モンタディル王国 動乱 その5
忠義も行き過ぎると狂犬になりますね。
それを制御するのも才能ではありますが。
「あ~、そう素直に謝られると煽ったこっちが悪者だ。ま、貸し借り無しでチャラとしよう」
「ふぉっふぉっ、小僧でも困るとはまた面白いものを見たのう」
「爺さんには言われたくないな。さて、と。この先は任せてもいいかな?」
「おや、逃げる気かの?」
「きゅうり親父が絡んでなきゃ、とっくにいなくなってたはずなんだがな。どこでどう間違えたか」
「そうだ。陛下のことを何故きゅうりおやじと呼ぶんだ?」
「へ、陛下を、きゅうりおやじ呼ばわりするとは!!貴様はぁぁっ!!」
「クラウス!よすんだ!」
「……は」
「やれやれ、忠義もここまで来ると大変だな……あ~、あの時にじいちゃんの農作業を手伝ってて、その時に食べたきゅうりがうまかったんだと。それで毎日きゅうりを山のように食べてご機嫌だったんだ」
「「「は?」」」
「凄かったんだぜ?ザル1杯を塩だけでモリモリ食っててさ。それも朝昼晩毎食。3日目には隣の畑へ貰いに行ってまで食ってたもんだから、みんな面白がって持ち寄ってたし」
「「「…………」」」
「名前のキュリオスにひっかけたきゅうり親父が妙にハマったんだ……」
「な、なる、ほど」
「それは確かに……」
「で、ですが!陛下は宮廷内でそのように召し上がられないと思いましたが!」
「ああ、うん。なんか味が違う、らしい。よくわからんが。ただ……」
「?何かあったかの?」
「あの後……5年前に戻った時から、何か変化がなかったかな?」
「変化、といえば。陛下の保有魔力が増えたくらいかの……え?」
「まさか、それが?」
「そんな馬鹿な!あり得ない!」
「やっぱりか。どうやらオレの故郷の食材はこっちの人にとって特殊な効果を発揮するらしい。普通は一時的なものみたいだけど、きゅうり親父、いや、陛下の食べ方がちょっと規格外だったみたいで……魔改造?的なランクになったんじゃないかな。いやぁ、びっくりするわ」
「小僧の故郷はどこじゃ?そんな不思議食物が取れる場所なんぞわしゃ知らんぞ」
「調べても無駄だよ。現に陛下の時も分からなかっただろ?それでいいのさ」
「で、ですが、そのようなものがあるなら、ぜひとも!」
「自分たちの戦力にするってんだろ?お断りだね」
そう言ってクラウスを見返した店主の目は冷たかった。
「言っとくが、今回ここまで拘わったのはきゅうり親父の一件があったからだ。じいちゃんと親父が仲良しだったから、殿下のことも助けたさ。けど、ここから先はあんたたちで解決してくれ。オレも腹黒AIも拘わらない。王宮だの、貴族だのにかかずらうと結局馬鹿を見るのはこっちだからな」
言うだけ言うと、店主は立ち上がった。
「長々と居座っちまった。ここで失礼する」
「あ、待ってくれ。キミへの連絡を取る方法はあるのか?」
後姿へ問いかけると、一瞬立ち止まり、
「……どうしてもって…言うなら、この街の冒険者ギルドへ『はなみずき』と聞いてみてくれ。ギルドマスターなら知っているはずだ。但し、返事は確約できない。それも含んでおいてくれ」
振り向きもせずに言い捨てて出て行った。
店主のいなくなった部屋は妙に広く感じられた。たかが人ひとり減っただけなのに、不思議な感じだ。
大きなため息が聞こえ、振り向くとクラウスが膝をついていた。
「クラウス、大丈夫か?無理をするんじゃない」
慌てて前に回ると、額に触れる。
「水にぬれて体を冷やしたせいじゃろう。ここで休ませればよかろうて」
先生と二人がかりでクラウスを横にさせる。
「さて、と。解熱剤を飲ませて少し休ませれば大丈夫じゃ。殿下も少しお休みになってくだされ。ここなら気が付かれはせんでしょうからな」
「……先生、彼は一体……?」
「その疑問は明日になってからうかがいましょうぞ。今夜はもう遅いですからな」
「わかりました……おやすみなさい」
その翌朝。
城の近衛兵が迎えに来て、私とクラウス、先生の3人ともに王宮まで行くことになろうとは思わなかった。
王宮に連れ戻されて2日後。私は陛下の元へ呼び出されていた。
クラウスはあの後熱を出したものの、すぐに回復して私の後ろについている。
あの時のことがまるで夢の中のように思うも、誰に問いただしたらいいかわからない。唯一知っているはずの先生はあれから会えず、私の疑問は解決されずじまいでもやもやとしていた。
王宮の長い廊下を奥へ奥へと進んでいく。先導するのも脇を固めるのも近衛騎士であり、厳重な警備が敷かれている。この先にあるのが最も重要な中枢、王の私室であるなら、この警戒も当然だと思える。
荘重で格式のある扉の前に着き、先頭の騎士が扉を叩く。
「セリオス殿下をお連れしました」
「よい、入るように」
応えを聞き、片側を開けて、騎士は横にずれる。
「殿下、どうぞお入りください」
軽くうなずき、扉をくぐる。
中には陛下と王妃が座って、茶を楽しんでいる。その前に立って一礼した。
「陛下、お呼びにより参上いたしました」
「よいよい、そう硬くなるな。さあ、ともに楽しもうぞよ」
「はい、失礼します」
促されるまま席に着き、茶の供応を受ける。慣れ親しんだ茶葉の匂いに、自分の出身地の物だと知る。
「今年の一番茶が今朝届いたのでな、懐かしかろうと思ったのだ。かなり遠いからの、あそこは」
「お心遣いありがたく頂戴します」
「本当にいい香りですこと。殿下の地は豊かですのね」
「それもこれも陛下の細やかな配慮あってのことです。領民一同、常に陛下とその治世に感謝の心を捧げて毎日励んでおります」
「まあ、陛下、ようございますわね」
「それはこのセリオスの働きあっての事。余ひとりではどうにもならぬぞよ」
「いえ、陛下あっての領でございます。こうしてよい茶葉ができるのも、穏やかな毎日があってのことですから」
交わされる言葉は穏やかだが、その底に流れる感情はうそ寒いものがある。しれしれと出てくる会話に慣れることこそ、宮廷におけるマナーなのかもしれない。
一通り言葉を交わすと、陛下が王妃に向かい、席を外すように伝える。
「男同士の話があるのでな。ちと席を外してくれんか」
「まあ、何のお話でしょう。悪いことでも企まれますの?」
くすくすと笑いながらも、その瞳の奥には探るような光がある。順位が低いとはいえ、継承権を持つ男子と陛下の話す内容を疑うのも無理はないかもしれない。
その問いかけに軽く陛下が答える。
「いやのう、この年頃の男の考えも聞いてみたくての。それと、前に頼んだ治水事業の進展具合も気になっておるのだぞよ」
「そうですの。お仕事なら仕方ございませんわね。御前失礼しますわ」
優雅に一礼し、侍女を引き連れて出ていく。その足音が遠くなるのを見計らい、陛下が側近に頷く。
合図を受けた側近が別の扉を開くと、ジェイド先生が現れた。その後、別の側近によって部屋全体に盗聴を防ぐ防音魔法がかけられた。
すべての準備が整った途端、陛下が大きく息をつく。
「やれやれ、これでやっと本来の話ができるぞよ。まったく気が抜けぬのはつらいものだぞよ」
「そうはおっしゃっても必要な措置だったではありませんか」
先生が苦笑しつつもなだめる。
「それでも、だぞよ。特にそなたが出ていかざるを得なくなったのは失敗であった」
「あの時は仕方ないと思っておりましたが、確かに悪手ではありましたな。そう指摘を受けましたし」
「ほぉ、そなたに意見できるような者がおったとはな。初耳だぞよ」
「儂も驚きました。しかも殿下と同い年くらいと来ては、いささかへこみますな」
「なんと!それはどこの者じゃ。それほどの知恵者ならば、是非とも囲いたいものだが」
「おそらくは無理かと。……きゅうり親父、と、陛下を呼ぶ者でしたから」
王宮内部の畏まった言葉は苦手です。
うまく雰囲気を出せているならいいんですが…。




