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ファーステン 交渉 その2

「ほぉ。ゼロは酒を出さなかったはずだが、今度はそうするのか?」

ワレントが器を手に取りつつ尋ねる。


「いいえ、今夜は特別です。皆様のゼロに対する厚誼に感謝する意味を込めて、お出ししているものです」

「そうか、では、頂戴しよう」

そう言って表情を緩めたワレントが器に口をつける。


「うむ。酒精はそう高くないが、上等な酒だな。丁寧に作られている」

「ありがとうございます。故郷の酒も種類がたくさんありますが、これはその中でも高級品にランクされる一品ですので」

「そうだな。うん、うまい」

「へぇ、ワレントが称賛するなんてめったにないわ。どれ、アタシもいただこうかね……ほ~、確かに澄んだ味だね。これは相当に手が込んでないかい」


「酒造りにはちょっと造詣が深くないのでお答えしづらいのですが、専門の技術を持った者が付ききりで製造するそうです。素材の厳選から発酵、精製、温度管理、そして余分なものが入り込まないように環境を整えるところまで、毎日神経をすり減らしていると聞き及んでいます。それくらいしかわかりかねますが」


「ああ、いいよいいよ。そんなつもりで尋ねたんじゃないからさ。で、このおつまみ、塩?なんて、どうすんだい?」


「昆布とナッツはご存じですね。塩については、酒飲みの(つう)と言われる方たちのやり方です。この『ます』の隅に少し載せて、一緒に飲まれるという方法だそうですが、お試しになっては?」


「ほぉ、こうか……ふむ、これはなかなか」

「なるほどな。こうすると口の中で混じりあって、味わいが変化するのがわかる。面白い飲み方をするもんだ」

「ゼロの故郷はいろいろ変わってるねぇ。出してくる料理が違うのもそういうことかい」


3人はおつまみと酒を交互に味わいながら、しばらく歓談していた。そこへ、

「アルコールだけでは味気ないので、お腹にたまる物をお持ちしました。どうぞ」

と、何やら動くテーブルと共に店主が顔を出す。ひとりずつ小さな敷物の上にこれまた小さな土鍋を置き、取り皿を横に置いていく。


そして、布巾でもってふたを外すと、そこからほのかに甘い香りと湯気が立ち上った。

中には四角い食べ物が、周りにある長いものと一緒に煮込まれて揺れている。


「これは何だい?食い物には見えねえんだが」

カインが首をかしげる。

「この長いのは一度見たことがある。確か……うどん、とか言っていたな」

ワレントが思い出しながら付け加えた。

「それにしても、味が付いてるのかい、これ?どう見てもお湯だと思うんだけど」

ためつすがめつ、不思議そうにギンがつぶやく。


「そうですね。これは昆布のだし汁ですので、慣れていないと奇妙に感じられるかもしれません。ですので、この器に少しよそってから、この調味料をかけて召し上がってください。調味料は3種類ありますので、お好きなものをどうぞ。熱いのでお気をつけて」

と、3人の前に色の違う汁が入った器を置いた。それぞれにスプーンが付いていて、取り分けられるようだ。


「うん、じゃ、まずはこれだな……と、あっつつ!」

「相変わらずだねぇ、カイン坊は。言ってる傍から舌焼いてるよ」

「やめてくれよ、ギン婆さん。オレは元から猫舌なんだ!」

「うむ、この四角いのもうまい。味がないように思えるが、食感が独特だな」

「ワレント!食ってないで助けろよ!」

「自業自得だ」

「ひでぇ!」


ワイワイと騒ぐカインに、店主が苦笑いしながら、

「では、冷たい方でどうぞ」

と冷えたものを出す。


「お、こいつは冷たくてもイケるな。オレはこっちの方がいい」

「おや、優しいねぇ、マスターイチは。作るのは手間だったろうに」

からかい半分のギン。ワレントがそういえば、と口を出す。

「こりょうりや、を変えたのは何か意味があるのか?」


「単なるこだわりですよ、私の」

こちらでは関係ないかもしれませんが、と店主が答える。

「小料理屋は手の込んだ高級料理を出すところを意味しています。自分ではまだそこまでの域に行ってないので、恥ずかしいんですよ。なので食事処、と」


「そうか?いや、これだって結構うまいし、「トリコロール」にだって負けてないと思うがな」

「トリコロール」はここファーステンでも1、2を争う高級レストランだ。ドレスコードがあるし、貴族の御用達でもある、立派な店である。

「そういってもらえると嬉しいですね」

店主は本当にうれしそうに微笑んだ。


「なあ、今更こんなことを聞くのもおかしいんだが、店主はゼロの何に当たるんだ?」

「本当に今更ですね。まあ、遠縁、というのが正解でしょうか」

店主はそう答え、顔をややうつむけた。


「あ、それ以上聞く気はないぞ。ゼロから引き継いだ時点でお前さんにどうこういうつもりはないし、言える立場でもないしな」

「だが、『はなみずき』を、これからもやっていくのかどうか、は聞いておきたい、な」

ややどもるようにしながらもワレントが問いかける。

「そうだね。街にもこの店の味にハマっている奴がいるからねぇ」

ギンが後押しする。


「まだゼロほど腕が良くありませんが、『はなみずき』として店を守っていきたいと思っています」

控えめに、だが、意志が感じられる語調で店主が言葉をつなぐ。


「やり方は以前のままで、お酒は出しません。メニューはこれから徐々に増やす予定ですが、今は出来るものから順番に。また、そう多くも引き受けられませんし」

「ああ、それでいい。ゼロの時も不定期だったし、一回1組だけ、てのもざらだったしな」

「やってくれるのなら、儂は文句ない」

「アタシにもないね」

「わかりました。これからもよろしくお願いします」

深々と頭を下げる店主に、3人は頷いた。


「さて、それじゃ失礼するか。マスターイチ、うまかったぜ」

「うむ、馳走になった」

「おいしかったよ」


「ありがとうございます。またのお越しを。ああ、そうだ、ギンさんにお願いしたいことがありますので少しお付き合いくださいませんか?」

「ん?アタシにかい?」

「ええ、魔道具に詳しい方に、少し見てほしいものがあるんですよ」

「じゃ、俺らは先に行くぜ。またな」

「お先に」

男二人が店を出ていく。


    カランコロン    カラカラカラカラ・・・・・・


「ギンさん、こちらへ」

店主は幕を上げ、カウンターの方へ誘導する。そして、


「さて、ギンさん。いえ、管理者さんかな?どうされますか?」




ここまではしめやかに。次からは駆け引きです。

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