シェルフィン皇国 埋没 その4
前回に引き続き、モンタディル王国です。
「ふう、美味しかった。今回も見事だね」
「お褒めに預り恐縮です」
『はなみずき』のカウンターをはさんで、言葉をやり取りする。ジェイド先生が肘をつきながらイチを上目遣いで見上げてきた。
「まったく、その腕なら望めばどこでも選び放題なのに、何故仕官せんのじゃ?」
「自由気ままがいいんですよ。縛られるのは性に合いませんから」
「ま、お前さんの場合、真っ先に不敬罪を食らいそうじゃがの」
「あはは、そうですね。それがいやでふらふらしてますから」
「ちっとは地に足を着けようと思わんのか?」
「おや、何故私がこちらに居着かなくてはならないんですか?」
「っ!!」
柳に風と受け流していたイチからするどい切り返しが入った。
「そちらさまの都合に付き合うつもりはありませんよ。無理を言われるなら、縁を切らせてもらいますから」
「…………」
言葉は柔らかいが、要するに拒絶だ。国王の信任を受けているジェイド相手に臆することなく言い切る。
「さて、これがデザートになります。スプーンでどうぞ」
「ほう。さっきのぜりぃ寄せとは違うんだね。豆腐に似ているが」
「杏仁豆腐もしくはミルクかんとも言います。のど越しが良いですよ」
「うむ。確かにつるりと入っていくな。それに添えられた果物が適度に甘くて後を引く」
「これ自体は味が薄いですから、添えたもので調整できるんですよ。お腹にも優しいですから」
「ああ、堪能したよ」
「それは良かったです」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「で? 本日のお題は何ですか?」
「ふ、キミにはかなわないね。さっき先生がへこまされたことがまずひとつ」
因みにジェイドはまだ復活していない。ここから先はセリオスとイチ、二人の攻防となる。
「こちらに店を持て、という事でしょうかね」
「ああ。キュリオス陛下からの要望だね。陛下はここの料理がお気に入りで、もっとしばしば訪れたいんだが、知っての通り自由が利かない。だから、宮殿の中に固定の店を、とおっしゃっておられた」
「そのお話はだいぶ前にお断りした筈ですが。まだあきらめていない、と?」
「無理だね。わかって言っているんだろう?」
「では、こちらが受け入れないこともお分かりになっていますよね。なぜまたそれを……ああ、例の会議関連ですか」
最後にイチが付け加えた言葉に護衛が反応した。
「っ!! 貴様、どうしてそれをっ!」
「クラウス!」
「……はっ、失礼しました」
「相変わらずの忠犬ぶりですね、そちらの方は」
「これはもう、クラウスの持ち味だからね。私は受け入れているよ」
「殿下っ……ありがたいお言葉をっ」
「もう少し柔軟性を持ってもらえればとも思うけどね」
「……」
「撃沈しましたよ、容赦ないですね」
「キミほどじゃないよ」
あははは、と乾いた笑いを上げる。宮殿暮らしで成長したのかもしれない。
良くも悪くも。
「それにしても会議の事を知っていたとは。まだ公にはなっていない筈だけど」
「交友関係は広いですから。外へは一切出しませんけど、情報は必要ですよ。私のようなものは特にね」
「まあ、今回は普通に依頼したい。キミの料理で各国をもてなしたいだけだ」
「おっしゃる意味は分かりますが、陛下にはまだ目的がおありですよね。私が味方に付いている、と思わせたいのでしょう?」
イチとセリオスの視線が絡んだ。
お互いに笑ってはいるが、そこには決闘をしているかのような緊張感があった。
最初に視線を外したのはセリオスだった。
「そこまで読まれていたら交渉の余地はないね。完敗だ」
ふ、と空気が緩む。クラウスが大きく息をつき、ミストも肩の力を抜いた。
「あのきゅう……失礼、キュリオス陛下が何の考えもなく動くとは到底考えられないでしょう?」
「そういえばキミは陛下を見知っているんだっけ。そっか、その点を考慮していなかったから、読み負けたか」
まだまだ慣れないな、そう言いながらセリオスはコップを傾ける。
おかわりの茶を注ぎながら、
「それにしても、今回は随分相手を警戒されてますね。会議の情報が入ってきたのもつい最近ですよ」
「決まったのが最近だからね。逆に新鮮すぎる情報をどうやって得ているのか、こちらが聞きたいくらいだ」
「そこはお互いに秘密、という事で」
片目をつむりながら人差し指を口の前に立てたイチに、セリオスは苦笑する。
「キミの方が有利な取引だね、それは」
「あははは、そうですかね。何しろ吹けば飛ぶような個人経営ですから、しっぽは何本も持っていないと危なっかしくて」
「逃げ道じゃなくてしっぽ、と来たか。君ってもしかして爬虫類の血筋かな?」
「さあ、どうでしょう?」
煽るような言い方をするりと躱して微笑みかける。そのやり取りを横目で見ながら、ジェイドは無言のまま茶を含んだ。
「ふふ、キミとの会話は勉強になるし楽しいからもっと続けたいんだけど、時間も押してきたね。では最後の案件だ。これは私個人のものだからそう構える必要もないと思うよ」
「おや、それはそれは。あまりあてにできない情報ですね」
「そうか? 簡単なことだよ。私と友達になってほしい、って事だから」
「「「「は?」」」」
期せずして、セリオスを除く他全員の声がハモった。
「あれ? 何かおかしなこと言ったかい?」
「で、殿下、こいつと、と、と、友達に、なりたい、と?」
どもって聞き直すクラウスに笑顔で答える。
「そうだよ。でもこいつ呼ばわりはいただけないねクラウス。せめて彼、とかその人、辺りにしてもらえないかな」
友達をこいつなんてねぇ、とあろうことかイチへ話を振る。
「おかしなものは入れてなかった筈ですが、何かに当たりましたかね、先生?」
「さあて、ワシは特に変わっていないから、普通じゃったろ? これは殿下の問題じゃな」
「なるほど」
「当たった、とは! 貴様ぁ、何を殿下に食べさせたぁ!」
「ああ、また始まった」
「? 何が始まったんですか、先生?クラウスさんが叫んでいる事ですか?」
「ミスト君はまだ日が浅いからわからんじゃろうが、殿下のことになるとクラウスは他が見えなくなって暴走するんじゃよ」
「あ、はあ。だから店主さんを捕まえて騒いでいるんですね。あの、店主さんを助けなくていいんですか?」
見ればクラウスに襟元をつかまれて怒声を浴びている。当の本人はうるさそうに耳栓をしているが、クラウスはそんな様子にも気が付いていない。おまけに、とミストは気が付いた。あれだけ掴まれて揺すぶられているにもかかわらず、店主は顔色一つ変わっていないのだ。なんのダメージも受けていないから、平気でやらせている、そんな感じに見えた。
「いい加減にしないか」
セリオスの一言でピタッと止まり、元の席に座る。まるで躾の行き届いた犬だ。ミストは思わず吹き出しかけた口を抑えた。
「クラウス、あまり暴走すると庇えなくなるよ。加減を覚えるように」
「はっ」
「たびたびすまないね。この詫びに友達になってくれないか?」
「話の流れがおかしいですよ、殿下。普通は頭を下げて終わりでしょう?」
「それで終わったら最後じゃないか。私はどうしても友達になってもらおうと思ってるんだから何でも利用しないとね」
「はぁ~、殿下のしつこさはキュリオス陛下とそっくりですよ。わかった、分かりました。友達ですね、承知しました」
「うん、よかった」
疲れた表情の店主と満面の笑みで輝く殿下を見比べて、ミストは思う。このふたり、結構いいコンビなのかも、と。
『はなみずき』のランタンが風もないのに揺れていた。
読んでいただき、ありがとうございます!
次はシェルフィン皇国に戻ります。




