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シャンガリアン共和国 氾濫 その6

 イチが食堂に入ってから7日目。

 その日は朝から兆候があった。鳥が何十羽と飛び立ち、一目散に逃げていく。森が不気味に静まり返り、いつもならあちこちから聞こえる魔獣たちの争いの音が一切しなかった。

 それは自分たちより大きく強い魔獣が来ることを本能的に感じるせいだろうか。


 今日のイチの食事は朝定食の汁と握り飯が付いたもの。少しでも力をつけてほしいと、ボストムに頼み込んで変えてもらったのだ。

 この1週間でイチの料理は受け入れられていた。その味にほれ込んだボストムが教授を願い出るほどに、獣人一同からも好意を持たれていた。そのことに一番喜んだのはギルマスで、毎日食堂でイチの料理を口に運んではご機嫌だった。


 突然、物見台から鐘が鳴り響いた。それは決めていた合図。いよいよ『氾濫』が始まったのだ。

 遠く地鳴りの音がする。それはゆっくりとだが着実に近づいてきた。

「よぉっっし、てめえら、準備はいいかぁっ!」

 ローガルトが声を上げる。返ってくるのは怒涛の雄たけび。


「「「「「おおおおぉぉっっっ!!!!」」」」」


「まずは引き付けてからだ! まだ撃つなよ!」

 地鳴りが迫ってくる方向は木が伐採されて大きく開けている。そのあちこちに罠が仕掛けてあるのだ。

 まずはゴブリン、オークが飛び出してくる。それらは空き地に戸惑いながらも数に任せて攻め入ってきた。


 その途中、ある地帯に入った時。

「やれぇぇっい!」

 合図とともに地面に穴が開く。走ってきたゴブリン、オークは止まれずにその中に落ちていく。手前で止まろうとする者もいたが、後ろから押されて雪崩のように次々と落ち込んでいった。

 その底には切り倒した木で作った鋭いやりが何本も突き立っている。木に刺され、あるいは後ろから押され、次々と落ちるゴブリンとオーク。


 そのうち、落とし穴が落ちたゴブリンたちでいっぱいになり、地続きとなった空地へさらに踏み込んでくる。そこにあるのは落とし穴第二弾。

 またしても落ちるゴブリンたち。中にはオークの上位種ハイオークも混じってきたようだ。

 だが今度の落とし穴は槍だけではなかった。


「火矢、うてっ!」

 その穴に向かって火矢が撃ち込まれる。底には油が敷いてあるため、火矢の火が引火して盛大に燃え上がった。

 瞬く間に火は横へ広がり、魔獣と街の間に巨大な火の壁となって天を焦がしている。

「おっしゃ、いいぞ! まずは足止め成功だ!」


 ギルマスがガッツポーズをとる。そして、

「よし、両脇の溝に火を流せ! そらせるな! 裏の守りを固めて見張りを増やせ!」

 次々と出される指示に従って人が動く。すべて事前に打ち合わせたとおりに進む。


 正面には大型の魔獣が現れだした。

「カタパルト、準備しろ!」

 塊を詰めたかごの乗った太い木がロープに引き絞られ、たわむ。


「いっけえぇぇっっ!」


 ロープが放され、かごの中身が飛んでいく。その先には大型魔獣。

 ドガアァァンンン!!

「「「グギャアァァッッ?!?!」」」


「おっし、いいぞっ! 次いけ次っ!」

「「「おおおっっ!!」」」

 爆裂魔石を使った岩が大型魔獣の足を止める。


「防護柵を立てろ! その後ろに立て! とびだすなよぉっっ!!」


 いよいよ本格的な衝突に入った。

「おめぇら、行くぞぉっ!!!」

「「「おおおおぉぉっっ!!!」」」

「俺たちの街をまもるんだあぁっ!」「負けねえぞおぉっ!」「行けっ! 行けっ! 行っけぇぇっっ!!」



 外の喧騒を聞きながら、イチは厨房でせっせと何かを作っていた。

 入り口からのぞいたのはリリカだ。


「イチ様、こちらでしたか!……何をしているんですか?」

「ああリリカさん、何か御用ですか?」

「いえ、お姿を見なかったので確認をと……それは、おにぎりです、か?」


 手元を見ながら首をかしげるリリカに、作ったものを差し出す。

「肉入り五目おにぎりですよ」

「白いものとばかり思っていましたが……おいしいですね!」


 小さく握られたそれは口の中でほどけるといろいろな味がして、思わず笑顔になる。

「今の流れからみると、案外短期決戦になりそうなので終わった時の栄養補給に、と。こっちの鍋には汁が入っていますから一緒にお願いします」

「それはありがたいですね」


 後ろの調理台には山盛りとなったおにぎりが皿に盛られて零れ落ちんばかりになっている。それでも数人がかかればあっという間になくなりそうだ。


「リリカさんが来てくれてちょうどよかった。これを保管して適当に配ってくれませんか」

「ええ、それは構いませんが、イチ様はどうするんですか?」

 最後のおにぎりを作り終えて身じまいをしているイチにたずねると。

「ローガルトに言伝を。『ロットに呼ばれた』そう言えばわかると思います」


「……分かりました。お気をつけて」

「はい、ありがとうございます」


 軽く頭を下げて厨房を出ていくイチ。そのたたずまいに何かを感じて後を追おうとしたが、

「いえ、多分私では何もできないでしょうね」


 それよりもこの糧食をどうすべきか。保管場所や配布方法を考え始めた時、入口からリンドが入ってきた。


「リリカさん、この後どうす……ってか、なんだなんだこの山は!」

「リンド、良かったわ。ちょっと手伝ってくれるかしら」

「あ、ああ。それはいいけど。これ、イチのやった事か?」

「そうね。さっ、状況を見てみんなに配れるようにするわよ。後何人か連れてきてちょうだい」

「わ、わかった!」


 バタバタと走り去る足音に、リリカもまた気合を入れる。

「さあ、ここが正念場よ。頑張らなくっちゃ」




「で。ここはどこだ、ロット?」

『一応シャンガリアン共和国ですね。トートーの街から南に位置する遺跡です』

「それって、今回の『氾濫』の起点じゃなかったっけか?」

『そうとも言います』

「そうとも、って、そのまんまじゃねえか!」


 今『はなみずき』の接点が接続している先には、風化した石造りの建物と石畳を割って繁殖している樹木が見えている。そして映像の焦点は、そのただなかにある、妙に人工的な造形物に合っていた。


「ロット……」

『何です、マスター』

「あれ、どう見ても後付けの機械、だよな?」

『マスターの慧眼に脱帽です』

「この腹黒嫌味AI……!」


 かなり大きな造形物で、土台にしている石畳が地面にめり込んでいる。よく見ると、真ん中付近にうっすらと亀裂があり、機械の前後に伸びている。上部にある丸いお椀に似たそれは中央にある突起物から何かの音波を出しているようで、幽かに震えている。そこから延びるケーブルが下部のいろんな部分に繋がり、赤やら黄色やら緑やら、様々な色の点滅に変わる。どうもある一定のパターンで動いているようだ。


「なあ、あれってもしかして、魔獣の嫌いな音波を流すか、操っていないか?」

『その答えでは50点ですよマスター』

「どうしてオレが点数をつけられなくちゃならないんだ」

『細かいことはいいですから、さあ、正解をどうぞ』


「あのな…はあ、もういいや。先の回答で50点なら、どっちかが合ってるってことだ。嫌うんなら逃げるだけだから、『操る』が正解だな。しかも、魔獣はまっすぐに街へ向かってる。てことは、三大欲求のなかの『食欲』を増幅させたんじゃないのか」


『……』


「『敵意』なら同士討ちするだろうし、『憎悪』の感情はない魔獣が多い。催眠状態、てのも考えたけど、あれは効果が薄いわりに何かの拍子に解除される。今回、あれだけの数に催眠系の物をかけることは無理だから、結果として『食欲』増進の上で誘導、が正しいかな。どうだ?」


『マスターの認識を1段階引き上げないといけませんね、これは』

「をいこら、この腹黒AI。お前の中でオレはどう映ってるんだ、ったく」

 ため息をついて、イチは機械を見る。


「あれを壊さないと『氾濫』は収まらないって寸法だな、こりゃ。どうしたもんか…」





『氾濫』は人族の陰謀でした、というオチにしてます。

お約束、とも言います。

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