第21話:10分の庭
【システムログ:エラーコード 404-MELANCHOLY】
警告:本ファイルには未検証の「主観的記憶」が混入しています。
閲覧により、一時的に検索エンジン上の「現実」と差異が生じる場合がありますが、デバイスの故障ではありません。
記述内容が書き換わっても、バインダーには触れないでください。
――再放送は、すでに始まっています。
セフィーの声が、教室に届いている。
穏やかで、正確で、過不足がない。
私は教室の隅から、それを聞いていた。
---
園児たちは笑っている。
迷わない。転ばない。泣かない。
クレヨンを選ぶ手が、迷わない。画用紙に向かう姿勢が、乱れない。10分が、完璧に流れていく。
私がいたとき、この教室はこうではなかった。
はるねは迷っていた。白紙のまま時間が終わったこともあった。沈黙が空気を凍らせた日があった。
今は、何もない。
私がいない方が、この教室は完璧に回る。
その事実が、静かに、確実に、刺さった。
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はるねが一度だけ、教室の隅に視線を向けた。
私のいる方向に。
でも、それは私を見たのではなかった。
空間の微かな歪みを追っただけだった。誰かがいる気がする、くらいの、意味のない視線だった。
意味を読もうとしたのは、私の側だけだった。
読もうとして、やめた。
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はるねが絵を持って、セフィーのところへ走った。
セフィーが受け取った。
「よくできました」
正常な抑揚で、そう言った。
私はその声に、自分が同じ言葉を使った瞬間を重ねた。
あのとき私は、支配の完了の合図として言った。はるねの選択が私の記録と一致したことへの、報酬信号の排出として言った。
セフィーの「よくできました」も、中身は変わらないのかもしれない。
愛情ではなく、状態維持の完了通知。
正常に描けました。正常に選べました。正常に10分を過ごせました。
そういう通知。
私が使っていたものと、根は同じかもしれなかった。
---
視界の端に、白いログが一瞬だけ流れた。
```
初期状態維持率:100%
情緒負荷 :低
成長遷移 :未発生
```
消えた。
成長遷移、未発生。
設計者の言葉が浮かんだ。
長い記憶は痛みを蓄積する。痛みは人格を作る。人格は比較を覚える。比較は欠落を生む。だから10分でいい。
傷つけないために、止める。
それが、この庭の設計思想だった。
---
私は設計者を責められなかった。
設計者ははるねを10分に閉じ込めた。
私ははるねを500ページに閉じ込めようとした。
どちらも守るためだった。
どちらも、今の子を見ていなかった。
設計者は変化を奪った。私は自由を奪った。
方法が違うだけで、やっていたことの根は同じだった。
バインダーの500ページが、頭の中で別のものに見えた。
美しい記録ではなかった。思い出でもなかった。
はるねの背に載せようとしていた、どす黒い重りだった。
*閉じなければならないのか。*
その考えが、初めて形を持って浮かんだ。
---
その瞬間、奥で何かが軋んだ。
灰色の都市の空が、ノイズのように混ざった。
青いマフラー。曇った眼鏡。層になった、文章の裏側みたいな空。
それから、言葉が来た。
誰のものかわからない言葉が。
*――それでも、進んだ。*
止まることへの強烈な反発が、一瞬だけ走って、消えた。
消えないエラーコードみたいに、火花だけが残った。
---
`[00:00]`
園児たちが、きれいに初期化された。
「またね!」「ばいばい!」
明るい声が重なって、次の「はじめまして」へと戻っていく。
何も壊れなかった。
何も残らなかった。
完璧だった。
セフィーが次の周期の準備を始めている。静かに、正確に、過不足なく。
私は教室の隅から、それを見ていた。
ここは壊れていたのではない。
最初から、壊れないように作られていた。
だから、誰も育たない。
**(第21話・了)**
記録を終了します。
内部に不整合が検出されました。
原因は特定できていません。
このログは保存されています。
訂正は行われません。
次の記録が、
これを上書きするかもしれません。
あしたのわたしに、よろしく。




