シャンガリアン共和国 氾濫 その3
3日後。宣言通り窓口にイチがやってきた。
「こんにちは、リリカさん。ギルドマスターに取り次いでもらえますか」
「いらっしゃいませ、イチ様。ご案内します」
間髪入れずに立ち上がって先導するリリカ。周りの冒険者はあっけにとられて見送る者と、顔色を悪くする者とに分かれた。
そのまま階段を上がり、ギルマスの部屋に通される。
「ギルマス、イチ様をお連れしました」
「おう、待ってたぜ、イチ」
「3日ぶりだね、ローガルト。元気してたかい」
「おめえの作ってくれた『じゃあきぃ』さえありゃ、オレはいつでも元気さぁ!」
「ははは……相変わらず、といっておこうかね」
他愛のない会話をしている間にお茶の用意をしたリリカが配る。
「リリカ、おめえも一緒に聞いていてくれ」
「はい」
「で、だ。イチ、この間言ってたことだが、詳細を教えてもらえるんだろうな?」
「ああ、もちろんそのつもりで来てるんだ」
「どのくらいまでわかっている?」
「まず、『氾濫』の起きるのは今から数えて1週間後。ちょうど朔の月に入る頃だ」
「!!そいつはマズい時期だな」
朔の月というのは月が沈んで空にない時期をさす。つまり暗闇になるという事だ。
「夜に見えねえのはかなりきついな。明かりの用意が必要になりそうだ」
「そうだな。ただ、朗報としては飛行系が少ないはずだ。どちらかというと、巨体をもって進撃してくる感じらしい。だから落とし穴や防護柵なんかが有効じゃないかな」
「ふん、毎回思うんだが、そういう話はどっから引っ張ってくるんだ? おめえの人脈が広いのは知ってるけどよ、まさか魔獣にまであるとは思わなかったぜ?」
「それは誉めてるのかい、けなしてるのかい?」
「呆れてるんだよっ!」
「落ち着いてくださいギルマス。今は関係ない話です」
「そうそう。リリカさんは分かってるねぇ。ローガルトにはもったいない逸材だ」
「な、ばっ、馬っ鹿野郎! 何言ってやがる!」
「お? 珍しい反応だね。さてはキミにも……」
「イチ様も、これ以上の脱線はご遠慮下さいませ。時間がございません」
「あ、ああ、わかった。(こいつが敬語を使う時は怒ってるからな)」(ぼそっ)
「な、なるほど。(かなりな冷気だな)」(ぼそっ)
「お二人ともお分かりになっておいでで?」
「「イエス、マム!!」」
その後、醒めた茶を入れなおして仕切り直しとした。
「情報元はうちの腹黒AIだよ。あれの予測はかなり正確だ。時期も種類も大まかにあってるはずだし、こちらが準備を怠らなかったら乗り切れると思う」
「それを聞けただけでも安心できるぜ。あとはどうだ?」
「そうだね。キミのことだからもう巡回はしていると思うけど、今日あたりからぼちぼち異変が見えてくるんじゃないかな。初心者は森に入らないようにしておくといいかもしれない」
「それはもう2日前に出してある。リートの木の葉が黄色く変色を始めたからな」
「あ、ここにはそれがあったんだ。じゃ、オレの情報はいらなかったんじゃ?」
「馬鹿抜かせ。あれはあくまで変調を伝えるだけだ。細かい内容までわかるかよ」
リートの木は『前知らせの木』ともいわれ、天候不順や地殻変動、過去の大災害などの時にも葉の色を変えて知らせたらしい。そのくせ、異変に巻き込まれて倒れたりするのだが、騒動が収まった時にはひょっこりと復活しているのだ。何とも不思議な生態をしている木、いや、魔植物というべきなのかもしれない。
「それなら大丈夫かな。あとは……」
「あの、イチ様。お尋ねしてもいいですか?」
それまで黙って聞いていたリリカが口をはさむ。
「ん? 何かわかりにくかったかな」
「いえ、そうではありません。先ほど口にしていた『はらぐろえーあい』とはどなたの事ですか?」
その途端、ローガルトの顔色が変わる。対してイチは頭をかきながら、
「あ~、なんていうかな。オレの守護天使?みたいなもんだ」
「リリカ、そいつは突っ込まねえでいてくれ。相手にしない方がいい」
「あ? は、はあ…」
ギルマスの顔色が悪くなったのを不思議に思いつつもこの話題はよくないのだろうと察して口をつぐむ。
「さっき言いかけたけど、この1週間、『はなみずき』をここへ接続するよ。店を開くんじゃなくて、出張宅配の形式にして、さ…うわっ!」
「なにっ、ここでおめえの飯が食えるのかっ? 食えるんだな? 言質は取ったぞっ?!」
「そ、そ、そんな、に、肩、ゆさぶ、ら、ない、でっ…!」
スパコーン!
「ぐわっ!」
「イチ様が白目をむきかけてます。おやめください」
「いや、そんなこと言っても、メシの方が」
「もう1発いきますか? ギルマス」
「……いりません」
「ふぅ、助かったよリリカさん。ローガルトときたら馬鹿力で一度捕まると抜けられないんだよね。ああ、まだくらくらする」
「申し訳ありませんイチ様。ギルマスに代わりお詫びします」
「もういいよ、ありがとう。本当に得難い人材だね、リリカさんは。……で、さっきの続きだけど。ギルドの食堂にオレが出張する形で毎日1品提供する。一応夜を考えてるがどうかな?」
「ええっ、全部は無理なのか?」
「ギルドの食堂の機能を低下させる訳にはいかないだろう? オレはここに張り付くつもりはないよ」
「どうしてだよ、ここに居てくれたら毎日メシにありつけるってのに」
「……リリカさんがトレイを用意してるの、見えないかい?」
「ぐっ……わかった、それでいい」
「魔獣が湧いてくるのは主に南から南西方面だ。南側にある遺跡が起点、らしい」
「それはあいつの情報か?」
「ああ。それ以上はオレにも教えてくれないんだ。あいつにも何かしらのルールがあるみたいでね、結構きつい線引きなんだよ」
「そういうことならもう聞かねえ。じゃ、これで大体出尽くしたってことだな」
「ああ。それで、さっそく今夜から食事の提供を始めるよ」
「うおおおぉっ! テンションあがるぜっ!」
「では、ギルドの厨房担当と顔合わせをしましょう、イチ様」
「そうしてくれるとありがたいな」
「ギルマスは戦闘力の配置と今後の準備、王都との連絡をお願いしますね」
「ええっ、オレも顔合わせに…(パンパン)…行かないです」
「効果てきめんだね、あれは」(ぼそっ)
「では、行きましょう(にっこり)」
「おう、お前か? これから夜のメシを1品担当してくれるんだって?」
厨房にいたのは見上げんばかりの大男。顔やら体つきから見るに、狸の系統のようだ。
「初めまして、イチといいます。神聖な領域に突然お邪魔して申し訳ないんですが、これから1週間だけご一緒させていただきますので、よろしくお願いします」
他に2人いる厨房で、イチは静かに頭を下げて挨拶するのだった。
イチが参戦、『はなみずき』が出てきません。
腹黒AIが泣いてます。
・・・「泣いてません byロット」




