シャンガリアン共和国 氾濫 その9
「という状況になったみたいだね、あちらは。ご感想は?」
「え、うぇっ?」
「ノルン君、はっきり言う。ゴメンねえ、イチの兄ちゃん。ノルン君は頼まれると嫌と言えない性分でさぁ、これまでも厄介事が多かったんよ」
「……何というか…予想外の展開だな」
エリシスさんが強すぎて、とは声に出せずに苦笑いするイチ。
ツェルントの東端にあるピュリケイトの街。
そこの宿屋に、彼らはいた。
イチと、ノルンと、エリシスとピア。
あの後3人を回収(?)してここへ飛んできた。
事情と経緯と現在の状況を説明したら、あまりの展開にノルンが壊れた。
呆然自失となった彼を正気にしたのは意外にもエリシスだった。
「あの時言ったよね? 知られたらどんなことになるのかちゃんと教えたのに、聞いてなかったのかな? この耳はどんなフィルターかかってるんだろうね~?」
「い、痛たたたっ、リシー、引っ張らんでくれっ!」
「牢の番人さんがこっそり差し入れてくれてたからまだよかったけど、本当ならもう死んでたんだよ、アタシたち。それ、わかってるの?」
「リシー! わかった、よくわかったからっ、勘弁してくれぇっっ!!」
床に正座させて、耳を引っ張りながら笑顔で叱るエリシスは怖かった。
「という事で。迷惑かけちゃったわね、イチの兄ちゃん。うちのノルン君がバカやってさ」
「なかなか見事な叱りっぷりだったね?」
土下座から足がしびれてぶっ倒れたノルン君をぐりぐり踏みつけながら宣言するエリシス。その笑顔が迫力ありすぎで、イチの顔も引きつっている。ちなみにピアはそばのベッドでぐっすりだ。
「ったく、ノルン君もこれで懲りたと思うから勘弁してやってよね」
「ノルンさん、返事がないけど生きてるの?」
「…な、なん、と、か……」
そこでもう一度状況を整理したら再度ノルンが壊れて、エリシスのお説教が入り。
今現在、ノルンの両耳は真っ赤にはれ上がり、さながらエルフである。
「ノルン君のご先祖にはドワーフが居たみたいなんだよ。えるふ? 居たのかなぁ?」
とはエリシスの言である。
「あれはエリシスさんのお説教の賜物だと思うけど?」
「いっやだぁ、イチの兄ちゃんったら。冗談がうますぎるぅ!」
「冗談で流された……」(ノルンぼそっ)
「機械は始末したからもう大丈夫だけど、それよりも今後どうしますか?」
「え? アタシたちの今後って?」
ピアのベッドに座りながらエリシスが言う。その足元に正座したノルン。
「少なくとも、お貴族様に睨まれてるんです。ここでは生きにくいでしょう?」
「ん~、確かに」
「で、でも、どこにも行く当てはなくて」
「何なら、別の国に行くって選択肢、あります?」
「「別の国?」」
「海を渡った先にあるところです。どうしますか?」
2日後。
「こんにちは、リリカさん。ギルマスにお願いします」
イチがトートーの冒険者ギルドに現れた。
「イチ様、お待ちしてました。昨日から首を長くしてますよ、どうぞ」
すぐさまリリカが先導に立つ。前回と違い、イチを見かけた誰もが笑いかけ、話しかけそうにしていたが、リリカのひと睨みで引き下がっていた。
「どうやら落ち着いたようですね」
階段を上がりながら問いかけると、
「ええ、おかげさまで。一時はすごく大変でしたが、夜に入ったら急に魔獣が逃げ出し始めて、それから楽でした。いつもはもっと時間がかかるのですけど」
「なるほど。『氾濫』にも種類があるんでしょうかね」
「何とも言えませんわ。……ギルマス、イチ様がいらっしゃいました」
「おうっ、イチ! 待ってたぜぇっ!」
中ではローガルトが山のような書類をさばいているところだった。
「お邪魔するよ、ローガルト。どうやら無事に乗り切れたようだね」
「おう、何とかな。おめえの情報のおかげで早めに対策出来たのがキマってよぅ、こっちの被害を最小限に抑えられたのが一番だ。あんだけの勢力だってのに、終わってみりゃ街の壁の一部が壊れたくらいで済んだんだからな。助かったぜぇ」
「そう言ってもらえるとこっちも持ってきた甲斐があるね。で、その山は?」
「こいつは後始末って奴だ。中央の偉いさんへの報告とか、街周辺の被害状況だとか、隣り街への行商通路の再開とか。『氾濫』で止めていた諸々の手続きを解除したり再開したり停止したり、とにかく日常へ復帰させるための処理なんだが……正直うんざりする。どっかから湧いてくるんじゃないかと疑いたくなるぞ」
「馬鹿なこと言わないでくださいギルマス。全部必要な事なんですから」
お茶の支度を整えてきたリリカがぶった切る。テーブルに並べつつ、
「今まで私に任せっきりにしていて今更泣き言を言わないでください。これでもかなり絞って持ってきているんですから。何なら、回ってくる書類をすべて持ち込みましょうか?」
「わ、わかった、わかったからやめてくれ。これ以上増えたらオレぁ、書類に潰されちまわぁ!」
「では大人しく仕事してください。イチ様はこちらをどうぞ」
「ありがとうリリカさん。これはオレから差し入れです。よかったら下の皆さんで召し上がってください」
そう言ってリリカに渡したのは大きな箱だった。
「これはなんですか? なんだか甘い香りがしますが」
「『おはぎ』もしくは『ぼたもち』と故郷では呼んでますね。小豆豆を煮て、モチゴメを丸く包んであります。故郷ではおめでたい時に作るんですが、皆さんがおにぎりを結構好まれたことと併せて、『氾濫』を乗り切ったお祝いにと作ってきましたよ」
「まあ、それはお気遣いいただいてありがとうございます。さっそく配ってきますので失礼しますね」
いそいそと出て行ったリリカを見送り、正面を見ると。
「ローガルト……なんで泣きそうな顔しているんだい?」
「オレの分はないのか? イチ、ひでぇだろ、それはぁ!」
「キミは甘いものが駄目じゃなかったっけ? 前に『お汁粉』を食べた時、気絶する一歩手前だったじゃないか」
「そ、それはそうだけどよ! こういうのは一律ってのが決まりみたいなもんじゃないか! 俺だけ除け者って、どんな罰げえむなんだよっ!」
うずたかく積まれた書類の間から恨めし気に涙目でにらむ狼獣人。ホラーなんだかコメディなんだかよくわからない絵柄に、思わず吹き出す。
「はいはい、そう言うと思って、キミにはこれを持ってきたよ。とりあえずはこれだけね」
別の包みを開けて目の前に突き出す。途端にしっぽがばさりと揺れた。
「こ、これは『じゃあきぃ』! やったぜぇぃ!!」
もぎ取るようにつかむと、口に放り込む。顔がへにゃりととろけた。
「うンまぁい! おめえの『じゃあきぃ』はいつ食べても最高だぁ!」
「お気に召してうれしいよ。もうひとつどうだい?」
「もらうっ! うまぁぁっ!!」
そこへ戻ってきたリリカ。土砂崩れしたギルマスと苦笑しているイチをみて状況を理解したらしい。
「あらぁ、ギルマスが使えなくなったじゃないですか。イチ様、あまり甘やかさないでくれますか」
「あはは、すみません。ローガルト、リリカさんに叱られたから退散するよ。この残りは後でリリカさんからもらうんだね。じゃ、これで」
『じゃあきぃ』の残りをリリカに渡し、帰ることを伝える。
「もうお帰りですか、イチ様?」
「せわしくて申し訳ないけれど、いくつか早急に片付けないといけないことがあるので、ゆっくりできないんです。もし何かあったらギルド経由で『はなみずき』まで連絡をくださいな。都合が付けばまた来ます」
「わかりました。お気を付けてお帰り下さい。それと、今回の情報の件、本当にありがとうございました。ギルドを代表してお礼申し上げます」
その場で深々と頭を下げるリリカに軽く手を振り、扉を抜ける。バタンとしまった扉にもう一度礼をして、リリカはギルマスに向き合った。
「……前に言いましたよね。今度イチ様に会ったらちゃんとお礼を伝えるようにって」
「い、言ったよ。助かったって伝えたさ」
「ギルマスの感謝はそんな軽いものだったんですか? あれだけの魔獣を相手にして軽微な被害で済んだのに、『助かった』の一言で済ませたんですか? それでも冒険者ギルドのトップだと胸を張って言えるんですかっ!!」
スパコーン!
「おごぉっっ!!」
「反省してくださいっっ!!」
書く前と後でキャラが変わりました。誰とは言いませんが、どこかの奥様が。
うそ~ん、と言いたくなりましたが・・・ハァ。




