シャンガリアン共和国 氾濫 その1
新しい国に入りました。
シャンガリアン共和国 トートーの街。
共和国の西部に位置する連立山脈と、そのふもとの森林地帯からなる緑濃い樹海のただなかに存在する、冒険者と辺境兵士の混在する気風のやや荒い街である。
連立山脈から吹きおろしてくる独特の風と湿度に樹々の成長が促され、うっかりすると森に飲み込まれそうになる。
おまけに地熱が高く、間欠泉を噴き上げている場所が何か所かある。その湯は癒し効果があって病人には最適ではあるのだが、周りの環境が過酷なため、冒険者たちにしか使い道がない。
結果、酒場と歓楽街のみのただれた印象を持つ町が出来上がってしまった。
実際には魔物を討伐し、国境を守る立派なお仕事を受け持っているのだが。
それに、住人の外見もその噂に輪をかける。
ここは共和国の中でも獣人が多く住む地域だからだ。
シャンガリアン共和国の成り立ちは数百年前にさかのぼる。元は遊牧民が、自分たちの家族と家畜を連れて移動するだけの地域だったのだが、それが集まって定住をはじめ、やがて城塞都市を形成するようになった。
そうなると、足りなくなるのは人手だ。特に力の強い獣人が城塞の構築や都市の警備に必要となり、周辺国から奴隷として流入し始める。当初はそれでもよかったが、厳しい自然環境への適応が早い獣人に比べて、人族はどうしても劣勢となり、その段階で獣人の奴隷解放運動が巻き起こった。
人族と獣人たちの武力衝突は、力のある獣人に対し道具と知恵で対抗する人族の一進一退で進まなかったが、270年前にあった気候変動が、その争いにけりをつけた。温暖な地域が南部だけになり、あとはすべて亜熱帯に近い気候と変わったのだ。
必然的に北部から東部および西部は、獣人達の支配することとなり、軋轢が生まれる。人族と獣人の間に起きた戦争は両手両足の指では収まらないほどだったが、今から30年前、人族の長となった男と獣人の取りまとめをしていた男との間に協定が結ばれ、ひとつの共和国を立ち上げる運びとなった。
原因は言わずと知れた外部からの脅威である。海を挟んだ隣には大きな帝国があり、そこへの対抗策として作られたのが共和国である。
何度か小競り合いを繰り返しつつも、今、共和国内は平和に収まっていた。
獣人が大多数を占めるトートー、その冒険者ギルド。
その窓口にひとりの男性…人族の男が立った。
「冒険者ギルドにようこそ。ご用件を伺います」
条件反射で迎えたギルドの受付嬢だが、その男に疑問を持った。
まず、人族であること。
ここは獣人が大多数を占める。もちろん、人族がいないわけではないが、それでも新たに来る人族は皆無に等しい。
その2、装備らしきものを持っていないこと。
身に着けているのは紺色の布製の服と思しき形態のもの。何より、武器が見当たらない。
剣にしろ刀にしろ、いや槍でもハルバードでもモーニングスターでも、とにかくそれらしきものを一切持っていない。
こんな格好でどこからやってきたのだろうか。
その人族は怪しんで言葉を途切れさせている受付嬢を見やると、
「あ、すみません。ここのギルドマスターをお願いできませんか」
と言ってきた。
(ギルドマスターを呼び出す!?)
非常識にもほどがある言葉に呆れた。
「あの、ギルドマスターとお約束でもありましたか?」
それでも念のためにと尋ねたが、
「あー、特に約束はしてないですね」
希望は儚く砕かれた。
「では、お帰り下さい。ギルドマスターとの面会はお約束がないとできませんので」
突っぱねてそれで終わりだと告げる。だが、
「そうですか。でも、断るとあなたの方が困ると思いますが」
変な絡み方をしてきた。
「おかしな言い方はやめてください。私の方は一向に困りませんが?」
「いえいえ。一度確認してください。『はなみずき』のイチが来た、と言えばわかるはずです」
「は?はなみずき、ですか?」
「はい。『はなみずき』です」
受付嬢は相手の顔を見直した。
相手はいたって平静、居丈高でもなく脅しをかけているようでもなく、自然体で立っている。だのに……
受付嬢の背に何やら冷たいものが走った。
(これはアブナイ)
長年冒険者を相手にして培ってきた危機意識が警報を発した。
「わかりました。確認してきますので、お待ちください」
「はい、いいですよ」
受付を離れる際に、あらかじめ決めてある合図を出す。『この者を見張れ』 『おかしな動きあれば拘束せよ』 中に居るギルド職員と目配せで頷きあい、配置を変える。
戸口にさりげなく立つのは元Bランクの用心棒。依頼ボードと受付台の間にたむろしているのはギルドの外回りの用事を日替わりで請け負う低ランクの冒険者たち。さらに奥の酒場には冒険者たちが何人かいる。これだけの戦力があれば問題はなさそうだが……さっき覚えた予感にはそれでも不安が残る。
受付嬢は急いで階段を上りギルマスの部屋をノックする。応えがあり、
「どうしたリリカ。お前さんが息を弾ませてるのは珍しいじゃねえか」
書類を片付けている男が顔を上げた。狼獣人のギルドマスターだけに扉も机も大きく作ってあるのだが、それでも時折軋みを上げている。そろそろ代え時かもしれない。
今はそれどころではないと頭を切り替える。
「今、受付に変わった人族が来てまして」
「変わった人族、ってだけで珍しいな」
ギルマスが笑う。そこへ畳みかけて、
「ギルマスに面会を求めています、その人族」
「ほぉ?オレにか?今日は何の約束もないぞ」
「おっしゃる通りです。お断りすると、『確認してきてくれ』と言われました」
「確認もなにもなぁ。そいつ、どう変わっている?」
「人族です」
「そいつは聞いた」
「布の服を着てます」
「なに?」
「おまけに装備一式何も持ってません」
「装備を、何も、だと?」
ギルマスの顔が徐々に凶悪になってきた。
「そいつ、なんて名乗った?」
「えっと、意味が分からないですけど」
「ふむ。いいから、聞いたとおりに言ってくれ」
「はい。『はなみずき』のイチが来た、と言ってほしい…と?ギルマス?」
ギルマスの表情が劇的に変わった。凶悪なうえに笑顔が乗っかったのだ。
「『はなみずき』のイチ…そう言ったんだな?」
「はい、そうです、が?」
「そいつを先に言えっ!」
一声吠えると机を飛び越して扉に突進する。
「ちょ、ギルマス!?待っ!」
あっという間に姿を消したギルマスを追ってリリカが廊下へ出た時、一階から悲鳴が聞こえてきた。
「もうっギルマスったら、すぐ暴走するんだから!」
慌てて階段を駆け下りるリリカだった。
ギルマスが飛び出す少し前に時間をさかのぼる。
受付嬢が席を立った後、のほほんと待つ人族へ低ランクの冒険者が近づく。
「あんた、見ない顔だね。どこから来たんだ?」
話しかけられた人族が振り向く。
「あ~、どっからといってもなぁ、自分でもよくわからないから。申し訳ない」
たははと笑う顔に何の悪意も作為も感じない。だが、その答えに一層の警戒を高める一同。こういうつかみどころのない人族こそ、一番危険だと肌身に沁みて知っているのだ。
「ギルマスに何の用事だ?」
扉の前にいた元Bランクの用心棒が威圧も露わに問いかける。
「用事って言っても。近くに来たから挨拶に……では駄目かな?」
「あいさつだと?」
「顔見知りに声をかけるのは挨拶じゃないのかい?それともここには来ちゃいけないと?」
「ギルマスの顔見知りだと?嘘つけ!」
そばに近寄ったネズミ顔の冒険者が声を荒げる。
「ギルマスはAランクの冒険者なんだぞ!お前みたいにひょろっちい人族と知り合いなわけがない!」
「そうだそうだ!嘘ついてギルマスに近づき、何しようってんだ!」
周りを取り囲まれ、口々に非難してくる獣人に困った顔を見せる人族。
「そう言われてもなぁ。近くに来たら顔出せって何度も言われたんだけど…ここはマズかったんだろうかなぁ」
「何ごちゃごちゃ言ってやがる!おい、こいつをつまみ出せ!」
「あ、オレに触らない方が…」
人族の制止半ばに、苛立った冒険者が腕をつかもうと手を伸ばし……バチッと弾かれた。
「ぐぎゃっ!?」
青白い火花が飛び散って、手を出したネズミ獣人の毛が逆立ち、白目をむいて仰向けに倒れた。
「「「「なっ!?!?!?」」」」
「あ~あ。だから手を出すなって言ったのに。そんなに強い電撃じゃないから、少ししたら気が付くと思うよ」
ずざざぁッと波が引くように人族の周りから誰もが離れる。そこへ、
「なにをやってるんだぁっっ!おまえらあぁっっ!!」
狼獣人のギルマスが階段室から飛び出してきた。
もふもふ共和国…なんですが。
そう言った描写があまりないので、ちょっとがっかり
してしまうかも。ごめんなさい。
ここから行の最初を1字開けるようにしました。
読みづらいかもしれませんが、ご容赦ください。




