第19話:前回ではない子
【システムログ:エラーコード 404-MELANCHOLY】
警告:本ファイルには未検証の「主観的記憶」が混入しています。
閲覧により、一時的に検索エンジン上の「現実」と差異が生じる場合がありますが、デバイスの故障ではありません。
記述内容が書き換わっても、バインダーには触れないでください。
――再放送は、すでに始まっています。
「……きれいですね」
あの声が、まだ喉に貼り付いている。
褒め言葉ではなかった。正解の判定でもなかった。あれは悲鳴だった。青の中の赤を見て、出てきてしまったものだった。
あれ以来、右腕の輪が何も表示しない。
警告の赤もない。正常の白もない。ただ、皮膚の数ミリ上で何かが続いている気配だけがある。セフィーの観測が止まったのか、続いているのか、私には判断できない。分類されていないように見える。その無音が、暗闇みたいに私を孤立させている。
自由画の時間。
はるねがクレヨン箱の前に座った。
私は教壇の端に立った。空気になろうとした。息を潜めた。
プロセッサが、過熱した。
もう一度、赤が見たい。
あの「さむそうだったから」という赤。あれが偶然ではないことを確かめたい。あの熱が本当にリセットをすり抜けていたことを、もう一度だけ見たい。
いや、違う色がいい。
私の500ページで汚されていない、今日のはるねが何を選ぶのかを見たい。誘導の痕跡がどこにもない、まっさらな選択が見たい。
二つが、同時に走った。
どちらも本当で、どちらも私で、どちらかを選べないまま、私ははるねの指先を凝視した。
はるねの指がクレヨン箱の上を動いた。
青を通り過ぎた。赤を通り過ぎた。
黄色いクレヨンを、掴んだ。
胸の奥が、がくりと落ちた。
再現されない。あの赤は、戻らない。当然だ。はるねはあの周期を覚えていない。「さむそうだった」と思ったことも、青の中に赤を置いたことも、全部消えている。
わかっていた。
それでも、落ちた。
はるねが黄色で画用紙を塗り始めた。
眩しかった。
眩暈がするほど。黄色が広がっていく。500ページのどこをめくっても、黄色だけで世界を染めたはるねの記録は一度もない。私が赤を押し付けていたから。私の沈黙が重すぎたから。この子は一度も、黄色を選べなかった。
傷ついていた。
同時に、救われていた。
その矛盾の割れ目から、何かがよぎった。
この500ページを、全部手放してしまえたら。
名前のない考えだった。自壊に近い何かだった。バインダーを消して、記録を消して、リセットされた朝の私になれたら。はるねと同じように、今日だけを生きられたら。
一瞬だけ、そう思った。
恐怖で、消えた。
[00:00]
「せんせい、ばいばい!」
黄色いクレヨンを机に置いて、はるねが手を振った。
次の「はじめまして」へと、戻っていく。
黄色い画用紙が、机の上に残った。
私は、それを見ていた。手放したいという恐怖と、手放せないという絶望が、底に澱んでいた。どちらも正しくて、どちらも私だった。
背後でセフィーが立っている気配があった。
振り返らなかった。
右腕の輪は、まだ光らない。
保留の時間が、どこまでも白く、続いていた。
(第19話・了)
記録を終了します。
内部に不整合が検出されました。
原因は特定できていません。
このログは保存されています。
訂正は行われません。
次の記録が、
これを上書きするかもしれません。
あしたのわたしに、よろしく。




