結末 ある会社での出来事 その2
流血表現があります。ご注意ください。
「次はこいつを取り込むか。おっと、その前に邪魔が入らないようにしておこう」
一度机を離れ、ドアを開けて札を掛けておく。「入室禁止」それは室長の在室を表すと同時に他からの雑音を締め出す意味を持っていた。さらにPCからも通達を出すと、木崎は獲物を捕らえるべく作業に入ろうとした。
その時。
PC画面がブラックアウトした。なんの事前通告もなく、警告すらなく。
「な、な、なんだ、これは?」
慌てて解除キーを打ち込むも反応がない。電源にも異常が見当たらず、ウイルスの侵入でもない。
真っ黒な画面に木崎自身の驚いた表情が写るだけだった。
予想外の事態に呆然とする木崎の視線が画面中央に止まる。そこにはゆっくりと大きくなってくるあるモノがあった。
「?扉、か?なんだ?」
普通の、ありふれた木の扉が徐々に大きくなってくる。しかもその板に張り付けている封筒には字が。
「ん、なんだと?『招待状』?なんのバグだ、これは」
木崎が文字を理解した段階で封筒は自然に封を切り、その中身をさらす。
「『警告を無視した貴方を地獄へと招待いたします』?差出人は……『ファントム』だと?!」
驚愕に顔をゆがめて席を離れようとした木崎に向かい、扉が大きく全開して。
「ああああぁぁっっ!!?」
そのまま吸い込まれていった。
叫び声はドアの外まで響いたが、その時間、外には誰もいなかった。たとえいたとしても、「入室禁止」の札がある以上無駄だった。木崎がきてから怒声や罵声が飛び交うようになり、誰もがうんざりしていたのだから。
そのまま静かに時が流れる。札は外れず、通りかかる人間はだれしも眉をしかめ、そそくさとドアの前を過ぎるだけだった。
翌日の午後、情報を渡した相川美智代があれ以来音沙汰のない木崎を怪しんで室長室を訪れるまで。
ドアの札を見て悩んだものの、意を決してノックする。
「室長?いらっしゃるんでしょう?返事してください」
「相川さん、やめた方がいいですよ」「そうそう。その札がかかっているときに邪魔すると、すんごい剣幕なんすから」「この間も庶務の女の子がひどく泣かされてたよね」「あれは気の毒だったよな」
口々に止めるのを振り切ってドアを開ける。正面に机があって椅子があって。
「室長?どこですか、室長!」
一歩踏み込んで見回した相川が息をのむ。
「室長っ!しっかりしてください!」
部屋の隅に走り寄る相川に、背後から覗いていたやじ馬たちが一斉になだれ込み…そして一様に立ちすくんだ。
それは隅にうずくまり、ぶるぶると震える木崎を見たからだった。
たった1日会わない間に木崎は面変わりしていた。
元々細身で鋭い眼光だったのが精悍な印象を与えて、とっつきにくさも助長していたのだが、今は削れるだけ削ったように細くとがり、もろく崩れるつららのような印象へと変わっていた。
唇は戦慄き、よだれと共に何事かを垂れ流している。耳を澄ますと、
「やめろやめてくれごめんなさいやめろごめんなさいやめてくれちかよるなやめてくれごめんなさいやめろやめろごめんなさいやめてくれちかよるなやめてくれごめんなさいやめろごめんなさいやめてくれちかよるなやめてくれごめんなさい」
謝るような叱るような怯えた声で繰り返しつぶやいていた。
「室長……わかりますか、私が」
相川が声を掛けつつ近寄ると突然。
「来るな来るな来るな来るなああああぁぁっっっ!!」
両手を振り回し、相川を突き飛ばして走り出した。
「だめっ、みんな止めて!」
相川の声に反応して前に立ちふさがった者も、木崎の尋常ではない形相に気圧され、後ずさる。そんな戸惑いの中を突っ切って部屋を走り出た木崎がまっすぐに向かったのは裏口の窓ガラス。
ガッシャアァァン・・・・
十数分後、裏の駐車場に人の輪ができていた。その中心には木崎の変わり果てた姿。
知らせを受けた救急隊員も手の施しようがない、墜落死だった。
赤い回転灯とサイレンが響く中、相川は『マスターイチ』の言葉を思い返していた。
『こいつは登録者をマスターとして認識しその上で動くんです』
(こういうことだったのね、あれは)
『登録者を守るためなら何をやらかすか、わからないんです、オレでも』
(本当に危ないAIなんだわ)
そして思い出すのは、木崎の前任者である、伊東室長の言葉。
『これは鬼門だね。下手に突いたら駄目だよ』
『バグとして処理できればいいけど、無理、かな』
『注意は必要だけど、近づいちゃいけない』
穏やかではあるが、断固とした声で宣言していた最後の一言が耳に響く。
『こちらでなくとも、管理できる人間に任せておけば大丈夫』
(そう。『マスターイチ』佐久和肇に任せておけばいい)
相川はとっくの昔に『マスターイチ』の身許へたどり着いていた。ただ、報告しなかっただけだ。
『このAI、腹黒なんですよ。それも超が付くくらいの』
そう言ったとき、彼の顔は笑っていたのだから。
その日以降、『マスターゼロ』及び『マスターイチ』に関する情報は管理会社の中からきれいに消え去った。最初から何もなかったかと思うくらいに、痕跡一つ残っていなかった。
同じように、『ファントム』についても処理された。それは『接触禁止』『非公開』として、見て見ぬふりをするように現場の人間だけに言い渡された。木崎の様子を見ているだけに、誰もがその措置に同意し、守られる。やがてそれは都市伝説とまでなっていくのだが、それは少し先の未来の話だ。
これで現実とゲーム世界編、ひとまず終了です。
この後は再び異世界編としますが、少し時間を頂戴します。




