢者、ねぇ……んー、シンプルというかストレートに考えるなら賢い者。けど、おっちゃん好みの答えじゃなさそうだよね」
老店主は何も答えない。
小僧の答えを静かに待っているようだ。
「そうだな……良い意味で、ものすごく馬鹿なんじゃないかなー?」
「……というと?」
「本当に賢者なんてのがいるんなら、誰も思い付かないことを平然とやる気がするんだよね。それが変なことでも。そうやって、自分や他のみんな、世界中の誰も知らないことを、次から次に知ろうとする」
「…………」
「普通はそんなの無理だって思うし、変わり者だって思うでしょ? でも、そんなの関係ない。自分が知りたいから。だから、なんでもやる。そうやって、未知を既知に変えるためならトコトン馬鹿になれて、実際に結果を出せるのが本物の賢者だと思うな、俺は」
小僧の言葉に老店主の笑みがさらに深まり、言葉を紡ぎ始める——
「……賢者ってのは答えを解いて満足するようなお利口さんのことじゃねぇ。行き止まりの壁をニヤけながら壊したがるイカれた馬鹿のことだ……俺はそう思う」
小僧は、届けられた言葉を噛み締めるように咀嚼し、老店主にも負けぬ底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「確かにそうかも。俺が思う賢者も、なんとなくそんなイメージ——」
「……1エンだ」
「え?」
「それ、1エンで売ってやる」
「ホント? やった!」
小僧は、老店主に1エン硬貨を手渡し、ギロチンブーメランに触れようとして手を止め、老店主に問う。
「おっちゃん、こいつに名前とかあんの?」
「…………『セイヴァー』だ」
「ぷっ⁉︎」
小僧が、そのネーミングの大仰さに思わず、鼻で一笑してしまう。確かにな……儂も同感じゃ。
「いやいや、セイヴァーって……流石に、カッコつけすぎじゃない?」
「やかましい! 俺が作ったもんにどんな銘を刻もうが俺の勝手だろうが!」
「ねーねー、どういうつもりで名付けたのー?」
「うるせえ! とっとと帰りやがれ!」
笑いながらその場を去る小僧を横目に、老店主は不器用な笑みを浮かべ、手元の黒い石——『黒隕鉄 (ミーティア)』を眺めては思索する。
変わらぬな、こやつも。
その後、儂が目覚め、小僧と契約するのだが……それは割愛じゃ。そこまで大層な話ではないのでな。
ただ、これだけは伝えておこう。
儂の声を聞いた小僧の第一声は「おー! 激渋イケオジボイスだー!」である。




