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聖騎士、否定する

「……申し訳ありません。私の視界に、推定時速300キロを超える未確認物体が……その……土下座の姿勢で突っ込んできまして——」


 意識を浮上させたお嬢ちゃんは誰にも悟られることなく、「シルヴァン・エギルのシオ」へと『仮面』を付け替え、淀みない報告を続ける……大した役者ぶりだ、ますます面白いではないか。


 モニターの中では、火花を散らしながら地面を滑走する初心者装備の不審者、曰く、鉄板土下座が、ギガ・バラストの股下を爆速で通り抜けていく。

 その際に発生した凄まじい衝撃波と、物理法則を無視しているかのような絵面の汚さに、精密な連携による殲滅を信条とするシルヴァン・エギルの突撃部隊「ストーム・ブレイカー」の面々が数秒、確実に硬直していた——というのが、こやつらの言い分。


 だが、儂から言わせれば、この程度の想定外で心乱されるなど戦士として不合格、落第だ。

 お嬢ちゃんを責める前に、貴様らの未熟さこそ責めるべきであろうに……この程度のことがわからぬものが、誰かの上に立つなど言語道断!


 お嬢ちゃんも苦労しておるようだの。


「ギロチンブーメランという武器の仕様上、これが可能だとしても、あんなタイミングで乱入してくるとはね……これは、我々、シルヴァン・エギルへの冒涜……分を弁えぬ見るに堪えない悪ふざけだね——」


 なんじゃ、このバカは……どれどれ——「メイガスメイズ四大クランの一角であるシルヴァン・エギルの創始者にしてリーダーたる『彼』が、忌々しげに手元の魔導長槍を弄んだ。美しいパズルとして完成寸前であったギガ・バラスト討伐戦が、悪ふざけにしか思えない蛮行によってかき乱された事実は不快感へと転じ、普段の冷静さを失わせていた」——なーにが美しいパズルじゃ、気色悪い。


 とはいえ、すこぶる懐かしい……この手の勘違いしたバカ丸出しの王侯貴族どもをわからさせてやるのが楽しみなのだ、昔からな。


「おかげでギガ・バラストのヘイト管理が完全に乱されたわ……あいつが跳ね飛ばした瓦礫のせいで、私の魔法陣が三回も物理的に割られたのよ?計算外もいいところだわ——」


 メイガスメイズは「美しい術式を披露する舞台」であると常々考えているイシュタルにとって、鉄板土下座は、不確定要素の塊——だから楽しいのだ……こんな簡単なこともわからぬとは、実につまらぬ女よ。

 そのようなノイズはデリートされるべきであると結論付けた彼女にとって、鉄板土下座は討つべき敵に他ならない、彼女は心の底からそのように考えていた——良かろう、のぞむところだ。

 イシュタルの苛立ちは頂点に達していたのだ——知るか! 勝手にイライラしておれ!

 

 うーむ……やはり、どれだけ美しくとも、性格ブスは見るに堪えぬ。


「気の強い美女は好きだが、気難しい女は嫌い」という考え方、儂はまったくもってその通りだと思うてしまうのう……気難しい女ほど性格が醜悪なのは、どの世界でも変わらぬようじゃし、例外と呼べる者が極めて少ないからの。

 なんにせよ、ただ単に儂らが通過しただけで、気色悪い生き物や性格ブスに吠え面をかかせたのであれば……くっくっく、なかなかに胸の空く話ではないか。


 確か……「ざまぁ」展開だったか?


 小僧が寝てる間にちと勉強したのだ。正しい使い方かどうか、小僧に確認しておかねばな。


「でもぉ、あの人の動き、ヴェールの索敵スキルでも追いきれないくらい、システムの認識の隙間を突いてたの……ちょっとだけ興味あるかも」


 ほほう……この娘っ子は見所があるな。

 どれどれ、失礼するぞい……なるほど、この娘っ子、「ヴェール」という名か。

 あの性格ブスとは違い、この娘っ子は、儂らの爆走に興味関心があるようだ……好感度も悪くはないらしい。


「興味なんて持たなくていいの! あんなの、ただのバグ利用の害獣なんだから! 次に見かけたら、私の広域殲滅魔法で地形ごと消してやるんだから!」


 やかましいわ、性格ブス! 貴様の金切り声を聞かされて、お嬢ちゃんがため息をついてしまったではないか、このバカタレ!


 その時、会議室に穏やかな音が響く。


「まあまあ、イシュタルさん。そんなに怖い顔をしたら、綺麗な顔が台無しですよ〜?」


 ほほう、ギターか……素晴らしい音色だ。

 どれどれ、失礼して……「ミューズ」か、良き名であるな。彼女もそうだが、この会議室に来ているのは、立場のある者たちだけのようだ。


「あんなの、不慮の事故みたいなものですよー? 昨日のログを見直しましたけど、この方、楽器の共鳴範囲外から一瞬で抜けていったんです。リカバリーしようにも、流石に演奏のテンポが追いつきません」


 ほう、あの気色悪い生き物や性格ブスとは違い、中々冷静に判断できておる。この吟遊詩人の方が、こやつらよりもリーダー向きじゃな。


「シオちゃんはどう思う? 私は、この方がただ暴走していただけとは思えないのー……ギガ・バラストが右腕を振り上げる予備動作——磁力が一点に収束するあの瞬間に、この方は最も抵抗の少ないルートを最短で滑り抜けていった……私の目にはそう映ったわ。ただのバグだと思う?」

「…………」


 お嬢ちゃんは、モニターに静止画で映し出された小僧の姿を凝視したまま、返答を保留し、心の中で冷静に考えをまとめているようだ。


(……違う。あれはバグなんかじゃない……ゲームの仕様を一から十まで余すことなく使い切ることが当たり前の、バグ・チャイルドの中でもさらに『深い』ところにいる、お兄ちゃんや私、花凛さんたちみたいな——)


 お嬢ちゃんは、よくわかっているな。

 そう、小僧のあれは、操作性を確保しながら重心を極限まで低くし、一点に荷重を集中させることで、本来なら「減速」に働くはずの摩擦抵抗を、逆に「推進力」と「旋回力」へと変換する超高等技術。

 プログラムの穴を突いた不正などではなく、その世界の物理演算を誰よりも深く理解し、そこにある仕様の限界を使いこなした者だけが到達できる、超高精度、超高機動の騎乗術。

 小僧たちの言葉で言い換えるならば、こうだ。


 超絶技巧のプレイヤースキル、とな。


 そのことを、小僧や茶髪坊主、金髪ドリルに黒髪幼女らと同じ「バグ・チャイルド」であるお嬢ちゃんもまた、しっかりと理解しているようだ。


 だからこそ、声を挙げねばならぬ、じゃろ?


「この不審者は、バグ利用の害獣じゃないです」


 そうだ。そこだけは明確に否定しなければならぬ、そうしなければならぬのだ、お嬢ちゃんは。

 どうやら、必要なごまかしはしても、いわれなき批判を看過する気などはこれっぽっちもないようだからな。

 そもそも、小僧をメイガスメイズに導いた張本人がお嬢ちゃんであり……くっくっく。


 そう、()()()()()、メイガスメイズに小僧を引っ張り込んだのだ、お嬢ちゃんは。


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