シェルフィン皇国 埋没 その2
「ごめんなさいね、受付でちょっとトラブルがあったものだから」
「いえいえ、連絡なく来たこっちが悪いんですからお気になさらず」
「そう言ってもらえると助かるわ。それでなくともあなたにはよくしてもらってるし」
「という事は、あの人たち、無事に居ついたんですね」
「ええ、もう充分に」
そう言って席に着き、紅茶を一口含むハシュミル。
「そうですか。良かったですよ。ホッとしました」
「あら、あなたがそんなに気に掛けるなんて珍しいですわね?」
「そりゃ、いきなり環境が変わるってのはストレスの元ですよ。気の小さい人には特にね。あのご主人はそういうタイプみたいだし」
「ふつうはそうでしょうね。でも、シンシルの環境が良かったのかしら、すぐに馴染んでくれたわ」
「ああ、好きな仕事絡みならそうですねぇ。やっぱり心配しすぎたみたいです」
そう言うと照れたように頭をかくイチ。
「シンシルにとってはとてもありがたい人材だわ。魔獣が嫌がる波長なんて考え方、思いもしなかったんですもの。今、研究所ではすごく盛り上がっていて、いろんなアイデアがあとからあとから出てきていて。取り纏めをしている庶務の女の子が悲鳴を上げてるって噂よ」
「おやおや、大変な騒ぎですね。恨まれてるかもと思ってたんですが」
「その子たちには言われるかもね」
「それは勘弁してほしいです」
アハハ、オホホと笑いあう。話が一段落したところで、
「ところで今日はどういった要件なのかしら。あなたがわざわざここまで足を運ぶような、とんでもない出来事は起きていないはずなんだけど?」
「どういう意味ですかね、それは。第一番はあの人たちの確認ですよ。アフターケアも無しに新天地へ送り込んじゃいましたからね」
「あら、あなたがそれほどまでに気を配るなんて初めて見たわ。よっぽど気に入ったか・・・」
そう言いながら急に顔を寄せてくる。ほのかに香水の香りが鼻先をよぎった。
「何か弱みを握られたか、のどちらかと考えるのは私だけではないはずよ」
「いやですねぇ。ささやかな気遣いをしただけですよ? 何もありませんって」
「あら、そんなに良い人だったかしら、あなたって」
「ご挨拶ですねぇ、それは」
たはは、と頭をかく相手を、目を細めて見やる。
こうしてみると、言葉通り裏表などないように見えるのだが・・・
(油断できないのよね、このタイプの人間は)
ギルドの受付として、多数の冒険者を見てきたハシュミルの経験が囁いている。
この男を甘く見てはいけない。最大限の用心をして、その上で譲歩すべきところ押すところを見極めないと、とんでもないことになる。ましてや手を出そうなどとしたらどうなるのか。お先真っ暗、で済めばよい方ではないのか。
かなりとんでもないが、それくらい危険視しておくのがいい、とハシュミルは考えている。
「ああそうだ、ひとつお願いしたいことがあるんですが」
イチが発した言葉に、ハシュミルの意識が立ち戻る。
「あら、何かしら。私で融通できることなら考えてもいいんだけれど?」
「ハシュミルさんならできますよ。いや、ハシュミルさんだから、かな?」
その言い方に、ハシュミルの中で警戒度数が一気に跳ね上がる。
「いいから言ってごらんなさいな。聞かないと分からないし、ね」
そう言いつつも、聞かない方がいいかもしれない、と心の一部が焦っている。
「そりゃそうですね。では」
何を聞いても驚かない、焦らない、と言い聞かせてハシュミルは構える。
「この国の国立蔵書館、あそこの閲覧許可を頂けないかな、と」
「え、えつらん、きょかぁ?」
思ってもみないお願いに、思わず片言で聞き返す。
「そうなんです。あそこは国民以外に許可を出していないと聞いたもんですから。無理ですかねぇ?」
「あ、ああ、確かに、原則は国民、ですから、ね。そう、なん、ですけど…」
「ん? ハシュミルさん? なんかおかしいですけど、大丈夫ですか?」
「エ、ええ、大丈夫、大丈夫よ。ちょっと思っても見ないお願いで、ね」
「そんなにおかしかったですかね、普通でしょ?」
「あ~、まあ、研究者だったらよくある事ですけど、どう見てもその手のお話に興味なさそうだし。第一、料理の本は置いてないはずだけど・・・」
「そう見られてましたか、それはそれは。確かに料理は関係しませんものねぇ」
たははは、と笑った後、まじめな顔になる。
「ハシュミルさんが何を警戒しているのかわかりませんが、純粋に好奇心からですよ。この国の成り立ちの神話とか、そういうものを読んでみたいんです」
「良ければ理由を聞かせてもらえるかしら?」
「オレの出身地でも似たような話があるんです。大陸ができたとか沈んだとか、ね。だから、どこがどう似ているのか違うのか、確かめたかったんですよ」
「へえ、そんなこと初めて聞いたわ。他でもそんなことってあったのね」
やや体勢を立て直したハシュミルが頷く。
「ここでの出来事は史実に基づいていますから、現実に起きたことだと認識できますよね? オレの知っている話は時間の壁が厚くて本当にあった事なのかすらわからないんです。おとぎ話に近くって」
「そうねぇ。あと、そうね100年もすればそうなるかもしれないわね」
「でしょう? だから、実際にはどういう経緯で起きたんだ、とか、その様子を知りたいんです。許可、取れますか?」
「う~ん。そうね、確認してみましょうか。蔵書館への出入りを管理している神殿に打診してみるわね」
「そうしてもらえると助かります。じゃ、お願いしますね」
今日はこれで、と席を立つイチ。
「時間をもらえるかしら。そう、2日後に来てくれたら結果がわかるわよ」
「2日ですね。承知しました」
会釈して部屋を出ていく。扉が閉まり、気配が消えたのを確認して、ハシュミルは大きく息をついた。
「は~っ。どんなことかと思って構えてたら方向違いのお願いとはね。寿命が縮むかと思ったわ」
シードラゴン相手でもひるまなかった自分だが、アレの相手は心臓に悪い。
「他のギルド長も関係を持っているらしいけど……できればウチは勘弁してほしいわね」
連れてきた人材は重宝してるけど、どんな爆弾が出てくるかわからない、そんな物騒な人間は必要ないな、と心から思う。
「この国は穏やかに過ごしたい人が多いんだけどね……」
ついつい出てしまった繰り言は部屋の空気に溶けていった。
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