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シャンガリアン共和国 氾濫 その8

『氾濫』を計画した人族のお話。

ある意味黒幕ですね。

 シャンガリアン共和国、ツェルントにあるコーラントスの街。

 領主であるサイモン・コーラントスの屋敷では、ひと騒動起きていた。


「探せっ、草の根分けても探し出せっ!」

 騎士団の長と思しき男が声をからして騎士たちを叱咤する。


 屋敷の中のあらゆる場所、空き部屋、倉庫、馬小屋、下男部屋まで入り込み、影という影、隅という隅を洗いざらいひっかきまわし、叩きまわって走り回る。

 ひっきりなしに門の内外を騎馬が駆け抜け、街の大通りを走っていく。平民は誰もが不安そうな目で見送り、家の中に引っ込んでいく。夕暮れ前というのに、コーラントスの街は馬のいななきや蹄の音、荒々しい武具の鳴り響く、戦場のような荒んだ雰囲気に閉ざされていた。



 その領主邸、応接室には、何人かが重苦しい顔で座っていた。


「では、ノルン技師は見つからぬと、そういうことだな?」

 重々しい声で確認したのは領主の右腕と言われるカイザス。いつもサイモンの後ろに付き添い、護衛の役目も果たしている。判断力もあり、領主の意向を短い言葉で察して実行に移す、影の支配者とも呼ばれている。

 ある意味、サイモンよりも恐れられている男ではあった。


「は、今のところ、領主邸のどこかに潜んでいるとは思えませぬ」

 答えたのはコールトン。騎士団長を拝命していて、先ほどまで声をからして捜索を先導していた男だ。

「今は街のなかを捜索しております。ですが、門番は、今日はそのような風体の者が通ったことはない、と申しておりました」


「ふん、門など通らずとも、塀を乗り越えれば済むことだ。貴公の警備が甘かっただけではないのか」

 毒舌を吐いたのはリザレント。この男、領主の弟にして、現在継承権第一位ではあるのだが、素行が悪く問題視されている。本人もそのことを自覚しており、事あるごとに有能な者を蹴落とそうと粗探しをしている。今も、騎士団長を蹴落として優位に立とうとかみついているのだ。


「その可能性も考慮して、周辺の住民及び塀の内外も捜索しました。が、人ひとり通り抜けられるような場所も、塀の上の痕跡も何も残っていませんでした。故に、門からしか外へは出られぬのです」

「そ、そ、そんなことはあるまい。痕跡など消せるし、魔術で透明になるなど方策はあるだろうが!」


「ほう、魔術が使われたのを感知できぬ私が悪い、とリザレント殿は言われるのか」

「い、いや、そういうわけでは…」

「どういうわけですかな、理由をお聞きしましょうか」


 口を開いたのはゲリュン。王都から使わされた魔術師で、魔界林の遺跡への往復の際には、魔獣を防ぐ防御陣を張れる優れた使い手でもあった。その使い手の腕を疑うようなことを発言してしまったリザレントの顔色が悪くなる。


 その時、最後の人物が口を開く。

「いい加減にしろ、リザレント。人のあらを探す暇があったら、お前自身のあらを少しでも削る努力をすることだな」

「あ、兄上、それはどういう……」

「事細かに言われなければお前は分からぬのか。そのようなことでは将来の展望も少しばかり違ってくるやもしれぬぞ」

 言外に継承権の剥奪を匂わせて皮肉るともはや言い返しもできずに黙り込む。それだけの器でしかないのだと、周りにいる者たちには明瞭に認識できる状況だ。


「ゲリュン殿。このようなそこつ者故、そなたを貶める意図を持っていたわけではない。だが、そなたの腕を疑うような発言であったことは事実だ。そのことは兄として謝罪しよう、すまなかった」

 言葉と共に軽く頭を下げる。領主として許される範囲で最大限の謝辞に、

「頭をお上げください、サイモン殿。貴殿の誠意、確かに受け取りました」


「かたじけない。ゲリュン殿の功績は誰が見ても明らかであり、心から感謝申し上げる。このうえは今しばらくの助力をお願いしたいのだ」

「もとより承知しております。我が主の、いや人族すべての悲願を達成することが私に課せられた使命とも心得ております故に、ご心配は無用に存じます」

「ゲリュン殿のお志の高さに感服した。重ねて感謝申し上げる」


 弟の失敗を兄が取り繕い、その場は穏便に流れた。

 だが、これもひとつの布石であり、リザレントの失脚を裏打ちする材料となっていることを知らぬのは当の本人だけだ。


 その後、打ち合わせを終えて執務室に戻った領主。後ろにはカイザスが控えている。

「カイザス、状況は」

「良くありませんな」


 打ち合わせの時と違い、はっきり答えるカイザス。ここはサイモンと二人きり、曖昧に話す必要など無用だ。

「技師は見つからず、痕跡もない。おまけに、地下牢にいた家族も姿を消している。もっとも、あの憔悴ぶりでは早々に死体となってどこかに転がっていてもおかしくはないが」


「ふむ。協力者の有無はどうだ」

「今のところ見当たらない。かなりきつく取り調べたが、牢番もそこに詰めている兵士も何もわからぬようだ。上の方針に逆らって食べ物を差し入れていたことは白状したがね」

「まあ、そのくらいは見逃せ。では、技師の方は」


「こちらは皆目見当もつかない。部屋に入れてからはいつも通りだったが、いきなり叫び声がして、戸を開けたらいなかった、窓が開いていたため、飛び降りたかと下を見たが、その形跡もなかった、と、報告の通りですな」


「こちらも何もなし、か。まるで雲か霞のように消えたと言わんばかりだな」

「ご冗談を」

「冗談にしても質が悪すぎる。どこの誰が横やりを入れてきたのか、きっちり調べて制裁を加えねばならん。頼むぞカイザス」

「仰せのままに」



 その夜。遺跡にて爆発が起こり、その揺れはコーラントスの街にまで届いた。


「なにっ!? 機械が遺跡に落ちて爆発した、だとっ!?」

「はっ。土台が割れて落ち込んだ後、衝撃で……」

「何たる失態をっ! そのミスをした者はどうしたっ!」


 ギリギリと歯をかみ鳴らし、サイモンは形相を変えて怒鳴りつけた。

「いえ、あれはミスではありませんっ。土台の石がひび割れて落ちたんでありますっ!」

 報告を持ってきた騎士も、自分の命がかかっていることもあって必死に弁明する。


「も、もともとあの遺跡は古く、かなり脆くなっていたでありますっ。あの機械の重量を支えることは難しかったかとっ!」

「……っっ!!もうよいっ! 出ていけっ!」

「は、ははっ、し、失礼しますっ!」

 飛び上がるように出て行った騎士の後姿をにらみながら、サイモンはギリギリと椅子の肘を握りしめる。


「こんな、こんなはずではなかった……くそっ、閣下に何と言って報告すれば……」

 その時ノックの音と共に入ってきたのは白いローブ。

 みれば、出立の用意をしてきているようだ。

「ゲリュン殿、いかがされた?」


「私の役目は終わったようだ。なので、帰還の挨拶をと思い参った次第」

「な、何を…!?」

「魔獣を操る機械が壊れ、技師は失踪。これ以上の成果は見込めぬと思うが?」

 愕然としたサイモンに冷ややかな声で告げるゲリュン。


「速やかに帰還し、我が主に事の次第を報告する。貴殿の処遇はそのあとに下されよう。では、失礼する」

「なっ、待って……っ!」

 言葉半ばに立ち上がったサイモンを顧みることもなく、ゲリュンは部屋を出ていく。扉の閉まる音がサイモンとゲリュンの縁を切るかのように響いた。


 なすすべもなくサイモンは立ちすくみ、部屋にひとり取り残される。


「くっそぉぉ……っっ!!」


 やり場のない怒りの拳が執務机に振り下ろされ、ひびが入った。




軽くざまぁさせていただきました。

この続きは読んだ方のご自由に・・・。

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