シャンガリアン共和国 氾濫 その7
『氾濫』の元凶とご対面! です。
「あれを壊さないと『氾濫』は収まらないって寸法だな、こりゃ。どうしたもんか…」
すると、いきなり映像に何かが割り込んだ。
訓練された動きと身に着けている装備から、どこかの軍隊か騎士団のように思われた。彼らは機敏な動きで周囲に展開し、警戒する陣を敷く。
その完成を待って、警護されていた馬車から降りてきたのは、白いローブを身にまとい、身の丈ほどの杖を持った魔術師と思われる男と、小柄な軽装の男。小柄な男は小脇に荷物を抱えていたが、機械の横に座ると荷物を開け、中から工具を取り出して調整を始めたようだ。もうひとり、がっちりした体格の男は辺りを見回している。護衛のようにも見えたが、服装はかなりな上物だ。
ローブの魔術師は杖を地面に打ち付ける。打ったところから光が同心円のように広がり、騎士団の張った陣ごと包んで消えた。
「あれは防御の魔法か?」
『そうですね。人としてはかなりの使い手かと。まあ、私の『目』を潰せない程度の術です』
「お前のあれこれをどうにかできる奴はそうそういないよ」
呆れた問答を繰り返すうちに、機械の調整を終えたのだろう、小柄な男が最後に降り立った男のところへ行って話し出す。
「ロット、あいつらが何話してるか聞けるか?」
『お任せを。……定点移動、集音起動、開始。始めますマスター』
『……ザス様、これで最終の調整は終わりました。後は魔石の交換で継続します。お約束通り、妻子を返してください』
『そうか……だが、念のためにもう一度だけ付き合ってほしい。後2日後に見に来て変わりなければそこで約束を果たそう。これは我が主の大事な作戦なのだ。失敗させるわけにはいかないのでな』
『お約束が…分かりました。後一度ですね? それが済んだら私は妻子ともども国を出ます。誰にも言わず、ここでのことは墓までもっていきます』
『うむ。おぬしのことは信じておる。では戻ろう。ここは魔獣が居ないとは言っても、大森林の中なのでな、落ち着かん』
それきり、3人は馬車に乗り込み、騎士団の整列を待って引き上げていく。後はまた以前のように静かになった。
「…………」
『マスター? どうしました、マスター?』
「あれは、もう、危ないの一言だろ。あの人自分も家族も首絞められてるのわかってるのか? 死ぬぞ、家族もろとも」
『そうでしょうねぇ。逃がす気なんてないようですし』
「これって獣人と人族の軋轢が再燃ってことだろ。やっぱり簡単にはいかないか。ロット、あの馬車はいつごろ着く?」
『……あと2時間と23分38秒後に玄関に到着します』
「あいつらの家に先回りして妻子とやらを探そう。それ次第で行動が変わるからな」
方針を決めたイチにロットは答える。
『了解しました、マスター』
機械技師ノルンは焦っていた。今更のように、自分が作り上げた機械を叩き壊したかった。
ノルンはシャンガリアン共和国の南の地域、ツェルントにある領主街で技術屋をしていた。いわゆる町の便利屋みたいなもので、水道のつまりからどぶの掃除、馬車の調節に魔道具の修理手入れ一式を請け負ってきた。
本人は機械をいじるのが好きで、趣味が高じて仕事にしてしまった感があった。それでも好きな機械に触れていられるため不満もなかったのだが、ふとしたことで自分が組み立てた魔道具で魔獣を操れることに気づいてしまった。
幼馴染で妻のエリシスに相談したら、『それは誰にも言っちゃダメ!』と怒られたのだが、魔道具の手入れに通っている貴族の家で何気なく口にしたところ、顔色を変えて詰め寄られ、挙句に拘束された。
理不尽だと抗議したが、エリシスと娘ピアの身柄を抑えられ、脅迫半分懐柔半分で機械の調整をやらされてすでに数週間、貴族の屋敷に軟禁されているのだった。
(どうしよう、どうしたらいいのだろう)
今も部屋の中をうろうろとするだけで一向に考えが浮かばない。エリシスの言うとおり、何も話さなければという後悔は何百回したことだろう。それがもとで、このようなことになっているのだから。
うつむいて爪を噛むノルンの耳に、コンコンと音が届く。周りを見回して音の出る方向を探すと、それはどうやら窓らしい。近寄ると、窓の下から差し入れられた紙が目に入った。
『これを見たら声を出さないで、窓のロックを外してほしい』
そう書かれた紙に困惑したが、これ以上悪い事にはなるまいと指示に従い、ロックを外す。
窓が開き、誰かが中へ入ってくる。顔を見ると、口に指をあてているから、話すな、という事だろう。
頷き返すと、
「ロット、この部屋の音声及び視覚をロック、外に漏らすな」
『はい、マスター』
機械的な声が答えた。
「これでよし、と。ノルンさん? イチと言います」
「は、はい、ノルンです。あの、何の…」
聞きかけたが、イチと名乗った青年、いや少年は大きく息を吸い込み、
「あのですねノルンさんあなた自分と家族の命どうしようってんですかそんなに死にたいんなら自分だけで死んでください少なくとも自分の発見した物の危険性をしっかり認識して身の回りをきれいにしてからやりだしてくれなんの覚悟も知恵もなくベラベラしゃべるんじゃない!」
一気呵成にノーブレスで吐き出した。一瞬固まったが、今度は怒りがわいてくる。
「見ず知らずのあんたに言われるような…」
「ああ見ず知らずだよ確かにだけどあんたが調整した機械でどんなことが今起こってるか分かってるのかトートーの街がどんな騒ぎになっていてどれだけの被害が出ているか知ってて言ってるんだよな獣人がどれだけ死んでもいなくなってもいいってんだろうな!」
自分の倍の音量でまたしてもノーブレスに言いきられ、今度は思考が停止する。
「トートーの街? 獣人? 被害? な、何のこと……」
「今更逃げるんじゃない。あんたの機械が向いていた先にあるトートーの街では『氾濫』が起きて今住民総出で戦争中だ。ある程度予測して対処していたからまだましだが何もなかったら街がひとつ消えていたところだ。あんたは街ひとつ分の命を全部背負ってるんだ。おまけに家族の命も危ないってのに何をここで呆けてるんだよ」
「あ、か。家族! エリシス、ピア! ふたりはどこにいる、どうしている!」
「はぁ、やっと起動したよこの人。おちつけって!」
両手でほほを思いきり挟まれ、その痛みに正気に戻る。少年の黒い瞳に、抑えきれない怒りが透けて見えた。
「いいかよく聞け、あんたの奥さんと子供はここの地下牢に入れられて死ぬ一歩手前だったんだ。食べるものもろくになく、日の射さない暗闇であんたの無事を願ってずっと耐えてたんだ。そんな家族を今までどうしてほっといたんだよ!」
「ほっといたわけじゃない。会わせてくれと何度も頼んだけれど、この次今度と延ばされたんだ。忘れてなんていない、大事な家族なんだ!」
「じゃ、なんでこんなことになってるんだよ! 相手がお貴族様だからって遠慮してたからに決まってるだろ! 家族を殺すところだったんだよ、あんたは!」
「わ、私が、家族を、殺す? そんな、そんなこと、あああっ!」
「泣いてるんじゃないっ!!」
いきなり殴られた。目から火花が飛んだと思うくらいの勢いで横を向かされ、床に転がった。
その上、襟元をつかまれて上を向かされる。
「あんたも家族も命の瀬戸際に立ってるんだ、泣いてる暇なんかどこにもない! しっかり性根据えて答えろ。このままお貴族様の言いなりに機械を調整するか、危険覚悟で家族と逃げるか。ふたつにひとつだ。どっちをとる?」
「わ、私は、ここを出る。機械の調整なんて、もう二度とやらない。街を滅ぼすなんて、考えたこともないし、やりたくなんてない。私は家族と一緒に、慎ましく生きていければもうそれで十分なんだ」
「それでいいな? 二度はないからな」
「わかった。だから頼む、エリシスを、ピアを助けてくれ」
「ああ、二人はもう大丈夫だ。オレはあんたの覚悟が聞きたかったんだ。ちょっと怖いが、口をきくなよ」
「うえっ?」
そのまま窓まで引きずられ、そこから外へ放り出された。
「あ、え、おおっ!」
「しゃべるなって言っただろうが!」
家族の状況にイチがブチ切れました。




