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過去との邂逅 その5

今日のハジメ君は容赦ないです。

「あんたが子供を捨てたその時に、相続の権利も何もかも捨てたんだよ」

「な! そ、そんなことある訳がない! 俺は! 俺はっ!」


 錯乱して喚く男を見つめるオレの眼は、どんな色をしてたんだろうか。相変わらずの高速タッチでキーボードを操作する海斗が、隣りから気づかわし気な視線を寄こしてくる。


 ここまで来たんだ。伝えるべきことはほかにもある。

 俺は次の書類を広げた。


「次。これは公正証書だ。じいちゃんがなくなる前に作成してた。読んでみろよ」

 弁護士先生の前に突き付けてやる。


 流れが変わったことに気づいたんだろう、嫌そうに取り上げて読みだしたが、すぐに顔色が変わり、二度三度と読み返す。顔色が一段と悪くなった。

 それに目を止めた男が先生にすがる。


「な、なあ、群治先生よぉ、俺が相続人だろ? 遺産、俺んところに入ってくるんだろ? なあ、なあってばよぅ!」

「う、うるさい!」

 つかんできた腕を振り払い、先生はオレに目を向けてきた。

「こ、これは、本当に、作成されたものですかな? ただ、形式を真似したもの、ではないんですな?」


 ここに来て何を言い出すのか、このセンセイは。


「弁護士先生なら公正証書の形式、ご存じだよな? 後ろに公証人の証明があるのも判ってるはずだよな? そしてそれを偽造することがどれだけの罪になるかってのも?」


「!!」

 ぶるりと大きく震えた先生の様子に、疑いを覚える。このセンセイ、裏で今言ったことをやってるんじゃなかろうか。


「ちなみに、その公正証書で相続手続きを済ませてる。この弁護士事務所でね」

 事務所の名前入りの封筒を指し示すと、目をそらした。


 あの時に関わった事務所では誰もが忙しくしていたが、親切に指導もしてもらえた。あれが本来の姿だと思う。大部分の弁護士が真っ当に仕事をする中、こういう輩がせっせと評判を落として回ってる。本当に、信頼はあっという間になくなるからな。


「そこに書かれてある通り、遺産はオレ、佐久和肇が相続した。これに文句をつける奴は法治国家において存在しない。そうだろ、弁護士先生?」

「…………」

「そ、そ、そんな、そんなことが! ぐ、群治先生っ! 何とかしてくれっ!」

「……………」

 腕をつかまれ、揺さぶられながらも、先生は沈黙したまま。そりゃそうだ、何も言えるはずがない。


 と、何かに気づいたように奴が顔を上げる。

「そ、そうだっ、戸籍! 戸籍を復活させれば、俺は、佐久和聖になれる!そうすれば、相続の、権利が!」

「無理だよ、それは」

 声をかけた。優し気に聞こえる声で。


「何故だっ! ぜ、全太郎の息子なら、最低の権利が! そうだ、遺留分があるはずだ!」

 驚いた。こいつに遺留分の知識があるとは思ってもみなかったよ。

 民法の中の相続の規定にある『遺留分』。法定相続分の半分は最低の権利として認められている。


 けれど、それももう詰んでるんだ。


 弁護士先生が重い口を開いてしゃべりだす。

「佐久和さん…その遺留分が養育費に充てられているんだよ」

「は? よう、いく、ひ?」

 言われた言葉が理解できていないのか、片言で繰り返す。


「あんた、ずっとここに帰ってこなかったんだね。だから全太郎さんが肇さんを育てたんだよ。それこそ、この年になるまでずぅっと。遺留分はその養育費に充てる、と、この公正証書には書かれている」

 弁護士先生の指が公正証書の中の文章をたどって見せる。言われるままに目で追っていた奴の眼がこれでもかというくらいに見開かれた。


「こ、こん、こんな、馬鹿なっ!」

「だから言っただろう? 子供を捨てた時点で、あんたはすべてを捨てたんだ、と」

 オレの言葉にとどめを刺されたんだろう、全身が弛緩して座り込んだまま、ガタガタと震えだした。

 そんな姿を目にしても、オレの心は動かなかった。


 弁護士先生に目を戻し、

「これが現状だ。何か問題でもあったか? 専門家のあんたから見て」


「いや。滞りなく済んでいる。崩しようがない」

 そう言いつつ、ちらちらと事務所の封筒へ目をやっている様子に、嫌な予感を覚えた。

 ここは最後にひとつ、かましておかないと禍根を残すことになりそうだ。


「何にしても、これで私の用件は終わりですな。これで失礼する」


 タクシーを呼んで到着する間、公民館の前で雑談する。本当はさっさと消えたかったが少しの辛抱だと自分に言い聞かせた。


「先生、もう二度と会うことはないでしょうから、一つ忠告しておきます。今日の話を元に何かしでかしたら保証はしませんよ」

 地位とか、命とか。

 かなりいろいろ伏せて話したが、相手は気づいたようだ。口に出さず、表情だけで睨み返してくる。

 ・・・この若造が脅してくるとは! とでも思っているんだろうな。


「冗談で済むうちにやめた方がいいですよ。怖い思いをする前に」

 後は本人次第、自己責任にしてもらおう。これで義理は果たしたからな。

 見覚えのある車体が遠くから走ってくる。オレは足元にうずくまっている男を見た。

 これで縁切りだ。

 やっと。





読んでくださり、ありがとうございます!

前のお話もそうですが、現行の法律の詳しい規則と違うかも

知れません。

あくまでも作者の妄想としてお読みください。

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