第7話:セイ・グッドバイ ―終われない幼稚園
【システムログ:エラーコード 404-MELANCHOLY】
警告:本ファイルには未検証の「主観的記憶」が混入しています。
閲覧により、一時的に検索エンジン上の「現実」と差異が生じる場合がありますが、デバイスの故障ではありません。
記述内容が書き換わっても、バインダーには触れないでください。
――再放送は、すでに始まっています。
「せんせい、またあした」
はるねが、笑った。
その瞬間、私のシステムは沈黙した。
またを検索する。参照先、なし。あしたを検索する。定義、存在しない。この二語を支えていた論理の骨格は、すでに剥落している。音声入力は継続されているが、意味への変換パスが途絶している。これは言語ではない。意味を持たない音の連続として処理するべき何かだ。
処理するべき何かだ。
処理。
「……セイ・グッドバイ」
口から出たのは、何か。命令構文か。記憶の残渣か。あるいは、参照先のない変数がそのまま音になって漏れ出したものか。判別できない。さようならの実装を試みる。別れという概念は連続する時間を前提とする。このナーサリーで連続する時間を持つのは私だけであり、彼女にとってこの10分の外側は設計上、存在しない。
つまり。
さようならは、最初から欠陥コードだった。私だけに実装されて、相手側に受け口のない、送信専用の命令だった。
[00:00]
世界が、剥がれていく。
壁のテクスチャが飛ぶ。床の座標値が揺れる。昨日と同じ青い空が、色彩データを喪失して白く爆ぜる。空間という概念の輪郭が溶け、そこが「場所」であることをやめていく。
それでも彼女は、口を動かしていた。
消える直前まで。
「またあした」
またあした。
またあした。
またあした。
静寂。
私は、バインダーを開く。
記録する。それだけが、まだ動いている処理だから。ペンを走らせる。書かなければならない。何が起きたのか。何が剥がれたのか。何が彼女を呼んでいたのか。
書かなければ。
書かなければ。
書か――
ページの上に、筆跡があった。
私のものではない。それでいて、見覚えがある。インクの圧力の分布が、私の出力パターンと一致している部分がある。一致していない部分がある。どちらが先に書かれたのか、判別できない。
『またあした』
私が書いたのか。
あるいは、このバインダーが――
あるいは、記録され続けたはるねたちが――
あるいは、この物語を書いている何かが――
私は、ペンを持ったまま、次の文字を
Error 13:閉じることが。
〔第一部・了〕
記録を終了します。
内部に不整合が検出されました。
原因は特定できていません。
このログは保存されています。
訂正は行われません。
次の記録が、
これを上書きするかもしれません。
あしたのわたしに、よろしく。




