その四人、愉しそうに笑う
部屋が慌ただしくなってきたことに気づいたのか、鉄の塊が山のように積まれた部屋の片隅から一人の小柄な少女……黒髪幼女が、小僧の前に姿をみせる。
フードのついたパーカーを深く羽織る無表情な黒髪幼女が、小僧の目をじっと見つめ……しかし、何も言わない。いや、おそらくだが、伝えるべき言葉を吟味しているのだろう。
なるほど……この黒髪幼女、自分の世界の流れを大切にする重要性をよく理解しておるな。
「……メイガスメイズは計算が綺麗すぎて、退屈なのかなって思ってたけど……ふふっ——」
「ヒナも動画見たのかよ……」
「うん……鉄板土下座、楽しそう……」
ほう、この黒髪幼女、「ヒナ」というのだな。どれどれ、覗かせてもらうぞ…………小僧、おぬしはあれか、こういった幼女をホイホイ引き寄せる何かを放出しておるのか?
黒髪幼女の名は『小鳥遊 雛子』。
九曜学院高等部一年、15歳。
つまり、学年的には小僧や茶髪坊主の一つ下の、少女と呼べる年齢である。
もっとも、小僧の母君に比べれば、その衝撃は少ない……そんなことあるわけなかろうが!
小僧の記憶によれば、この黒髪幼女、現在の身長131センチ……わかるか、小僧の母君よりも更に低いのだ。
つまり……もし、このまま成長が止まるようなことがあれば、小僧の母君すら凌駕する「合法ロリ」が生まれ出でる可能性があるということ。
少し調べたのだが……小僧たちの世界では「ロリコン」と呼ばれる凶悪な魔物が存在しており、「ロリ」と呼ばれる幼女が狙われているらしい。
その中でも特に「合法ロリ」は、きちんとした手順さえ踏むことができれば、婚姻でさえも可能だということで、ロリコンたちから常に狙われている……と、「インターネット」にはそのようなニュアンスで書いてあった……む、違うとな?
ほう……あくまでそれはフィクションに寄りすぎた考え方だと……なるほど、吟遊詩人の歌のようなものか。奴らも大概、面白おかしく脚色しては、歌い広めるからのう。
ふむふむ……ロリコン自体は世間様からは、あまり好ましく思われていないと……なるほど、平和な世の中であるが故の歪んだ発露なのだろう。
おそらく、ロリコンと呼ばれる者らが生まれる原因は、男が生まれた時から有する闘争本能が行き場を失くしたことが問題なのではないか?
そう、平和な世の中が生んだ悲しい生き物、それがロリコン……皮肉なものだな。
儂は、ロリコンとやらが生まれた経緯をそのように推測する……む、どうした小僧、何をくすくす笑っておる?
なんにせよ、平和というのも良し悪しである。小僧、おぬしはきちんと発散するのだぞ?
ところで小僧……黒髪幼女も、この場に馳せ参じているということは、そういうことか?
儂が何を言いたいかを理解しておるのだろう、小僧が軽く頷く……人は見かけによらぬとはよく言ったものだ、まことにな。
小僧から事前に聞いていた話によると、レトロゲーム同好会の面々は、基本的には「N.N.I」で享受するような安全で快適な娯楽には興味がないそうだ。
こやつらが愛するのは、「D.D.D」という名のグレーゾーンなデバイスを通さなければ満足できない加速ジャンキーたちのためにあるかのような「同人ゲーム」や、歪んだ物理演算が牙を剥く旧世代の遺物たる『レトロゲーム』の数々。
だが、昨夜放たれた鉄板土下座、否、「儂ら」の映像は、彼らの中に眠る「変態クソゲーマーとしての本能」を容赦なく刺激していたようだ。
そう、レトロゲーム同好会のメンバーは、その全員が「変態クソゲーマー」であり、それと同時に、小僧の同類であり、同胞。
すなわち『バグ・チャイルド』である。
「——で、実際、どうだったんだ?」
茶髪坊主が端末を置き、興味津々に身を乗り出しては、小僧に詰め寄る。その瞳に、隠しきれない好奇心を宿していることに、小僧も気づいておるようだ。
無理もない……同類であり、同胞でもある小僧が楽しそうにはしゃいでおれば、興味が湧いてしまうのも当然である。
「……思った以上に楽しめるかもな。表面は綺麗だけど、中身も裏側も隙間も結構ガバガバな気がする。昨日、俺が遊んだバイオ・フラスコみたいなとこが他にも結構あるんじゃないかな……そもそも、メイガスメイズも一応は『パノラマシームレス』。アレのデバッグを完璧にこなすなんてのは、どんな大企業でも難しい。で、実際に手抜きがあったってことは、他にも面白そうな粗があるはず」
小僧が淡々と告げたその言葉は、地下室の空気を変えていた、が、それも当然だろう。
小僧たちのような変態クソゲーマーにとって、運営の怠慢や仕様の欠陥といった「粗」は、何物にも代えがたい極上のスパイス、そうであろう?
「……乃亜さんがそこまで言うなら、週末の活動内容、変更してもよろしくてよ?」
繊細な意匠のティーカップを音もなくソーサーに戻した金髪ドリルヘアー少女……うーむ、少々長いな……金髪ドリルが優雅な微笑を浮かべ、同好会の今週末の予定について語り始める。
「当初は『Wild Fang』でいつものようにランカー狩りの予定でしたが……週末は全員でメイガスメイズにインするとしましょう。ただし、パーティを組んでの本格的な活動は明後日、土曜日から」
「だな。乃亜にパワレベしてもらうとか、そんな恥ずかしいことしたくねえし——」
茶髪坊主が首の骨を鳴らし、テンションが上がっているときの小僧によく似た「笑み」を浮かべ、闘争本能を剥き出しにする。
「今日と明日の二日間、各自で勝手にキャラ作ってレベリングしつつ、自分なりのスタイルを探しておく……それでいいな?」
小僧たちの言葉を丁寧に拾うように沈黙していた黒髪幼女が、静かに、そして儀式的とも言える手つきでハンダごてを置いた。
「……賛成。ヒナはいつも通り、魔法とか魔術とか、そのあたりにするの……」
「よーし、決まりだな……乃亜がギロチンブーメランで行くなら、俺は俺で『俺だけの正解』を探さねえとな」
「やり過ぎんなよ?」
「あら、どのお口が言いやがりますの、お不審者さま? オーホッホッホッ!」
金髪ドリルの軽やかな笑い声が、レトロな地下室に響きわたった。
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2076年6月。神ゲーと謳われし大作は、その完璧な秩序の裏側で静かに腐敗し始めていた。
それは、静寂なる秩序という名の停滞。
その分厚い殻を破るのは、結果的に、一人のバグ・チャイルドだけではなかった。
加速した精神の中でも特異な進化を遂げ、歪んだ愛をゲームへと捧げ尽くす『神すら喰らう怪物』たるバグ・チャイルドたちは、『各々の個性』をその手に携え、最新の仮想世界へと足を踏み入れようとしていた。
心底、愉しそうな笑みを浮かべながら——くっくっくっ……儂も愉しみだ。




