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閑話 ~ 過去の一場面 ~

オーランディ皇国滅亡時のお話です。

一人称形式で書いてありますが、歴史の説明で結構長くなりました。

「姫。皇国の王都が陥落し、皇国王ご夫妻が落命されました………」


その報告を受け、小さな手が握りしめられる。かすかに震えるその手が、アデリード姫の心を如実に示していた。


「そう。お二人とも皇国に殉じられたのね。さすがです、お父様、お母様」

だが、その口から出てくるのは平坦な言葉と感情の見えない声のみ。顔すら、内面の嵐を感じさせない。


そして姫の手が髪に伸び、花飾りを取る。次々と、華やかな飾りを髪から、衣装からむしり取っていく。


「ひ、姫、何を……?」

「皇国王と王妃が儚くなられたのです。喪に服すのが道理でしょう」


姫の足元には淡い色の花を模した飾りが散っていた。それらが姫の涙を表すように、風に吹かれ、花びらを揺らしている。


そのまま踵を返し、扉へ向かう。

「どちらへ向かわれますか、姫?」

「聖堂の、女神像まで行きます」

「お供致します」


「結構よ。と言ってもあなたはついてくるのでしょうね。……わかりました。供を許します。けれど、聖堂では少しひとりにしてください。お二人の魂に祈りたいのです」

「仰せのままに」


オーランディ皇国は小さいながらもよくまとまった国だった。開祖の持っていた魔獣を退ける能力を、代々の王族が強弱はあれど受け継いでいたため、皇国の領地の隅々にまで広がって魔獣から皇国民を守っていた。大森林に接してはいたが、それでも穏やかに過ごせたのはひとえにその能力の賜物だ。


元をただせばティラン帝国の王族の端に連なる血筋であることが、帝国の癇に障っていたのだろう。何かと異議を申し立て、事あるごとにとがめだてをしてきた帝国だが、ここ数年は不気味なほどに鳴りを潜めていた。

それがために警戒が緩んだのかもしれない。帝国との国境に位置する橋の関税を巡って、皇国の貴族と帝国の商人が争ったことに対し、帝国の軍部が開戦を表明、即座に攻め込んできたのだ。


本当に些細なすれ違い、それを火種とした戦いの炎は息を継ぐ暇もなく皇国全土を巻き込んで炎上した。

相手がティラン帝国だけならまだ諸外国の仲裁が届く余地はあり、何とかなったかもしれない。だが、情勢が悪かったとしか言いようがないほど、逃げ口がふさがれていた。


後から考えれば、帝国と(よしみ)を結んでいたフーキンベル伯爵の暗躍があったのだと気が付いた。

皇国の西側、帝国の反対側に位置するモンタディル王国に所属する一伯爵でしかないのに、なにゆえにそれほどの便宜を図れたのか。悔やんでも後の祭りだったが。


モンタディル王国自体はオーランディ皇国に対し、友好的な態度で接してくる国のひとつだった。それは皇国の王妃が現国王の姉に当たる方だという事も起因している。それもあって、帝国には目障りな存在であったのだろう。


その皇国が滅ぼされた今、何を言っても詮無きことかもしれないが、残されたアデリード姫を何としても守り抜くことが亡き皇国王夫妻に報いる唯一の道であると思い定めていた。



女神像の前に跪き、ひとり静かに祈る姫を遠く扉の前から見守っていると、誰かの気配が近づいてくる。思わず剣の柄に手がいったものの、覚えのある気配であることに気づき、そっと手を離した。


やがて扉が遠慮がちに押され、金髪の頭が覗き込んできた。

「キュリオス王子、何か御用であらせられますか?」

「あ、やっぱり居たんだ。お義姉(ねえ)さまなら、きっとここだろうって思ったから。僕も祈らせてもらっていいかな?」


モンタディル王国の第1王子、キュリオス・フォム・モンタディルはまだ幼いながら非常に英邁(えいまい)であり、人心の機微(きび)にも聡いところがある。難を言えば保有する魔力が他の王子方に比べてやや少ないそうだが、それは側近の者が補えばいいこと。特に問題になることではないだろう。


アデリード姫がモンタディル王国に形式上では留学、実質は亡命してきた時、この王子は真っ先に動いて姫の保護に走った。姫を遠縁の男爵家の義理の娘とし、その男爵との縁を盾に自分の「義姉(あね)」だと公言したのだ。弱冠10歳の子供とは思えない知恵の回りように、周りの大人たちは苦笑いするほかなかったと聞いている。


「王子でしたらよろしいでしょう。お静かにお進みください」

「ありがとう」

そう言うと、中央の通路をゆっくりと歩いていく。無駄な音を立てず、それでいて近づく者がいることをわからせる程度に足音を凝らして、まっすぐに姫を目指す。そして、姫の数歩後ろで止まり、その場で跪いた。


うつむいていた姫が振り向き、言葉を漏らす。

「キュリオス…王子」


「はい、お義姉(ねえ)さま」

「貴方はまだ、私を義姉(あね)と呼ぶのですね」

「お義姉(ねえ)様はお義姉(ねえ)様です。何も変わりません」


「いいえ、私はオーランディ皇国の第4皇女、アデリード・オーランディです。あなたが何を言おうと、帝国は私を差し出すように要求するでしょう。私に良くしてくれたこの国を巻き込まないために、その縁は切る必要があるのです」


この国に亡命してきた理由、それは帝国がこの皇女を欲したからだった。それも現帝王の16番目の妾として。それを嫌い、皇国王夫妻は姫を亡命させたのだ。


「縁を切って、あの豚帝王に囚われるというのですか」

「言葉を慎みなさい王子。誰が聞いているとも限りませんよ」

「大丈夫です。今ここは僕とお義姉(ねえ)様と彼だけ、他の者が近づかないよう、手配していますから」

その言葉を聞いて内心大いに呆れた。道理で先ほどから誰も見かけないはずだ。


姫も呆れたのか、やや目が大きくなっている。それでも幾分か緊張がほぐれたのだろう、ふ、と目元が優しく緩む。


「貴方という方は本当に聡いのですね。先へ先へと事を回して整えていく。あなたのような才能が有れば、皇国も滅ぶことなく在れたのでしょうか」

姫の言葉を聞いた王子は一瞬沈黙し、頭を振る。

「そこまで買いかぶってもらえるのはうれしいです。でも、無理でしょう。僕に限らず、他の誰にも」

「それは何故、と聞いても?」


「帝国が皇国を狙っていたから。何が何でも奪おう、と決めていたから」


幼い王子の口から非情な言葉が流れ出る。姫は手を口に当て、立ちすくむ。

「お義姉(ねえ)様にはお分かりですよね。豚帝王の趣味にお義姉(ねえ)様はピッタリだから」

「……知っていたの、ですね」


「僕は許せなかった。絶対にお義姉(ねえ)様を守ろうと決めた。それがこの縁です」

「…………」


「そしてもうひとつ。お義姉(ねえ)様の想いにも応えられるように、と」

「!それも、わかっていたの、貴方は」

「だからこそ、彼です」


そして王子は私を呼ぶ。ライナス、と。

「ここへきて、ライナス」

呼ばれて私は王子の前に行き、跪く。


「キミは僕の騎士だ。僕に忠誠を捧げてくれた。その忠誠にかけて聞こう。僕のために命を懸けてくれるかい?」

「王子の仰せのままに」

何を言うのだろう。当然の事なのに。


「ではライナス。僕のために、豚帝王の首を取ってきてほしい」

「……王子の求めとあれば、喜んで」

私の心の奥に、反発するものがある。それを押し殺すのに1拍遅れてしまった。


だが、私の答えに満足そうにうなずいた王子はさらに言葉をつづける。

「キミの忠誠に感謝する。ではここからすぐに発っていくがいい。お義姉(ねえ)様を守るためにも、豚帝王はここで何とかする必要がある。キミにその任務を与えよう」


そうだ、アデリード姫を確実に守るのなら、あの帝王の居ない未来が好ましい。そのためならば、私はすべてを懸けられるだろう。たとえ傍には居られずとも、姫が穏やかに生きていけるのなら。


私はさらに深く頭を垂れた。使命を受けるために。

「ありがたく拝命……」


「何を言うのです、王子!」

言い終わる前に姫の声が遮り、さらに、うつむいた私の視界に姫の服の裾が見えた。という事は、今、私と王子の間に、姫が立ちはだかっている、のか?


「私のためと言いながら、貴方はライナスにそのような命令を下すのですか!」

姫が声を荒げている。そのことに私は驚いた。皇国王夫妻の訃報を聞いた時すら、あれほど冷静に受け止めていたというのに、なぜここで?

「彼ならば喜んで受けるでしょう。お義姉(ねえ)様の安寧(あんねい)を守るためなら間違いなく」


「私はそのような事望んではいませんっ!」

悲痛にも聞こえる姫の叫び声。なぜあなた様はそのように嘆かれるのか?

「私の幸福は私が決めます!貴方にも、他の誰にも決めさせはしませんっ!」


ああ、潔い姫の宣言。高貴でいて、何よりも誰よりも凛々しい私の・・・。


「ライナスっ!」

頭上から降ってくる声に驚いて顔を上げる。姫が顔を真っ赤にして私をにらんでくる。


「私を……」

「は?」

「私を、いえ、貴方を、私の……」

「姫?何を?」


見つめるうちにますます姫の顔が赤くなり、そして。

「私を、貴方の、妻にしなさいっ!私の、夫と、なりなさいっ!!」

「………は?」

そのままたっぷり十数秒、固まった。


くくっと笑う声が耳に届く。王子が口元を抑えておかしそうに見つめていた。

「さすがは僕のお義姉(ねえ)様。堂々と言い切りましたね」


「貴方まさか、こうなることと見込んであのような命令を出したのですか!」

「そうだと言ったら、お義姉(ねえ)様はお怒りになりますか?」


数瞬、王子と姫の視線が絡み合う。その視線を先に外したのは姫だった。

「いえ、そうですね。踏ん切りがついたことは確かです。そういう意味では感謝すべきなのでしょう……ですが、どうしてでしょう、腹立たしいのが残りますわ」


「それは何とも。では、彼をどうにかしては?まだ固まっていますよ」


その言葉通り、私は固まったままだった。聞いた言葉は分かるし、理解はできていた。だが、どうにも現実とは思えず、身体の機能が一時麻痺したようだった。


その私のほほを何かが軽く打った。見ると、姫が手を抑えている。慌てて手を取り、異常がないか調べる。姫の手には何もあとがなく、痛めた様子もなかった。


ホッと安堵の吐息を漏らすと、今度は両ほほをはさまれて顔を仰向けにさせられた。

「は、い?」

「私の手の心配はするのに、さっきの答えはくれないのね。どうしてかしら?」

「さっきの、答え……」

棒読みで繰り返し、何のことだか、と思い返して……顔がいきなり熱くなった。


言葉もなく口をアワアワする私を見つめ、姫もまた、顔を真っ赤にしていた。

「さあ、教えて。さっきの答えを、貴方自身の言葉で、私に」


口を2、3回開け閉めして、それからほほにある姫の両手を取り、目の前に捧げる。

「アデリード・オーランディ様。私はキュリオス王子に剣を捧げた一介の騎士、地位もなにもございません。あるのはこの身にあふれる、姫への想いのみ。こんな私でも良いのなら、生涯を共に生きてくださいませんか?」


私の言葉に息をのみ、じっと聞いていた姫は瞳を潤ませて私に微笑みかける。

「それで、それだけで十分よ、私の大事な方。うれしい」

「姫……」

「今日で私は皇国の名を捨てる。貴方の思う名で、私を呼んで」

「では……アディーと。いかがですか」

「アディー、アディーね。ありがとう、いい名だわ」

「では改めて。アディー、私と結婚してくださいますか?」

「ええ、ええ!喜んで!」


潤んでいた瞳から涙がこぼれた。立ち上がってそっと涙を指で払い、抱きしめる。腕の中の温もりに、ジワリと幸福感が胸に湧いて出た。


軽く拍手しながら王子が傍へ近寄る。

「おめでとうございます、お義姉(ねえ)様、ライナス。女神像の前だから、もう破れないね、この約束は」

「破るなんて、そんなことはないわ!ないわよね、ライナス?」

「そうなったら、もう私の命はないでしょうね」


「おお、言うねえ、キミ。それと、『騎士』で何もないって言ってたけど、違うからね。今日からライナス・アトフォード子爵として僕に仕えてもらうことになってるから」

「は?あの、子爵?」

「皇国の皇女を妻にするんだからそれくらいは必要だよ。たとえ『元』でもね。頑張ってくれよ」

「キュリオス王子。貴方ってどこまで読んでるのかしら。その頭の中身、覗いてみたいくらいだわ」


「お義姉(ねえ)様に言われると怖いよ。本当にやりそうだし。でもまあ、これできっちり守れそうだ。安心した~っ!」


そう言って笑った顔は年相応のものだった。

が、その後、国王陛下に報告しているとき、私にこっそり言いましたね。

「ライナスってば大事な時にきっちりしゃべれるんだね。いつも黙ってたから心配したんだよ。もしかしてむっつりスケベなのかな?」


王子、その言葉どこで覚えられたんですか?





男前皇女の旦那確保!でした。

キュリオス陛下本人がキューピッド役……似合わない、かな(笑)

因みに、このご夫婦、結婚1年目で女の子を授かり、その子が長じて後にキュリオス陛下の第二夫人となりました。セリオス殿下の母上です。

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