モンタディル王国 動乱 その6
王宮内部のいざこざが一部片付きます。
あまり後味は良くありませんが。
「おそらくは無理かと。……きゅうり親父、と、陛下を呼ぶ者でしたから」
「!!」
その瞬間、陛下の表情が目まぐるしく変わった。まずは驚愕、そして懐古。遠い何かを思う優しい表情の下から悲哀が現れ、黙とうのように目をつむり、うなだれる。そのままじっと考えを巡らせて数秒後、私を見つめてきた。
「余の考えた通りなら、セリオス、そなたが救われた経緯に結び付いておるのであろう?」
「はい、まさに陛下のおっしゃる通りでございます」
「ふむ。詳しく話してほしい。なにゆえにそうなったのか」
私は襲撃された夜のことを話した。あの店主と姿の見えない声、その見当もつかないほどの能力と共に。陛下は何の言葉も発せず、静かに私の話を聞いていた。
話し終えた時、部屋には沈黙だけがあった。
最初に動いたのは陛下。視線を受け、側近が茶の用意を始める。
「ここへはメイドや侍女は呼ばぬのでな、必然的に彼らが余の世話をする。そのほうが内密の話もできようし、な」
前に置かれた茶を口に含む。よい香りが口中に広がり、ほっとため息が漏れる。
「その者が余を指して言ったきゅうり親父……懐かしいぞよ。再びその呼称を耳にすることができるとは思わなんだぞよ」
「では、陛下には今の話、ご理解いただけたのですか?」
「うむ。確かに5年前、余はその者の言う場所に行っておった。いわゆる『異世界』であろうな」
「異世界……それはまこと、でしょうか?」
陛下の言葉を疑うとは、不敬もいいところ。だが、その時にはそこまで考える頭も余裕もなかった。
それは周りの側近たちも同じで、半信半疑の顔をしている。
「まあ、頭のいかれた者のたわごとと受け取られても仕方のないことではあるが……あれは確かに、異世界としか言いようがないであろうなぁ」
遠い目をしてつぶやく陛下に、先生が問いかける。
「あの時、儂はある者を悪の中心と思い定めておりました……ですが、彼の者はそれは誤りだと言い、別の者を指摘しました。正直なところ、いまだに信じることが難しい……それが真実かもしれぬと分かっているのに」
「ほぉ。そこまで語ったのか、その者は」
「そばで聞かされ、わからされた、と申していました」
「そうか……やはり、な」
「陛下、彼は一体、何者なのですか?」
思わず知らず、私は問いかけていた。あの、襲撃の夜から私の中にあった疑問が口から飛び出してきたのだ。王宮に住む私よりも深く、宮廷の闇について話す彼の姿に恐怖を覚えていたというのも理由だろう。
「セリオス、そなたには今まで窮屈な暮らしをさせておった。だが、そのせいか、宮廷の暗い部分には触れることがなかった。それが良かったのかどうか、余には判断できぬのだが……」
言い淀み、陛下は私を見る。
「彼の者はそちと同じ、いや、どうかするともっと若いかもしれぬ。それでも、その身に蓄えた経験は年に似合わぬ過酷なものだったのだろう。どのようなことを聞いても、あれは動揺することはなかったのだから」
陛下の言葉を聞き、私は愕然とした。私よりも若い彼が、どれだけの試練を乗り越えてきたというのか。その中身が何なのか見当もつかなかった。
「いや、今はあのものの事より、目の前の事態に対応せねば、な。で、ジェイドよ。此度の襲撃、いかが見る?」
陛下の問いかけにジェイド先生は軽く頭を下げる。
「陛下もお考えの通り、フーキンベル伯爵の息がかかっている者と思って間違いないかと存じます。伯爵の領地の東はティラン帝国。縁ある隣国との友好関係を崩さずに自らの影響力を増そうと考えるなら、殿下が王宮の中枢に在るのは悪手とみるでしょう。殿下が彼の皇国のお血筋を遠く引かれているのであればなおさらに」
「そうであろうぞよ。まったく、いつまでも血筋にとらわれておるとは」
苦々し気に陛下が吐き捨てる。
「それも必要なことと判断されたのでしょう。何せ、皇国をその身に飲み込んだのはティラン帝国なのですから」
「もう、古い話なのだが、な」
20年以上前になるのか、と陛下が感慨深くつぶやく。
フーキンベル伯爵領とティラン帝国の間にはもうひとつ国があった。
オーランディ皇国という、元をただせばティラン帝国の遠い親類筋の王族が開いた国だった。その当時、皇国のあった場所は大森林と呼ばれた魔獣の跋扈する地域の一部であったのを、魔獣を退ける不思議な能力を有していたオーランディ皇国の開祖が、その力で大森林を駆逐、開けた場所とした。その功績をもって、国を興したのだという。
「元々ティラン帝国はその開祖を手駒にしたかったのであろうな。その思惑を外され、国として認めたものの虎視眈々と狙っておったのであろう。開祖から数えて4代目の王の時、ちょっとした瑕疵を言い立てて皇国を攻め滅ぼし、自らの領地とした。その際にフーキンベル伯爵も力を貸したよすがで縁を結んだはずじゃったな」
「陛下のおっしゃる通り、あれはまさに言いがかりでした。ですが、あまりにも早く事が進んだため、わが国もほかの諸国も手の打ちようがありませんでした。その手はずを整えたのがフーキンベル伯爵というのが、いまだに私の心に引っ掛かっております」
ジェイド先生が首を垂れ、膝の手を握りしめる。
「ジェイドもそうであるか。余とて、あの時、皇国の末姫をかくまうことしかできなんだ無能ゆえ、な」
「陛下!そのようなことはありません。あの情勢で出来ることは限られておりました。ひとつ間違えば我が国も共に倒れていたかもしれませんでしたのに」
「いや、帝国はそれも視野に入れていたのであろう。その時に備えて、フーキンベル伯爵を引き入れたと思うのでな」
「そこまで狙っていたのでしょうか、帝国は!」
「おそらくは、な」
そこでまた沈黙が落ちた。歴史の闇に触れたことで、今回の襲撃の意味が私の心にのしかかる。
「だが、かの末姫様は気丈でしたな。何か予想されていたのでしょうか」
重くなった空気を変えるようにジェイド先生が言葉をつなぐ。
「皇国の王妃が余の伯母上に当たる方でな、男勝りのはっきりした方であったぞよ。末姫もその伯母上の気性を受け継いでおられた。だからこそ、自分の身の振り方をきちんと決められていたのだろう」
その末姫は身分を捨て、わが国の子爵家へ養女となられた。本人は平民となるおつもりだったようだが、不安定な情勢の中で危険を冒すわけにはいかなかった。
「もっと上の爵位とも思うたのだが、本人が承知せんかったのだぞよ。もっとも、わが国の中では公然の秘密だったのだがな」
何がおかしいのか、陛下は含み笑いをしていた。
「何はともあれ、その血をセリオスが引いているのは疑いもない。故に、これからも狙われよう。ジェイド、そなたの追放命令を我が名において撤回しよう。セリオスのそばにいてやってほしいぞよ」
その言葉を聞いてジェイド先生は立ち上がり、陛下の前に跪く。
「陛下のお心のままに。拝命いたします」
「うむ。此度の騒動は間もなく収束するであろう。セリオスも気を楽にして待つがいいぞよ」
「ご配慮に感謝いたします」
わたしも同じく陛下の前に跪き、頭を下げる。そっと乗せられた手の重みに不意に目が熱くなる。
陛下の変わらぬ温情にこぼれそうになる涙をこらえ、御前を下がるのだった。
それから1週間ほど後、王宮を悲しみが襲った。王妃の死である。
前日の夜はいつもと変わらず過ごしていたのに、翌朝の目覚めが遅いのを不審に思ったお付きの侍女が、王妃の部屋に入り、発見したのだという。夜のうちに息を引き取ったようで、寝室に入ったままの穏やかな死に顔だった。
キュリオス陛下は即日布告を出し、そのまま10日間の服喪に入った。そしてその後に盛大な国葬を執り行い、国民すべてに参加させて休日とする旨を出した。
国務は多少滞るものの、国内外の弔問客を優先させるのは当然で、私もその中に組み込まれていた。
国葬の最中、何度か突き刺さるような視線を受けたが、その先にあるのはティラン帝国からの使者とフーキンベル伯爵であったことが、陛下とジェイド先生の予測の正確さを裏付けた。
これからも私はこの世界を生きることになるだろう。到底安全だとは言えないし、危険と隣り合わせかもしれない。だが、陛下が私に示してくれた信頼と愛情を、私自身の働きで返していくのがこれからの目標となった。もう、これからはぶれることはないだろう。
もし悩むことがあれば……その時はあの『はなみずき』へ行って、店主と言葉を交わそう。あそこの料理を口にしながら叱られるのも悪くはない。そして、言うのだ。
『友人になってもらえないか』と。
モンタディル王国編はこれで終わりです。
あと、閑話を1話挟んで、別の国へ。




