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シャンガリアン共和国 氾濫 その2

『氾濫』の情報が顔を出します。

「久しぶりじゃねえか、イチ。どこほっつき歩いてたんだ」

「人を迷子みたいに言わないでくれるかな、ローガルト…じゃない、ギルマス」


 トートーの冒険者ギルド、ギルマスの部屋。

 一階の騒ぎの後、ここへ引っ張り込まれたのだ。


「やめてくれ、おめえにギルマスなんて呼ばれると寒気で毛が逆立っちまうわ」

「ギルマスはギルマスじゃないか。役職に慣れる意味でも呼ぶべきだよ」

「けっ。こんな椅子に座って書類見てたんじゃ鈍っちまう。魔獣狩りでもしている方が気が楽だ」

「やれやれ、相変わらずだね、ギルマスは」

「呼ぶなっつってんだろ、ボケ!」


 リリカがお茶を用意して扉をあけた時、目にしたのはギルマスが手を振り上げた瞬間だった。

「!!」

 あぶない、と声を出す間もなく、その手が人族の頭に落とされる。その後の惨劇を見たくなくて目をつぶった、のだが。


「気が荒いのは全く変わってないなあ、ローガルトは」


 のんびりした声にはっと目を開けるとそこには。

「オレの拳固を受け止める人族はおめえくらいのもんだぜ」

「それは誉め言葉と受け取っていいんだろうね?」

「ふん、勝手にしろ」

 頭の上で腕を止めている人族と歯をむき出して笑っているギルマス。


 あり得ない光景に固まったリリカにギルマスが声をかける。

「おう、待ってたぜ。イチ、こいつがこのギルドでオレのサブをしてくれている奴だ。リリカといって、普段は受付嬢をしている。結構有能でな、オレぁ随分と助けられてるんだ。


 リリカ、こいつはイチと言ってな、どうしようもねえ放蕩者だ。いつの間にかどっかへ行きやがって、ちっとも帰ってこねえ。でもよ、こいつの作るメシはとびっきりうまくてな、オレの大好物なんだよ。だと言うのにだ、こいつの居場所がどうやっても掴めねえ。この際だから、こいつをここで押さえとこうと思ってよ」


 キシシと悪い笑みを浮かべるギルマスと呆れた表情を浮かべている人族を見比べ、リリカはため息をひとつ。

 テーブルにお茶の用意を並べてからトレイを手に取り、

「いい加減に、しなさいっ!!」

 スパコーン、とトレイを振り切った。


「おごおぉっ!?」

「お~っ、見事なスイングだ」

 あごの下から突き上げられ、思いっきり天井を向かされたギルマス。ぐきり、と首の付け根あたりから音がしていたが、大丈夫だろうか。


 その様子を見て、思わず拍手をした人族…イチに、深々と頭を下げる。

「ん?」

「先ほどは失礼しました。知らぬこととはいえ、ギルマスの知人に対していらぬ敵意を向けてしまいましたこと、深くお詫びします」


「ああ、そのこと。急に現れたオレの方も悪かったんだから、その謝罪では決まりが悪すぎる。防御とはいえ冒険者に攻撃したのは事実だし、お互いに知らなかった故のすれ違いとして無しにしよう。そういえばあのネズミ獣人は大丈夫かな?」

「ああ、はい。あの後すぐに気が付きましたし、特に後遺症もないようです」


「もう少し早く警告できるとよかったんだけどね。ここじゃ人族ってだけでかなりな敵意を向けられるんだねえ」

「それは申し訳ありませんでした。人族ともめた者も多いですし、どちらかというと嫌う獣人が集まってますから」

「そうかもしれないな。ここには長居できそうもない……」


「ちょおっと待てぃっ!」

「うわっっと!」

 トレイ攻撃から回復したローガルトが飛び掛かり、しっかり抱き着く。


「どこ行きやがる!せっかく捕まえたのに、また居なくなられてたまるかぁっ!おめえのメシが食えねえなんて、そんな酷いこと、してくれるなよおぉっ!」

 そのままオンオン泣き出したのには正直ビックリだった。イチも苦笑いするしかないようで、ポンポンと背中を叩いて落ち着かせている。


「はいはい、泣くんじゃないよローガルト。他の所みたいにどこでも勝手に出現させられないだけなんだから、また来るよ」

「絶対だな?絶対に来てくれるよな?」

「ああ、絶対に来るよ。だから今日はもう帰してくれないかな」

「わ、わかった。約束してくれるならそれでいい。すまなかった」


 盛大に鼻水を垂らしながら詫びるギルマスにタオルを渡し、席を立つイチ。リリカの横に立つと、

「今日は手土産を持ってきたんだけど、これをローガルトに渡すと無茶食いするからリリカさんにお預けします。上手に使って動かしてくださいね?」

 最後の一言に、不器用なウインクを被せてきたのにはリリカも笑ってしまった。手の上に乗っているのは何かの燻製のようだ。


 部屋を出る間際に、くるりと振り向いたイチ。


「ローガルト、今日来たのはね、警告したかったんだ。もうすぐ『氾濫』が起きる。準備をしておいた方がいい」


「氾濫!?」

「氾濫ですって!?」

「ああ。今日はもう時間切れでここにはいられない。今度は3日後にもう一度来るよ。その時に詳しく話そう」

 頷くと扉を閉めて出て行った。


 ギルマスはしばらく呆然としていたが、

「おい待て、イチ! 待てったら!」

 慌てて扉を開けたが、すでにイチの姿はなかった。下に降りて聞いたが、誰も彼の姿を見ていないという。キツネにつままれたような気持で再びギルマスの部屋に戻った。


「チッ、また逃げられちまった。あいつの逃げ足はとんでもねえな」

「ギルマス、あの事…本当でしょうか」

「『氾濫』か? あいつがわざわざここへきて伝えてったんだ。近いうちに起きることだろうよ」

「そんな……」


 リリカは呆然とする。『氾濫』とは、森から魔物が際限なくあふれ出して襲ってくることだ。当然、強い魔獣が多く現れる。過去にも何度かあり、いくつかの街が滅んだことも記録に残されている。それがまた起きるなんて考えたくもなかった。


 ソファーに座って冷たくなったお茶を飲むギルマスも厳しい表情をしている。あってほしくないが、情報を伝えられたからには対処する必要がある。


「リリカ、3日後に奴が来て話すなら、『氾濫』はまだ少し先になるはずだが、用心のために、今からシフトを組んで監視の回数を増やしてくれ」

「了解しました」


「それと、ギルドの備蓄を確認して、HP、MPの回復ポーション、食料、建築材料その他の在庫数を把握しろ。防護柵なんかを作るかもしれねえからな」

「はい、すぐにとりかかります。王都への連絡はどうしますか?」


「……それは今度奴が来て話す内容次第だな。現時点では無理だ」


 口をゆがめてギルマスが答える。もたらされた情報の大きさに悩んでいるようだ。


「ギルマス」

 見ていられないリリカはさっき渡された包みを開いてギルマスに見せる。

「少し食べませんか?」


「お? おおっ! こ、これは、オレの大好物の『じゃあきぃ』じゃねーか! これどうしたんだ?」

「さっきイチ様から渡されました。全部はいけませんが、これくらいなら大丈夫です。どうぞ」

 包みから取り分けてギルマスの手に乗せると、さっそく口に放り込んで噛み始める。


「モグモグ……うん、うっまぁい! あいつの作る『じゃあきぃ』は最っ高なんだよぅ~! ああ、うまいなぁ」

 今までの深刻な顔はどこに行ったと突っ込みたくなるほどの至福の表情でうまいうまいの連発だ。

 あっという間に食べきって物足りない顔をする。


「な、リリカ、もうちっとくれ?」

「いけません」

「そんな! 後生だから!」

「仕事も片づけないうちは無理です。まずはそちらの書類をお願いしますね」

「ぐぐぐ……」

「これからやることが増えるんです。頑張ってくださいね、ギルマス」

 にっこり笑って退室する。中から悲壮な声がしてきたが無視。


「本当にこれは使えますね。いいものを頂きました」

 階段を下りながらリリカは笑う。サボリ魔のギルマスをうまく動かす素を手に入れたのだからご機嫌だ。

「さて、私もやることをやりますか」


『氾濫』の前にできることをやろうと気を引き締める。

 残された時間が不安だがやるしかないだろう。

 これから行う事の手順を考えつつ、リリカは席に戻っていった。




ギルマスのヘタレぶりがすごいです、が。

こういう上司だと仕えやすいですよね。

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