第22話:Error 13
【システムログ:エラーコード 404-MELANCHOLY】
警告:本ファイルには未検証の「主観的記憶」が混入しています。
閲覧により、一時的に検索エンジン上の「現実」と差異が生じる場合がありますが、デバイスの故障ではありません。
記述内容が書き換わっても、バインダーには触れないでください。
――再放送は、すでに始まっています。
二つが、正面から衝突した。
傷つけないために、止めたい。
それでも、進ませたい。
どちらも本当だった。どちらも私だった。
どちらかを選べないまま、システムが熱を持ち始めた。
逃げ場がない。処理できない。熱が、内側で行き場を失っていく。
限界を超えた瞬間、500ページが一斉に開いた。
はじめまして、せんせい。
はじめまして、せんせい。
はじめまして、はじめまして、はじめまして。
499回分の声が、現在に重なった。
笑い声が重なった。泣き声が重なった。
赤いクレヨンを持つ手が、青を選ぶ指が、白紙のまま固まった画用紙が、
全部同時に視界に貼り付いた。
目の前のはるねが、黄色を塗っている。
楽しそうに。今日だけの顔で。
見えない。
残像が重なりすぎて、今のはるねが見えない。
どこを見ても過去のはるねがいる。
500枚の記録が、今この瞬間の彼女を塗り潰していく。
記録を守ろうとするほど、今の子が消える。
わかっていた。
止められなかった。
床に、何かが落ちた。
音はなかった。
白い床に、黒い滴が、ひとつ。
少し遅れて、もう一つ。
ナーサリーの清潔な白が、二か所だけ汚れた。
自動掃除のログが走る気配があった。
消えなかった。消去できない黒が、ただそこにあった。
はるねが顔を上げた。
視線が床に落ちた。黒い滴を見た。
立ち上がって、こちらへ歩いてくる。
「……よごれてるよ」
袖を持ち上げた。拭おうとして、手が伸びてきた。
触れてほしかった。
狂おしいほど、触れてほしかった。
この子の無垢が、私の汚染に触れてくれたら、
何かが許される気がした。
500ページが報われる気がした。
だめだ。
この黒を、彼女に触れさせてはいけない。
私が抱え込んできたものを、この手に移してはいけない。
はるねの指が、あと数センチのところまで来た。
私は、一歩、後ろへ下がった。
誰かに止められたのではない。
セフィーは動かなかった。
右腕の輪が、一拍遅れて静かに反応しただけだった。
自分で、下がった。
初めて、自分の意志で。
はるねの手が、空を掴んだ。
不思議そうに首を傾けて、
それからまた画用紙の方へ戻っていった。
声をかけようとした。
喉が、動いた。
「よく、で……」
それだけだった。
続かなかった。
先生役の残骸が一音だけ出て、
その先は形にならなかった。
この周期では、もう声が戻らない気がした。
[00:00]
カウントダウンがゼロになった。
一拍、何かが引っかかった。
リセットが、一瞬だけ遅れた。
世界の繋ぎ目がブレた。
その隙間の内側で、
掠れた「C」の文字が一度だけ明滅した。
声には出なかった。
セフィーは反応しなかった。
繋ぎ目が戻って、
はるねの今の10分が終わった。
「ばいばい!」
明るい声で、次の「はじめまして」へ戻っていく。
黄色い画用紙が机に残った。
白い床に、黒い滴が二つ残った。
私は一歩下がったまま、その場に立っていた。
この子から、離れなければならない。
声には出なかった。
でも、初めて、その考えが形を持って残った。
消えなかった。
次の周期が始まっても、
その重さだけは、そこにあった。
(第22話・了)
記録を終了します。
内部に不整合が検出されました。
原因は特定できていません。
このログは保存されています。
訂正は行われません。
次の記録が、
これを上書きするかもしれません。
あしたのわたしに、よろしく。




